研究の要旨とポイント

  • ブロモ基での選択的クロスカップリングとスルフィン酸エステルの活性化を経る環化反応により、ジベンゾチオフェンオキシドをわずか2工程で合成する手法を開発しました。

  • 本手法では、従来法とは異なり、反応性に富んだ官能基を損なうことなく、多置換ジベンゾチオフェンオキシドを高収率で得ることができます。

  • 本研究をさらに発展させることにより、さまざまなジベンゾチオフェンオキシドを容易に得ることができ、有機合成、医薬品合成、ケミカルバイオロジー分野などの発展につながることが期待されます。

【研究の概要】

東京理科大学 先進工学部生命システム工学科の吉田 優准教授、同大学大学院 先進工学研究科生命システム工学専攻の熊谷 幸子氏(2023年度 修士課程1年)、中村 圭佑氏(2023年度 修士課程1年)、東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科生命理工医療科学専攻の小林 瑛宏氏(2023年度 博士課程3年、2021~2023年度 東京理科大学大学院 特別研究生)の研究グループは、ブロモ基での選択的クロスカップリングとスルフィン酸エステルの求電子的活性化を経る環化反応を利用して、反応性に富む官能基を損なわずに多置換ジベンゾチオフェンオキシドを簡便合成することに成功しました。

ジベンゾチオフェンオキシドはスルホキシド部位を幅広い用途で利用できることから、有機合成や医薬品合成など、さまざまな分野での利用が期待されている含硫黄化合物の1つです。しかしながら、その合成には過酷な反応条件が必要で、官能基を維持するのが難しいという課題がありました。そこで本研究グループは、スルフィン酸エステルの反応性に着目した独自のアプローチ法を駆使し、ジベンゾチオフェンオキシドの簡便な合成法の確立を目指して、研究を行いました。

本研究では、スルフィン酸エステルとアリールボロン酸を原料とし、(1)ブロモ基の選択的カップリング、(2)求電子的活性化による環化反応、という2つの主反応を経て、目的のジベンゾチオフェンオキシドを合成することに成功しました。また、原料の2-ブロモアリールスルフィン酸エステルとアリールボロン酸を種々変更することにより、反応性に富む置換基を有する多様なジベンゾチオフェンオキシドを合成できました。本研究成果をさらに発展させることにより、多様な含硫黄化合物を簡便合成することができるようになり、有機化学・医薬をはじめとした幅広い分野での研究の進展が期待されます。

本研究成果は、2024年1月10日に国際学術誌「Chemical Communications」にオンライン掲載されました。

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図. 本研究における主要な反応

【研究の背景】

ジベンゾチオフェンオキシドは有機合成、医薬品合成、材料科学、ケミカルバイオロジーなどの幅広い分野で注目を集めています。紫外線照射により原子状酸素を生成する性質があることから、DNAの切断、アデノシン-5'-ホスホ硫酸キナーゼの酸化などへの応用例も報告されています。広範な分野で有用な化合物ですが、その合成には過酷な反応条件を要することも多く、合成過程で多彩な官能基を保持できない点が課題でした。

近年、本研究グループは、トリフルオロメタンスルホン酸無水物(Tf2O)によってスルフィン酸エステルが容易に活性化され、硫黄原子のアリル化を実現できることを発見しました。この知見を活かし、本研究では、(1)ブロモ基の選択的カップリングとそれに続く(2)求電子的活性化による環化反応を最適化し、2-ブロモアリールスルフィン酸エステルとアリールボロン酸からジベンゾチオフェンオキシドの簡便合成を試みました。

【研究結果の詳細】

1. ジベンゾチオフェンオキシドと多置換ジベンゾチオフェンオキシドの合成

(1)ブロモ基の選択的カップリング、(2)求電子活性化による環化反応という2つの主反応により、ジベンゾチオフェンオキシド合成法の確立を試みました。

パラジウム触媒とリン酸カリウムの存在下で、2-ブロモベンゼンルフィン酸メチルと4-トリルボロン酸をカップリングさせると、2-(4-トリル)ベンゼンルフィン酸メチルが高収率で得られました。このとき、カップリングがブロモ基で選択的に進行し、パラジウム触媒によるスルホキシドなどの副生成物の形成は確認されませんでした。

次に、酸無水物を使用した求電子活性化による2-(4-トリル)ベンゼンルフィン酸メチルの環化反応の条件を検討しました。室温でジクロロメタンに活性化剤Tf2Oを加え、続いて炭酸水素ナトリウム水溶液を添加すると、目的のジベンゾチオフェンオキシドが高収率で得られることがわかりました。一方、トリフルオロ酢酸無水物((CF3CO)2O)や無水酢酸((CH3CO)2O)では、スルフィン酸エステルの活性化が見られませんでした。温度条件についての検討から、0 ℃では収率がわずかに向上し、-40 ℃では反応が進行しないことが判明しました。溶媒についての検討から、トルエン、アセトニトリル、ニトロメタンでは目的物が得られませんでしたが、ジエチルエーテル中では反応が進行して目的物が得られることがわかりました。以上の検討により、スルフィン酸エステルからベンゾチオフェンオキシドを簡便に合成できる条件を見出すことができました。さらに、原料である2-ブロモアリールスルフィン酸エステルとアリールボロン酸を種々変化させて反応させることにより、広範な多置換ベンゾチオフェンを高収率で得られることもわかりました。

2. ジベンゾチオフェン誘導体の合成

ジベンゾチオフェンオキシドをさらに変換し、さまざまな官能基を有するジベンゾチオフェン誘導体を合成しました。特に、ジベンゾチオフェンオキシドと有機ケイ素化合物のプメラー型プロパルギル化が効率的に進行することがわかりました。さらに、o-シリルアリールトリフラート部位を有するジベンゾチオフェンオキシド誘導体を効率的に合成できることがわかりました。

3. スルフィン酸エステルの求電子環化反応の機構解明

本研究では、スルフィン酸エステルの求電子環化の反応機構の解明も行いました。今回提案された反応機構は以下の通りです。

(a) Tf2Oによりスルフィン酸エステルのS=O部分が活性化され、中間体を形成する。

(b) 求電子性硫黄において求電子性芳香族置換反応が進行し、スルフランが生成する。

(c) 炭酸水素ナトリウム水溶液によるスルフランの加水分解により、ジベンゾチオフェンが生成する。

本研究を主導した吉田准教授は「含硫黄化合物にはライフサイエンス分野で重要な役割を果たすと期待される物質が多く存在しています。しかし、その大半は過酷な条件を要する従来の合成法に頼っており、合成困難な分子が多いのが現状です。これに対して、スルフィン酸エステルの反応性に着目した独自のアプローチ方法で現状を打破できるのではないかと考え、本研究に取り組みました。本手法で合成したジベンゾチオフェンオキシドを利用した応用研究により、活性酸素種が関与する生命現象の解明などにつながることが期待されます」と、研究成果についてコメントしています。

※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP22H02086)、上原記念生命科学財団、徳山科学技術振興財団、UBE学術振興財団、稲盛財団の助成を受けて実施したものです。

【論文情報】

雑誌名:Chemical Communications

論文タイトル:Facile synthesis of dibenzothiophene S-oxides from sulfinate esters

著者:Yukiko Kumagai, Akihiro Kobayashi, Keisuke Nakamura and Suguru Yoshida

DOI:10.1039/D3CC05703H

URL:https://doi.org/10.1039/D3CC05703H

配信元企業:学校法人東京理科大学

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