人類が火星への移住を目指すなら「水」は絶対に欠かせない資源です。

実は火星は30〜40億年前までは温暖で水の豊富な惑星だったことが分かっていますが、今ではすっかり乾燥した不毛な土地となっています。

この火星を満たしたかつての水がどこへ消えたのかについては、宇宙空間へ流出してしまったという説から、どこかにまだ保存されているという説まで様々です。

しかし今回、欧州宇宙機関(ESA)やスミソニアン協会(Smithsonian Institution)の研究で、火星の地下に巨大な氷の塊が眠っていることが新たに判明しました。

なんとその量は地球の紅海の水量に匹敵し、もしそれを全部溶かせば、火星表面に深さ1.5〜2.7メートルの浅い海ができるほどだという。

この氷塊を利用できれば、火星移住計画における水資源も確保できるかもしれません。

目次

  • 紅海に匹敵する氷を発見!
  • 火星のテラフォーミングも夢じゃない?

紅海に匹敵する氷を発見!

巨大な氷塊が見つかったのは、火星の赤道上に広がるメデューサフォッサエ層(Medusae Fossae Formation)」という領域です。

総面積はアメリカ国土の約20%に相当し、火星の赤道に沿って約5000キロ以上にわたり伸び広がっています。

メデューサフォッサエ層には高さ数キロの巨大な堆積物が集まっていますが、どういうプロセスでこれらが堆積したのかは分かっていません。

そんな中、スミソニアン協会の研究チームは2007年に、メデューサフォッサエ層から得られたレーダー観測データをもとに「地表部分とは異なる何らかの堆積物が地中に埋没している痕跡」を検知していました。

その堆積物の厚みは約2.5キロに達することが示唆されましたが、それが何なのかは特定できていませんでした。

赤道(Equator)、メデューサ・フォッサエ層(MFF)、火星最大の火山であるオリンポス山(Olympus Mons)
赤道(Equator)、メデューサフォッサエ層(MFF)、火星最大の火山であるオリンポス山Olympus Mons) / Credit: ESA – Location of Mars’s Medusae Fossae Formation(2024)

そこでチームは今回、新たなレーダー観測データを収集し、地中に埋まっている堆積物の正体を明らかにしようと試みました。

観測に用いたのは2003年に欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げた火星探査機マーズ・エクスプレスです。

マーズ・エクスプレスは火星軌道上を周回しており、宇宙から火星の地下を探査できる高性能レーダー・MARSISを搭載しています。

そのMARSISを使ってメデューサフォッサエ層の地下を新たに調査したところ、埋没した堆積物は巨大な氷の塊であることが判明したのです。

スミソニアン協会の地質学者であるトーマス・ウォーターズ(Thomas Watters)氏の説明によると、MARSISから得られたデーターは地下の氷が層状になっていることを示しており、特に火星の極冠に見られる信号とよく似ていたという。

極冠(polar ice cap)とは、惑星や衛星の氷に覆われた高緯度地域を意味し、火星の北極と南極にも水の氷や二酸化炭素の氷(ドライアイス)で覆われた極冠があります。

つまり、地下の巨大な堆積物は「氷」の存在を指し示していたのです。

上の白線部分がメデューサ・フォッサエ層の断面図(下)、地表化の氷の厚みや長さを示す
上の白線部分がメデューサフォッサエ層の断面図(下)、地表化の氷の厚みや長さを示す / Credit: ESA – Possible water ice at Mars’s equator(2024)

さらに2007年の調査では約2.5キロの厚みと示唆されていましたが、新たなデータ分析の結果、堆積物は予想以上に分厚く、最大で約3.7キロに達していることが支持されました。

ウォーターズ氏らの推定では、見つかった氷の塊をすべて合わせると、地球のアフリカ東北部とアラビア半島に挟まれた湾である「紅海」と同じくらいの水量が氷の状態で埋まっているといいます。

紅海はアフリカ大陸とアラビア半島に挟まる湾
紅海はアフリカ大陸とアラビア半島に挟まる湾 / Credit:Google

そしてもしこれらの氷塊を地上に出して、すべて溶かしたとすれば、深さ1.5〜2.7メートルの浅い海が火星表面を覆うのに十分な水量になるとのことです。

火星のサイズは地球の約半分くらいなので、紅海ほどの水量で十分に火星全体に行き渡ると考えられています。

火星のテラフォーミングも夢じゃない?

レーダー観測したメデューサ・フォッサエ層の地表。青い部分が氷の場所であり、色が赤いほど厚みが大きい
レーダー観測したメデューサフォッサエ層の地表。青い部分が氷の場所であり、色が赤いほど厚みが大きい / Credit: ESA – Map of suspected ice at Mars’s equator(2024)

火星探査はここ数十年で大きく進展しており、”不毛な土地”という以前の火星イメージは劇的に変化しつつあります。

というのも火星の至るところで、かつて水が流れていた痕跡が見つかっていたり、川や湖、海が存在した証拠もあるからです。

「火星は約30〜40億年前には水の豊かな惑星だった」という考えはすでに研究者たちの一致した見解となっています。

その一方で、火星には液体状の水が見つかっておらず、それらがどこに行ったのかは謎のままです。

水蒸気として宇宙空間に消えてしまったのか、あるいは火星のどこかに閉じ込められているのかは分かりませんが、メデューサフォッサエ層はその疑問に対する答えを持っているかもしれません。

メデューサ・フォッサエ層の画像
メデューサフォッサエ層の画像 / Credit: ESA – Perspective view of Medusae Fossae(2024)

そして研究者たちが、”火星の水のありか”を熱心に知りたがっているのには訳があります。

人類が将来的な火星への移住を実現する際、現地での生存や生活のためには水資源がどうしても不可欠だからです。

そのため火星をテラフォーミングすることを真剣に考えた場合、水資源をいかにして確保するかは必須の問題になるのです。

火星は大量に水のあった痕跡があるため、SF作品などではテラフォーミングされた火星は水の惑星として描かれることもありますが、実際火星にかつて存在した水の行方はよくわかっていないため、研究者たちは火星にはまだ水が残っているのか? あるとしたらどこに保存されているか? という点に非常に興味を向けているのです。

メデューサフォッサエ層に眠る氷塊がいつ、どのように形成されたのかというプロセスが分かれば、他にも類似する地形を探すことで、新たな水資源の宝庫が見つかるかもしれません。

このように火星は私たちが想像する以上に、水の豊富な惑星であることが期待できます。

火星で大量の水が確保できれば、飲料水の供給から農業用の水水の電気分解による酸素の生成、さらには動植物の育成など、火星を第2の故郷とするテラフォーミング計画も夢ではなくなるかもしれません。

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参考文献

A Massive Amount of Water Ice Has Been Found on Mars, Lurking Beneath The Equator
https://www.sciencealert.com/a-massive-amount-of-water-ice-has-been-found-on-mars-lurking-beneath-the-equator

Buried water ice at Mars’s equator?
https://www.esa.int/Science_Exploration/Space_Science/Buried_water_ice_at_Mars_s_equator

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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