ズームレンズ固定のレンズシャッターカメラ

1963年発売のニコレックスズーム35は、ニコレックス35IIのボディに43-86mm F3.5のズームレンズを固定したものである。後年、1986年ペンタックスズーム70以降レンズシャッターカメラにズームレンズを固定することは一般的になったが、その20年以上前にこのカメラで実現していたのだ。

スチルカメラ用のズームレンズ

ズームレンズの歴史は古く、1930年代にはムービーカメラ用のレンズとして登場している。しばらくは動画用として発展してきたのだが、スチルカメラ用として使われるようになったのは一眼レフの実用化以後のことである。ニコンFが発売された1959年にその交換レンズとしてニッコールオート・テレフォトズーム85-250mm F4-4.5が発売され、1961年にはニッコールオート・テレフォトズーム200-600mm F9.5-10.5が登場した。

レンズ交換をせずとも1本のレンズで様々な焦点距離を楽しめるところがズームレンズの魅力であり、それを活用するには一眼レフはうってつけのカメラなのだが、一眼レフ用の単焦点広角レンズさえ28mmがやっとであった当時の光学設計の技術では焦点距離の短いズームレンズは難しく、どうしても望遠側の焦点距離に限定されてしまっていた。

Vol.06 ニコンの系譜 ニコレックスズーム35説明写真
鏡筒には先端にフォーカシングリング、その手前にズームリングが設けられている。Fマウント用の交換レンズズームニッコール43-86mm F3.5は直進式のズームであったが、こちらは回転式のズームとなっている

フォクトレンダーズーマー

それでもなんとか標準レンズから広角レンズの領域でスチルカメラ用のズームレンズを実現しようという試みがなされた。その最も早いものが1960年のフォクトレンダーズーマー36-82mm F2.8であろう。このレンズは西独フォクトレンダー社のレンズシャッター一眼レフであるベサマチック用の交換レンズとして出されたのだがかなり無理した仕様になっており、レンズシャッター一眼レフマウントの制約もあって、描写性能は実用性を疑うほどのものであったという。

ニコレックスズーム35のズームレンズも、このフォクトレンダーズーマーに触発されて開発されたものであることは、想像に難くない。ニコンも当然標準ズームへの挑戦を続けていた。実はこのニコレックスズーム35の前にもオートニッコールワイドズーム3.5-8.5cm F2.8-4という標準ズームレンズを開発している。このレンズは残念ながら量産寸前に発売中止となってしまった。主な理由はフィルター径が86mmと当時としては大きく重かった点のようだ。交換レンズがけっこう大型化している現在からみれば、普通の大きさなのだが…

従って、このニコレックスズーム35の43-86mm F3.5というズームレンズは、ニコンにとって二度目の標準ズームへのチャレンジということになる。3.5-8.5cm F2.8-4での経験を踏まえて、ともかくリーズナブルな大きさと重さに抑えた。明るさも無理にF2.8を狙わずF3.5とし、ワイド端の焦点距離も43mmと少々半端な値になったのも、小型化を優先するという意図があってのことだろう。

F値一定かF値可変か?

現在のズームレンズはズーミングによってF値が変動するものが多い。一部高級なもののみにF値が変わらないものがあるという図式だ。これまで例に挙げたテレフォトズームのようにスチルカメラ用のズームレンズの黎明期にはやはりF値の変化するものがあったが、すぐにF値一定のものが主流になった。変化するものでも変化量は少なく、またニコンの85-250mmなどは変化するのは開放付近のみで、F4.5よりも小絞りでは設定値のまま変わらないようになっている。

これは、当時の露出制御の事情が関係しているのだ。ズーミングでレンズのF値が変わっても、TTL測光であれば自動的に補正してくれるのだが、この時代にはまだTTL測光は登場しておらず、カメラに露出計が内蔵されていても指示された絞り値を読み取ってレンズ側に設定するか、定点式や追針式の連動であった。いずれにしても外光式である。そんなカメラで撮影する時にファインダーを覗きながら被写体を狙い、ズーミングして焦点距離を変えたら絞り値も変わるのでは、そのたびにファインダーから目を離してズレてしまった絞り値を修正するようなことをやらなくてはならないわけで、わずらわしくてたまらない。

ニコレックスズーム35の場合も連動露出計は外光式である。そのためレンズ側はズーミングしても開放F3.5が変わらないようにしなくてはならなかった。ただ、それを光学的なレンズ構成で実現することはできず、ズーミングに連動して絞りを動かしていたようだ。アサヒカメラ誌1963年4月号の「ニューフェース診断室」にこのカメラが取り上げられているが、そこでレンズの明るさを実測した結果、ワイド端でF3.1、テレ端でF3.52だったと指摘されている。それに対してニコンからの回答は「レンズをはずして測られた結果ではないか」となっている。つまり、ボディに装着した状態では開放F値がいずれの場合でもF3.5で一定になるように機械的に絞りを動かして補正しているのだが、ボディから外したためにその機構が働かなくなったということなのだ。

Vol.06 ニコンの系譜 ニコレックスズーム35説明写真
レンズ名はレンズ先端正面にリング状に彫刻されている。細かい話だが焦点距離範囲を示すのに現在のようなハイフンではなく、波線「~」を使っているところに時代を感じさせる

ニコンF用の交換レンズ

このニコレックスズーム35用に設計された43-86mm F3.5の標準ズームレンズは、ニコンF用の交換レンズとしても出された。両者の構成図で確認した限りでは光学系は同一のようである。ただ、ニコレックスズーム35用の方はフォーカシングリングとズームリングが別になった「回転ズーム」であったのに対し、ニコンF用は同じリングを直進させるとズーミングになり、回転させるとフォーカシングになる、いわゆる「直進ズーム」に変更されている。

ご存じの通り、このニコンF用のズームニッコールオート43-86mm F3.5は、「よんさんはちろく」とか「よんさんぱーろく」という愛称で親しまれ、ベストセラーとなった。ニコレックスズーム35自身はレンズシャッターカメラとしては大型になることもあって、あまりぱっとしなかったのだが、その意図した実用的な標準ズームというコンセプトはFマウントの交換レンズとして実現され、ユーザーに受け入れられたことになる。

ところでこのニコンF用のレンズに関して以前から疑問に思っているのはその発売時期だ。ニコンの社史を参照するとニコンFズームニッコールオート43-86mm F3.5の発売は1963年1月。ニコレックスズーム35は同じ1963年2月となっている。つまりF用の交換レンズの方が先行したように書いてあるのだ。しかし、前述したアサヒカメラ誌の「ニューフェース診断室」には「なおこのレンズは単体でニコンF用に発売されるようだが…」という記載があるのだ。つまりニコレックスズーム35が発売されてテストされた時点ではまだニコンF用の交換レンズは発売されていなかったように書かれており、筆者自身もF用の方が後だったように記憶している。また、写真工業誌1963年9月号に「国産35ミリ一眼レフカメラ技術資料」という特集記事があり、ニコンFやニコレックスFの項に交換レンズとして「ズームニッコールオート43-86mm F3.5」が挙げられているのだが、それには「価格未定」の注記が添えられている。どうもF用の交換レンズの方がかなり遅れて発売されたというのが事実のようだ。


豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。


(さらに…)
ニコレックスズーム35[ニコンの系譜] Vol.06