半沢直樹 アルルカンと道化師
半沢直樹 アルルカン道化師講談社文庫)』(池井戸潤/講談社

 やっぱり、こんなにスカッとさせられる物語は他にはない。池井戸潤による国民的大人気シリーズ「半沢直樹」。堺雅人主演でドラマ化されたことでも知られるこのシリーズは、最新刊『半沢直樹 アルルカン道化師講談社文庫)』(池井戸潤/講談社)もとにかく痛快だ。「半沢直樹」シリーズといえば、東京中央銀行のバンカー半沢直樹が、銀行内外で行われる数々の不正を明らかにする経済小説シリーズ。しかし、最新刊では、経済小説としての面白さに、ミステリー要素が加わり、これがまた絶妙なのだ。それも、描かれるのは、意外なことに、美術をめぐるミステリー。「半沢直樹が探偵役」と聞けば、元々のファンはますますワクワクさせられるだろうし、このシリーズを未読だというミステリー好きも、「探偵・半沢直樹」の大活躍に間違いなく魅了されるだろう。

 本書で描かれるのは「半沢直樹」シリーズのエピソードゼロ。時系列的にはシリーズ第1作『半沢直樹 1 オレたちバブル入行組(講談社文庫)』(池井戸潤/講談社)の前日譚にあたる。ある日、東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹は、大阪営業本部が進める企業買収案件を支援するよう、支店長から命じられた。ターゲットとなったのは、老舗の美術系出版社・仙波工藝社。業績低迷中のこの会社を、どういうわけか、大手IT企業ジャッカルが買収したいらしい。仙波工藝社はこの提案を断固拒否するが、大阪営業本部は強引な買収工作を進めてきて……。

 半沢は顧客と真摯に向き合うバンカーの鑑だ。だからこそ、仙波工藝社の意向を無視し、なんとしてでも買収を成功させようとする大阪営業本部の対応が許せない。「どうにか仙波工藝社を守りたい」とその支援にあたる半沢だが、半沢の上司たちはそれを邪魔する。あらゆる根回しによって、仙波工藝社を苦しめ、買収の道を選ばせようとしてくるのだ。どうして半沢はこんなにも上司にめぐまれないのだろう。読者だって、自らの利益しか考えず、部下に責任をなすりつけようとする、上司たちの姿には怒りすら覚えるだろう。そもそも赤字続きの仙波工藝社が狙われる理由も分からない。半沢は仙波工藝社が自力で経営再建できる道を模索しながら、その理由を探り始める。関係者を当たり、資料を読み込む姿は、まさに探偵そのもの。そして、半沢は、仙波工藝社にまつわる、ある絵画に辿り着く。イタリア喜劇に登場する2つの人気キャラクター、純粋なピエロと、ずる賢いアルルカン。両者を対比して描いた絵画に隠された秘密に気づいた時、半沢は、私利私欲にまみれた上司たちに「倍返し」を喰らわせるのだ。

 ああ、勧善懲悪はなんて気持ちが良いのだろう。これぞカタルシス。ずっとモヤモヤしていた気持ちが、クライマックスにかけて、一瞬で霧消する。どうしてこんなにも痛快さを感じさせられるのか。それは、それまでの物語で、半沢の上司たちが憎々しく描き出されているのに加えて、半沢が味方する仙波工藝社側の人間たちが、あまりにも純粋に、ひたむきに描き出されているためだろう。仙波工藝社の経営に関わる人たちや、過去に仙波工藝社に関わった人たち。その苦悩が丁寧に描き出されていて、心寄せずにはいられない。「半沢、頑張れ!」「どうにか仙波工藝社を救ってくれ」と、願いながら読み進めたからこそ、半沢の「倍返し」は、より一層気持ち良いのだ。

 さらに、半沢が上司に向けた台詞にも痺れてしまう。

「理想を語ってばかりでは確かに実績はついてこないかも知れない。ですが、理想のない仕事に、ろくな現実はない。これがあなたの仕事ぶりを見ての率直な感想です」

 理想を胸に、仕事に取り組みたい。どんなに嫌な上司が上にいても、自分が正しいと思う道を突き進みたい。半沢の活躍を見ていると、そんなことを思わずにはいられない。何だか明日からの仕事をもっと頑張れそうな気がする。前向きな気持ちにさせられる、この痛快小説を、是非ともあなたも体感してみてほしい。

文=アサトーミナミ

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