(歴史ライター:西股 総生)

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◉50mm標準レンズ1本で江戸城と勝負してみた(前編)

50mmの画角で切り取れそうな被写体を探す

前編から)50mm標準レンズ1本で、どう城を撮るか? 標準レンズは、遠近感が人間の自然な視角に近い描写となる。であるならば、無理に広い範囲を写し込んだり、遠くの被写体を引きつけて迫力を出そうとせずに、50mmの画角で切り取れそうな被写体を、城の中からさがして歩けばよいわけだ。

 写真8は、西ノ丸下のにある和田倉公園の石垣。石垣の上に植わっている松が佳い枝ぶりで、石垣を彩る盆栽みたいだったので、50mmの画角で納めてみた。

 写真9は桜田門。桜田門のような現存建物は全体を写し込みたくなるし、そうするとどうしても広角が欲しくなるのだが、ここは50mmで切り取れる構図をさがしてみた。

 写真10は、本丸の天守台。城の写真は、通行人が途切れる瞬間を待ってシャッターを切る人も多いと思うが、江戸城のような場所では、平日でも人が切れることはなかなかない。今回は、天守台の巨大さを表現したかったので、あえて通行人を入れ、「上に何も建っていない」感を出すために青空を大きく入れて作画してみた。

 城の写真は、絞って撮る人が多いと思う。その方が被写界深度(ピントの深さ)を稼いで、奥行きのある画面をシャープに仕上げられるからで、城は広角レンズで絞って撮る方が、間違いがない。でも、せっかく50mm f1.4のような大口径レンズを使うなら、あえて絞りを開ける、という撮り方だってあってよいではないか。

 写真11は、北ノ丸にある清水門。清水門は、大都会の真ん中にあって多くのサラリーマンが通り道にしている場所だが、意外なほど古城らしい趣を拾えるスポットでもある。筆者のAFニッコール50mm f1.4は、絞りを開けると画質が甘くなるのだが、どうせならと、あえて絞りを開放にしてセピア調のモノクロとし、古写真っぽく仕立ててみた。

 写真12は、清水門の屋根。清水門は、現存する渡櫓門のすぐ近くまで寄ることができる貴重な場所。絞りを開放にして被写界深度を浅くしたら、軒下の漆喰塗込めの曲線ラインが、とろんとやわらかく写った。f1.4という大口径ならではの描写だ。

 写真13は、大手三ノ門跡にある同心番所の屋根を、やはり絞りを開けて撮る。江戸城は城域内が宮内庁の管轄下にあるために、現存建物は重文などの指定を受けていないが、城内に残る3棟の番所はいずれも貴重な城郭建築物だ。

 写真14の百人番所も貴重な建物。建物の横にある植え込みが、番所形のトピアリーに仕立ててあったので、建物とセットでフレーミングしてもみる。絞り込んだカットと、絞りを開けたカットの両方を撮ってみたが、開けたカットの方が番所の屋根とトピアリーの対比がきれいに出ている気がする。画面の4隅が落ちるのは、覚悟の上だ。

 どうせ落ちるならとばかりに、中之御門跡から大番所を撮ってみたのが写真15。画面奥の大番所にピントを合わせて中之御門跡の石垣をアウトフォーカスにし、周辺部の落ち込みを特殊効果っぽく使って古写真っぼくしてみた。

 写真16は平河門の石垣で、石の表面をLookチョコみたいに整形する「江戸切り」の技法が美しい。石の硬質な質感を表現するには絞り込んだ方がよいが、江戸切りによるやわらかな立体感を出したかったので、絞りを開けて撮ってみた

 写真17は日比谷濠あたりの石垣で、画面奥あたりが楠木正成像のところになる。50mmレンズ1本だけで歩いていると、50mmで切り取れる被写体に目が行くようになる。帰りがけに日比谷濠の堀端を歩いていたら、西日に映える石垣が美しかったので、露出をこまめに補正しながら撮ってみた

 撮り終えてみて、標準レンズ1本だけを付けて巨大な堅城を撮って歩くのは、城と問答しているようでもあり、戯れているようでもある楽しい時間だった、と感じた次第だ。

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AF Nikkor 50mm f/1.4S,  f/16,  1/500 撮影/西股 総生(以下同)