組織や部下が成長し続けるために、リーダーが果たすべき役割とは?本連載では、9年ぶりに日本代表ヘッドコーチとして再登板が決まったラグビーの名将、エディー・ジョーンズ氏の著書『LEADERSHIP リーダーシップ』(エディー・ジョーンズ著/東洋館出版社)から、内容の一部を抜粋・再編集。イングランドオーストラリア代表ほか数々のチームを率い、ゴールドマンサックス日本のアドバイザリーボードも務める同氏の、ビジネスにも通じるチームづくりやコーチングの極意に迫る。

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 第5回目は、サッカーイングランド代表、ガレス・サウスゲート監督からの学び、選手の選抜法について解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 ラグビー豪州代表元HC、エディー・ジョーンズ氏が語る「リーダーシップ」の極意
第2回 チームに一匹狼は必要か?ラグビー英国代表が重視した「3つの価値観」とは?
第3回 名将エディー・ジョーンズは、五郎丸歩の心をどう開き、関係性を築いたか?
第4回 不安やストレスから選手と自分を守るために、なぜルーティンが必要か?
■第5回 サッカーイングランド代表チームから、ラグビーの名将が学んだこととは?(本稿)
​■第6回 ハイパフォーマンスの鍵を握る「リーダーシップ・サイクル」「3つのM」とは?

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■今のコーチングは「やり方は教えない」

 我々がこの夏少しずつチームの活性化に取り組んでいるちょうどそのとき、サッカーイングランド代表は、ガレス・サウスゲート監督のもと、UEFA Euro 2020の決勝戦に進出し、過去のチームも何度も苦い思いをしてきたPK戦イタリアに敗れた。

 だが、そのほかの点でイングランドはかつてとは大きく変わり、フィールド内外で感動をもたらした。サウスゲート監督がチームの文化と信頼性を変革してきたことの確固たる証しである。

 私が初めてサウスゲートに会ったのは、2017年、ふたりのネットボールコーチイングランド代表のトレイシー・ネヴィルオーストラリア代表のリサ・アレクサンダーとのトレーニング・セッションに彼が訪ねてきたときだった。

 サウスゲートは今とまったく変わらず、実に真面目で好奇心旺盛だった。意欲に燃える彼は、できる限りのことを学び、自分の仕事に応用できるアイデアがないかと探した。極端なまでに勉強熱心だったが、思いやりがあり、新しいアイデアを進んで取り入れた。

 彼はコーチとして世界トップクラスの重要な仕事を任されている。一方で重要な地位にあるというのは、この上もなく大変でもある。サッカーイングランド代表を監督するのは素晴らしい機会だが、期待の重さや厳しい視線を一身に受ける、なかなか辛い仕事だ。

 サウスゲートは建設的な方法で常に仕事に取り組んできた。明確な意図と結束力を徐々にチームに浸みこませていく。大いに尊敬できる人物で、頭も非常に切れる。また、外野の声に気を取られたり、動揺したりしない。

 さらに、メディアや国民がチームと一体感を感じる試合を巧みに展開した。私のチームの若手選手たちが集まって試合を観るときの反応に触れると、それがよくわかる。彼らはごく普通のファンで、サウスゲートと選手がつくる感動的なストーリーに圧倒されていた。

 イングランドドル箱プレーヤーたちは謙虚で団結力があり、社会問題への意識も高く、揺るぎのない価値観を持っている。人種差別に抗議の意思を示すため、試合前に片膝をつくという決定に、人種差別のきらいがある少数派のファンがブーイングを浴びせたときも、ペナルティキックを外した若手黒人選手が人種差別的なひどい中傷を受けたときも、サウスゲート監督をはじめとするチーム全体の対応は立派だった。

 刺激を与える存在である彼らは、我々若手中心のチームが見習うべき手本である。Euro 2020の決勝戦と我々のシーズン最後のカナダ戦を前に、私は同じことをメディアに語った。

「謙虚で好奇心旺盛なサウスゲートは、非常に教養のある監督です。私が一番感心するのは、若いのに、経験豊かな監督のようにふるまえることです。誰もが準決勝を手に汗握り、精一杯応援しました。イギリス人なら熱狂して当然です。イギリスでは、スポーツが多様なコミュニティーを大いに活気づかせるようですね。素晴らしいことです」

 私はサウスゲートがプレーヤーから監督に転身したことについても語った。Euro 1996の準決勝でペナルティキックを失敗し、ドイツに痛い負けを喫した彼が、多大な尊敬を集める代表監督になったのだ。

