文部科学省令和3年度子どもの学習費調査」によると、私立中学の場合、世帯年収が600万円未満の親は1割程度。残り9割が600万円以上で、世帯年収1,200万円以上の割合は4割を占めています。本記事のAさん夫婦の世帯年収では、私立中学に子どもを通わせることもなんら問題ないようにみえますが……。今回は公認会計士税理士、証券アナリスト、CFP、宅地建物取引士の資格を持つ鄭英哲氏が、事例をもとに高収入家庭の家計管理の注意点について解説します。

エリートサラリーマンと結婚、6,000万円の戸建て購入

Aさんは現在42歳の専業主婦。保育士から海外ブランドの日本法人に転職し、数年のあいだ働いていましたが、15年前に現在の夫Bさんと合コンで知り合い、結婚しました。

夫Bさんは人材紹介系の有名企業の財務部に勤務するエリートサラリーマン。30歳でも年収1,000万円はゴロゴロいる勢いのある会社です。Bさんは高身長で、羽振りもよく、記念日には高価なプレゼントをしてくれるAさんにとって理想の男性でした。そのため、Aさんは当時の彼の人間性や経済力に魅力を感じ、迷わず結婚しました。

そして、結婚2年後には長男が誕生、さらにその3年後に次男が生まれます。次男誕生と同じ年に、単身者であったAさんの実母の近所に6,000万円程度の戸建て住宅を購入しました。

決して安くはなかったものの、夫の十分な年収に加えて夫が勤める企業のブランドや安定性が評価され、ローンは問題なく通過。Aさん自身も仕事が嫌いではなかったため、近所に住む実母に子供の面倒を見てもらいながら、海外ブランドの日本法人にて引き続きパートとして勤務。夫の1,000万円の年収に、大きくはないとはいえ200万円程度が加わり、一家4人が不自由のない生活を送ることができるはずでした。

飲み会好きな夫に抱いた小さな疑問

税引前とはいえ、家計の収入は1,200万円。会社員の平均世帯年収が545万7,000円であるということを考えても平均以上の生活レベルは実現できるはずです。Aさんは自身の家計を見て、子供2人を中学校から私立に通わせたいと思っていました。

ただ、ここで小さな疑問が。それは、夫が飲むことが好きで朝帰りが多かったこと。夫は4年前にある病気を発症しており、それが持病となっています。身体にも悪いから、とAさんはいさめようとしますが、夫に飲み会をやめる気はさらさらないようです。この持病の治療には毎月4万円の治療費がかかるため、固定費として家計に影響を与えていることもあり、毎晩飲むほどのお金はないはず……。

というのも、Aさんは毎月の給与明細をもらっていました。そのなかから生活費をもらっていたので、おのずと夫の手元に残るお金は計算できます。

発覚した夫の給与明細偽造と借金500万円

そんなある日、夫の確定申告をしようと源泉徴収票を見たときのこと。毎月もらっている給与明細の金額の合計と、源泉徴収票の「支払金額」の金額が明らかに違うことに気が付きます。

「給与振込口座を見せて」と執拗に問いただしたところ、ついに自白。Aさんに渡していた給与明細は偽造したもので、実は年収は1,000万円ではなく1,400万円だったのです。そして過少申告していた分の差額は飲み代に使ってしまったとのこと。そこでわかったことは500万円以上の借金まであったことです。

それでもやめない夫の浪費…呆れた言い分

給与明細の偽造はあったものの、今後は節制してくれればよかったと思われます。Aさんの年収と合わせると、夫妻の世帯年収は1,600万円と比較的裕福な家庭といえるでしょう。しかしながら、夫は浪費をやめず、それからも毎晩のように飲み歩いていました。

浪費を辞めない夫の言い分。それは……「会社員の平均年収の3倍近く稼いでいるのに、お金が足りないのは妻(Aさん)の家計の管理が悪いからだ。自分もどこかでたくさん使っているのではないか。それがはっきりしない限り自分はこれまでどおりお金を使う」。

しかし実際に、家計は火の車状態。給与明細の偽造がわかったころには、長男が私立中学に進学していたのです。

多くのケースで家計ひっ迫のきっかけは「第一子の塾通い」から

長年FPをしているとわかるのですが、第一子に学費がかかるようになったら家計は将来に向けてひっ迫します。

たとえば、毎年100万円ずつ貯金している家計があったとしましょう。子どもが未就学児または小学生のときならそれほど難しくなく続けられるかもしれません。しかし、第一子が塾に通い始めたらその後は要注意。その数年後には第二子以降にも同様の費用がかかり、そうこうしているうちに第一子が進学。これが大学卒業まで続くとなると、毎年100万円貯金するどころか、いままで貯めた貯金なんて数年で吹き飛びます。

このAさんのケースも、長男は私立中学したときとそれ以降も、入学金、制服代、設備費、昼食費、副教材費など公立中学校にはないさまざまな費用がかかりました。結局、夫には貯金もないことから、これらの費用はAさんの貯金から払うことにしたのです。

ただ、お金の問題はまだまだ解決しません。長男が私立中学に入学したにもかかわらず、これまでどおりの生活費しか入れてくれません。次男も塾に通わせて、長男と同様の進路に進ませてあげたい。結局、増えた学費などにより生活費で賄えない分は、Aさんのパートの給与や貯金から捻出することにしました。そのあいだ、夫は相変わらず毎晩飲みに歩いています。

これから増えていく生活費や学費。ある分だけ浪費する夫。底を尽きかけたAさんの貯金。

「次男の私立進学は絶望的。それどころか、せっかく苦労して入れた長男を公立に転入させるしかない……。親が不甲斐ないばかりに可哀そうなことをしてしまう……」。

将来への不安が増大したAさんはついに精神的に病んでしまい、仕事を辞め精神科に通うことになってしまいました。そのようななか、筆者のもとへ相談に。

世帯年収1,600万円だから贅沢してもいいとは限らない

【Aさんの譲れない点】

・家は手放したくない

・私立中学に通っている長男は退学させたくない

・次男にも、長男と同様に中学から私立に通わせたい

【FPからの提案】

長男・次男の私立断念VS夫が使えるお金を限りなくゼロにする

そもそも本件においては、

・夫のカードローンの総額500万円(返済は毎月10万円)

・夫の持病による毎月4万円の治療費

上記のような通常の家庭にはない出費があります。もちろん、これらは支出しないわけにもいきません。ですので、世帯年収1,600万円だから贅沢してもいいんだとは安易に思わないこと。

家計の組み方としては、重要度の高い支出から優先して、資金計画に練りこみます。そして残ったお金が、夫の交際費の上限となります。それが無理なら、長男・次男には私立を断念してもらう。お金がなければ高級品を買えないという原理原則を受け入れるしかありません。

それに長男がこのまま私立に通い続け、次男も私立に入学したとしても、お金がなければ遅かれ早かれ学費を滞納し退学処分になります。それならば、早いうちに長男は私立中学を退学すべきだし、小学生の次男も私立中学の進学をあきらめて、公立に通いながらも大学は私立を選べるように準備しないといけません。

繰り返すようですが、現在の収入から重要度の高い支出を差し引いて、最後に残ったものを夫の交際費にすること。これができないのであれば、お子さんに惨めな思いをさせることを夫婦の課題として理解してもらわなければなりません。

計算した結果、毎月1万円程度しか残りませんでした。夫は、今後は品行方正にやっていくと話していましたが、どうなることでしょう。

鄭 英哲

株式会社アートリエールコンサルティング