1月22日、お笑いコンビ「ダウンタウン」松本人志氏(60)は一連の文春報道について、「週刊文春」を発行する文藝春秋などに対して、名誉毀損による損害賠償請求と、訂正記事の掲載を求めて提訴したことを所属する吉本興業を通じて発表。請求額は5億5000万円。

 戦いの舞台が法廷へと変わった今、はたして松本氏に軍配があがる可能性はあるのだろうか。

◆「名誉毀損」訴訟で勝敗を分ける3つのポイント

 そもそも名誉毀損とは、その名のとおり「人の名誉を傷つけること」。単なる悪口だけでは認められず、判例では名声や信用といった「社会的評価」を低下させた事実が必要とされている。もっとも、一連の文春報道は、週刊誌などを通じて松本氏の社会的評価を低下させたことは確かであるため、「名誉毀損」にあたるだろう。

 一方で、今回の文春報道が「名誉毀損」にあたるとしても、文春側が勝訴する可能性も十分にある。ポイントとなるのは以下の3点。

①事実が公共の利害に関すること(=事実の公共性)
②目的の公益性
③真実性の証明


 これが全て裁判で認められれば、文春側に軍配があがる。

 まず①について、「公共の利害に関すること」であれば、国民共有の情報として正当化される。これには、一般的に国会議員など「公人」などが該当するとされているが、今回は芸能人のプライベートな話。それでも、芸能人を「みなし公人」として認めた裁判例も存在しており、松本氏を「みなし公人」として認める可能性は高い。

 ②は報道する目的が「公益」、いわゆる「こういうことはやめましょう」といった、社会秩序の低下を防止する公益を目的にしているのか、報道した側の主観が考慮される。

 そして今回の最大の争点は、③真実性の証明だ。すなわち、文春報道が真実かどうか。直近で注目を浴びた裁判を、当時の裁判資料をもとに見ていこう。

爆笑問題太田光氏「裏口入学訴訟」

 お笑いコンビ「爆笑問題」の太田光氏が、新潮社の「週刊新潮」で日大芸術学部に裏口入学したとする記事で名誉を傷つけられたなどとして、新潮社に対して賠償金約3300万円と謝罪広告の掲載を求めた訴訟。

 裁判所は判決文で次のように認定した。

 2021年12月の知財高裁(東海林保裁判長)の判決は、新潮社の報道は「名誉毀損」に該当するとしたうえで、事実の公共性について、太田氏は「テレビ番組の司会を務めたり、政治や社会に関する発言を公にしたりしている」として「みなし公人」と認めた。さらに「経歴に関する不正を正そうとする行為と認められる」として、報道する目的に公益性があると判断された。

 ここまでは、新潮社側が有利となっていたが、大逆転劇は「真実性の証明」にあった。

 2020年12月の東京地裁(田中孝一裁判長)の判決で、新潮社側が取材で得た情報について「十分な検討や裏付け取材を行ったと言い難いもの」としつつ、「真実性・相当性の証明があったとすることはできない」として、真実性の証明を否定した。

 結局のところ、第2審の知財高裁で新潮社側にネット記事の削除と440万円の賠償命令が維持され、判決が確定した。

霜降り明星・せいや氏「Zoomセクハラ裁判」

 2020年6月、文藝春秋の「文春オンライン」で、お笑いコンビ「霜降り明星」のせいや氏が、インターネット上において「女性と不適切な交際をした」とする記事が掲載。名誉を傷つけられたとして、吉本興業文藝春秋に対して賠償金約7500万円などを求めた訴訟。

 2022年12月の東京地裁(金澤秀樹裁判長)の判決で、真実性の証明については、女性の意思に反してこのような行為に至ったということは真実とは認められず、ハラスメントとも評価できないと認定した。

◆謝罪広告の掲載については棄却

 もっとも、裁判所は文春側に330万円の賠償を命じるだけで、謝罪広告の掲載については棄却。文春側は控訴した。

 太田氏の裁判と同様に、週刊誌側は真実の証明ができず、敗訴している。

ジャニー喜多川氏の週刊文春報道に対する訴訟

 もちろん、週刊誌側が真実性の証明に成功し、一部勝訴した裁判例も多く存在する。故ジャニー喜多川氏の性加害が問われた裁判だ。

 故ジャニー喜多川氏が、文藝春秋の「週刊文春」で連載された未成年の所属タレントへの性加害を告発する記事によって名誉を傷つけられたとして、文春側に対して賠償金約1億700万円などを求めた訴訟。

 2002年3月の東京地裁(井上哲男裁判長)は、文春側の取材班が複数の少年らから得た供述はおおむね一致しているが、「セクハラ行為を受けた日時について、具体的かつ明確には述べていないこと」、そして少年らが逆らえばデビューできなくなるという抗拒不能な状況にあるのに乗じ、セクハラ行為をしていることに関し、「その重要な部分が真実であるとの証明はされていない」などとして、真実性の証明がされていないと判断した。

 これにより、文春側に計880万円の賠償が命じられた。

◆東京高裁の判決では文春側が一部勝訴に

 しかし、2003年5月の東京高裁(矢崎秀一裁判長)の判決では一転して文春側が一部勝訴したのだ。

 高裁は、未成年の所属タレントが、ジャニー喜多川氏の自宅に訪れた際に何回か性加害を受けたという供述は「セクハラ行為を受けた時期を特定しうる事情を供述しているものというべきである」とし、さらに「原告らは具体的な反論、反証を行っていない」として、真実性の証明がなされたと断じた。これにより、一部請求は認められたものの、文春側の賠償額は120万円と大幅に減額され、判決が確定した。

◆松本氏の裁判の注目すべきポイント

 松本氏の裁判の核心部分は「女性との間で性加害があったのかどうか」。性加害がなかったことを証明できたかどうかで、女性の同意の有無にも影響し、賠償額が大きく変わることとなる。

 そして、裁判で重要なのは「証言」だ。太田氏の裁判では高校時代の教員2名が証人として出廷し、太田氏が秀才であり裏口入学をする必要性がなかったことを反証した。これに対して、せいや氏の裁判では文春側が告発した女性を証人として呼ぶことも陳述書の提出すらできず、立証が不十分であった。

 松本氏の文春報道では、これまで7人の女性の証言が掲載され、一部の女性は「証言台できちんと説明したいと考えています」と出廷する意向を述べているが、これが実現するとは言い切れない。

 真実性の証明は、取材する側が「真実であると信じるにつき相当な理由」があれば足りるとされている。

 はたして、反証十分で松本氏側が勝つのか、立証十分で文春側が勝つのか。いずれにせよ長期の芸能活動休止が予想される松本氏、その期間に見合った判決が得られるのだろうか。

文/学生傍聴人

【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大の法学部に在籍中の現役大学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。

(画像:松本人志 Xより)