「我々がスポーツの世界に身を置くのは、必ず新たな可能性があり、必ず新たなチャンスがあるからです。コーチングという麻薬、スポーツという麻薬が、夢中にさせるのです。メディアはいまだにサウスゲートが失敗したペナルティキックの映像を流しています。そうでしょう? 今や彼がもたらした素晴らしいシュートの映像をいくつも手に入れたわけですね」

 メディアはサウスゲートが私のアイデアを使っていることを知っていた。たとえば、“仕上げ人”と呼んで交代選手の役割を高める方法がそうだ。しかし、それは一方的なものではなく、我々もキャンプで彼のテクニックをいくつか使ったと私は指摘した。

「彼のチーム全員がプールでユニコーン浮き輪に乗って、体力を回復するのを見かけました。我々もここカナダの雰囲気に合ったリカバリセッションをしたばかりです。斧投げをして木を切り倒すとか、どれもそういう類いのものです」

 我々はリラックスしながらも引き続き結束力を高めていた。そして、アメリカ戦初戦の前に、コロナ禍でお馴染みの制限があるなか、私は似たようなことを言った。

「まあまあ制限はありますが、“ホットドッグとバドワイザー”ナイトを楽しみました。我々がこれから戦うアメリカの雰囲気を味わったのです。制限はいまだありますが、選手たちにはできるだけ楽しんでもらうよう心がけています」

 メディアはルイス・ルドローをキャプテンに指名した私の判断についてしきりに聞きたがった。ルドローはプレミアシップでグロスターを率いたことはあるが、イングランド代表でプレーするのは初めてだった。この決定に驚きの声が上がった原因はそこにあるようだ。

「キャプテンになるには代表キャップが必要という理屈はまったく理解できません」と、私は切り返した。

「キャプテンを選ぶ基準は、チームに最も相応しいリーダーであるかどうかです。だから、ルドローを選びました。じっくり見て、ルドローが一番有能なクラブキャプテンだと判断したのです。コミュニケーション能力に長け、誠実で好感の持てる人物です。日曜の試合でイングランドのキャプテンを務めるのは彼をおいてほかにいません」

 案の定、マーカス・スミスを初めて代表に選んだことも注目を集めた。1年前、自己ベストが発揮できるようになれと、けしかけた後の彼の成長ぶりには目を見張るものがあり、私はぜひとも米国戦でプレーするチャンスをあげたいと思ったのだ。

「スミスは有望な若手プレーヤーです。香港で知り合った彼の名づけ親とはたまたま友人で、スミスのことはその友人からいろいろ聞いていました。実際にプレーするのを見てからは、才能があると確信しました。ですが、才能のある若者は大勢います。抜きん出るものがないとダメです。スミスは今、それを証明してくれています。懸命に練習し、ラグビーがそれほど盛んではないところで育ちましたが、日曜日に試合の機会を得てワクワクしていると思います。ムラなくプレーできるようになっていますから、準備は整っています。判断力もディフェンスでの働きも向上しました。ただ、非常に若い10番です。10番はバスの運転手であり、指揮者です。全員が一緒にプレーしていることを確認し、的確なルートを選ばなければならないのです。本人にとっても違いはありません」

 同じことは米国戦に選んだすべての選手について言える。「何人がやり遂げるかを常に一切の先入観を抱かずに見る必要があります。4、5人が各ポジションでベストを出し続けることができれば、我々は素晴らしい結果を出せるでしょう。暫定的なチームではなく、米国戦を戦うイングランド代表なのです。イングランドユニフォームを着ている者は誰でも代表になれるチャンスがあるのです」

 我々は米国を43対29で制し、7トライを挙げた。ジョー・コカナシガが2トライ、アンダーヒル、ローレンス、ブラミア、スミス、ランドールがそれぞれ1トライずつ。スミスは4つのコンバージョンを決めた。

 初めて一緒にプレーすることのマイナス面は、相手に4トライを許したことに表れた。だが、私は十分満足していた。フルバックに飛んでくる高いボールの下で驚くべき働きをするフレディ・スチュワードのほかに、マーカス・スミスとハリーランドールを選出した。

「彼らには何か少し違うものがあるのではないかと思っていました。そして、見事にそれを見せてくれたのです。ランドールには独創性があります。彼には試合にスピードをつけてほしいと思っていましたが、そのとおりに動いてくれました。スミスは自分の仕事を本当によくやり、外側にいるバックスにパスしました。ますます良くなるいっぽうでしょう」と、私はメディアに言った。

 スミスはチームと一丸となり、司令塔の役割を果たした。そして、カナダが非常に弱かったにしろ、我々は次の日曜日の試合で70対14という圧勝を手にしたのだ。ジミー・ブラミアとアダム・ラドワンのふたりがトライでハットトリックを決め、我々はさらに4トライ(うちひとつは認定トライ)を挙げ、スミスがコンバージョンで18点の大量得点を稼いだ。

