交渉や説得したい相手から「イエス」を引き出すためには、いつ、どのように、どんな語りかけをしたらよいのか?……イェール大学経営大学院助教のゾーイ・チャンス氏が、行動経済学や社会心理学、交渉術などの研究に著者自身の経験を交え進化させてきた、「影響力」に関する人気講座から生まれた著書『影響力のレッスン──「イエス」と言われる人になる』(早川書房)より、一部抜粋して紹介します。

人身取引の解決策は「電気柵」?

ザンビアのひなびた地域にある広大な禁猟区にほど近い小さな村で、グロリア・スタイネム(アメリカのラディカルフェミニズム運動の活動家で著述家)は女性たちとともに、荒れた土地の真ん中に広げた防水シートの上に座っていました。

彼女は少し前に、性的搾取を目的とした人身取引に関する会議に出席したばかりでした。村の女性たちは、人身取引組織によって最近、2人の若い女性が連れ去られたと嘆きました。グロリアは女性たちに助言を与えるのではなく、こう尋ねました。

「同じようなことが二度と起きないためには、何が必要ですか?」

彼女たちの答えは、「電気柵」でした。

電気柵?

女性たちが言うには、トウモロコシがある程度の丈まで育つと、ゾウがそれを食べに出てきて畑を荒らすので、村人は飢えに苦しみ、搾取に遭いやすくなるということでした。

「わかりました。もし私が資金を集めたら」とグロリアは問いかけます。「土地をならして、柵を設置するために必要な作業をしてくれますか?」。

女性たちは承諾しました。そこで、グロリアは数千ドルの必要資金を集め、女性たちは石や切り株を手で取り除きました。グロリアが次に村を訪れたときには、ゾウの被害に遭うことなく、豊かに実ったトウモロコシを目にすることになりました。そして柵が設置されて以来、村で性的な人身取引の犠牲になる若い女性はいなくなりました。

“魔法の問いかけ”で人を動かす

「何が必要ですか?」

私はこれを魔法の問いかけと呼んでいて、人を動かすときのお気に入りの戦略です。

MBAコースの学生だったとき、私は心臓手術に用いる医療機器を製造するガイダントというバイオテック企業でインターンをしました。ガイダントは新しいステントシステムの投入にあたり、市場の大部分を獲得できると見込んでいました。

しかし予想外のことに、市場自体も急拡大して、あっという間に需要が供給を上回ってしまいました。嬉しい悲鳴ではありますが、ピンチには違いありません。ガイダントが雪崩のように押し寄せる注文に応えるためには、従業員は感謝祭もクリスマスも返上して、週7日、三交代制で働く必要がありました。

この対応の実施の可否は、同社の最高幹部のひとりだったジンジャーグレアムの決断にかかっていました。彼女は強制的に時間外労働を命じることもできましたが、それでは社員の士気が下がるでしょう。

そこで、彼女は従業員に状況を説明して問いかけました。「私たちが力を合わせてこの注文に応えるためには、何が必要ですか?」と。従業員は意見を出し合い、会社への要望をまとめたリストを作成しました。そこには、ピザのデリバリー、深夜の帰宅時のタクシー利用、ベビーシッターからクリスマスプレゼントのラッピングまでが含まれていました。

ジンジャー率いる経営陣がこの要望に応えると、従業員たちは24時間体制で業務に励みました。生産高は新記録を達成して、売り上げは3倍に伸び、誰もがたっぷりとボーナスを受け取りました。これは交渉の成果ではなく、共同で成し遂げた偉業のように思われました。実際、その両方だったのです。

昇給や昇進の交渉は大きなストレスがかかるので、一度も経験したことのない人も多いでしょう。しかし、魔法の問いかけを使って、交渉を気まずさや敵対心のない状況にフレーミングし直すには、どうすればいいか考えてみてください。

魔法の問いかけは、あなたも上司も望む結果──あなたが気分よく充実した仕事を成し遂げる──への道標となります。こんなふうに訊いてみてはどうでしょうか。

「次のキャリアステップに進むために、私には何が必要でしょうか?」 、「この役職の給与の範囲内で最高額を得るために、私には何が必要でしょうか?」 。

あなたがマネジャーなら、このような質問をする従業員をどう思いますか? あなたはたぶん、喜んでこう言うでしょう。

「では、今後必要となる条件について説明します」

ある時点で、あなたの部下は再度話を持ち出すかもしれません。

「以前、私が昇給するには、それこれが必要だと伺いました。こちらが私の成果です。これでお力添えいただけますか?」

あなたの出した条件が満たされていたら、部下の希望を通す支援をしてやりましょう。

魔法の問いかけが持つ“数多くの役割”

魔法の問いかけは、顧客から子どもまで、誰にでも効果を発揮します。同じ人物に繰り返し使えますし、相手にこの戦略の仕組みを教えたとしても、それは変わりません。

私の教え子や友人や家族は、互いに、そして私に対してもこの問いかけを使います。というのも、私はこれをみんなに教えるからです。そのため、この質問を受けると、私たちはつい笑ってしまうのですが、こう答えます。「必要なのは……」そしてそれは功を奏します。まるで魔法のように。この質問は、交渉においてあなたの期待に応える多くの役割を果たしてくれます。

第1に、創造性を促進する触媒として働きます。「何が必要でしょうか?」という問いは、従来の考え方を捨てて、新たなアプローチを探るように促す誘因となります。

第2に、魔法の問いかけは敬意を伝えます。この問いを投げかけると、あなたは相手側の状況や要望、あるいは合意への障害について、詳しくわからないと認めることになります。事情に通じているのはそちらですよ、と。これによって、脅威に対する相手方の反応は和らぎ、この交渉が双方にとって望ましい結果をスムーズに生み出す可能性が広がります。そして敬意は、思いやりと同じように相互に示し合うものなので、全員の気持ちが上向きます。

第3に、魔法の問いかけは隠れていた重要な情報を掘り起こします。この問いかけがなければ、グロリア・スタイネムはザンビアの村の性的な人身取引の問題が、じつはゾウに端を発していることに、けっして気づかなかったでしょう。ジンジャーグレアムも、クリスマスプレゼントを包装する人員を雇おうとは思わなかったに違いありません。情報収集はどんな交渉であっても不可欠ですが、相手方に真摯(しんし)に対応すれば、彼らは最良の情報源となりうるのです。

最後に、魔法の問いかけは話し合いの敵対的な雰囲気を一転させるだけでなく、協力へと向かわせます。これこそが、創造性、敬意、情報があなたにもたらす恩恵です。協力は交渉の過程をより容易で楽しいものにするうえ、合意した解決策を持続させる役にも立ちます。電気柵のアイデアを提案し、設置のための条件に同意した時点で、村の女性たちはその実現にコミットすることになりました。それはまた、電気柵が設置されたら、村を性的な人身取引から守るという暗黙の了解でもあったのです。

ゾーイ・チャンス

イェール大学経営大学院助教

画像:PIXTA