 スミスにとってまさに“黄金の午後”だった。彼は、その夜ウェンブリー・スタジアムで行われるEuro 2020決勝戦のチケットを手に入れた。ところが、ピッチを離れた彼を待っていたのは、ライオンズ南アフリカ遠征に交代選手として招集されるという知らせだったのである。

 試合後のインタビューで次のように語っている。「夢でも見ているみたいです。イングランドプレーした2度目の試合は特別です。一生忘れられない日になるでしょう。それにやっとトンネルを抜けることができました。実は悩んでいました・・・ ・・・ですが、すごい知らせが舞い込んできたのです。震えが止まりません。何と言えばいいか本当に言葉になりません。サッカーの決勝戦のチケットも持っていました。今も優勝すると信じています。南アフリカに着いたときにいいニュースが聞けたらと思います。ライオンズ代表になるのは昔からの夢でしたから、非常に感激しています。今晩10分間、ひとりで座って、じっくりとこの状況を把握しようと思いますが、実際にその場に行くまで確信は持てないでしょう」

 何もかもがおとぎ話のようだったが、本当の意味でスミスが試されるのはこれからだ。試合後、私はメディアに語った。「よかったと思います。スミスが素晴らしい学びを得る絶好の機会になります。手強いチームを相手に優秀な選手とプレーをするのですから、成長の後押しとなり、多少なりとも成長のスピードが速まるでしょう」

 スミスはたしかに成長した。ライオンズに合流して我々のチームを離れたときの彼は、非常に良い状況にあったと思う。だが、新シーズンは、地に足がついているかどうかで多くが変わる。こうしたストーリーは英国メディアの受けがいいから、スミスはアイドルのように祭り上げられるかもしれない。

 スミスは少々ほかのプレーヤーと毛色が違うため、未知のタイプのプレーヤーだと思われている。メディアが好む格好の材料だ。誘惑も多いが、スミスは家柄が良く、礼儀正しい。最高の力が引き出せるようにただ練習に励めばいい。

 2つの夏のテストマッチではポジティブな面がかなりあった。プレーヤーの姿勢や努力に、そして、チームのリーダーたちに満足している。集団的なリーダーシップが功を奏した。このリーダーシップこそが我々が前進するための鍵となる。また、重圧がかかっても萎れる素振りも見せずやり遂げるプレーヤーが5、6人いる。彼らのことはそれまであまり知らなかったが、性格もいいということがわかった。

 ワールドカップの代表メンバーを選ぶ場合、上位26人だけがトーナメントプレーすることになるから、人柄は重要な要素である。2023年にフランスに行くとき、33人の選手を連れて行く。つまり、7人は試合に出ない可能性がある。だから、がっかりしたとしても試合に出る準備をし、周りに迷惑をかけず大人の振る舞いができる、人柄の良い選手でないとダメだ。

 2019年のワールドカップのときのマーク・ウィルソン、ルーリー・マコノキー、ピアーズフランシス、ルイス・ルドローがまさにそうだった。彼らはあまりプレーをしなかったが、チームに多大なる貢献をした。次回のワールドカップでも同じようにふるまえる選手をそろえる必要がある。

 2021年の夏には、若手選手を尊重すべきだということもはっきりした。こちらの期待と相手の責任については丁寧に説明する必要があるが、重要なのは、やり方は教えないということだ。

 それが30年前のコーチングとは大きく違う。つまり、彼らの好きなようにさせ、解決策を思いつかせる。それに、最近の選手は以前と比べ、はるかに教養があるから、うまくいく。

 キャンプの終わりに選手ふたりと夕食をともにした。ふたりはソ連の歴史について話していた。ネットフリックスのドキュメンタリーを本当にたくさん見ていて、一般常識が豊かだった。そして、その知識欲をトレーニングの準備にも活かしている。

 自身の能力を伸ばすのは本人に任せればいい。

<連載ラインアップ>
第1回 ラグビー豪州代表元HC、エディー・ジョーンズ氏が語る「リーダーシップ」の極意
第2回 チームに一匹狼は必要か?ラグビー英国代表が重視した「3つの価値観」とは?
第3回 名将エディー・ジョーンズは、五郎丸歩の心をどう開き、関係性を築いたか?
第4回 不安やストレスから選手と自分を守るために、なぜルーティンが必要か?
■第5回 サッカーイングランド代表チームから、ラグビーの名将が学んだこととは?(本稿)
​■第6回 ハイパフォーマンスの鍵を握る「リーダーシップ・サイクル」「3つのM」とは?

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