お笑いコンビ・EXITの兼近大樹さんと、脳科学者の中野信子さんが、「ヒト」と「笑い」の関係についてガチで対話した共著「笑いのある世界に生まれたということ」(講談社)を刊行した。人間への洞察力がつき、自分自身や仕事にも大きなヒントになる一冊だという。

※2023年11月11日掲載、ダ・ヴィンチWebの転載記事です。

ちなみに、中野さんといえば、元MENSA会員で医学博士で大学教授…というマッチョな肩書きを持つ脳科学者。一方の兼近さんは中卒のチャラ男。この本を手に取った人はまず、「この2人の対談は成り立つのか」という疑問を抱くかもしれない。

しかし、そんな疑問はすぐに払拭されるはずだ。本書によれば、兼近さんのチャラさは単なる「フリ」で、実をいうと相当ストイックな勉強家であるらしい。中野さんが言うには、兼近さんは学歴とは関係なく、生き抜くための知恵とスキルを持つ「地アタマのいい人」。対談では、中野さんが脳科学とお勉強担当、兼近さんがお笑いとエンタメ担当、という感じで、お互いの知識と意見を対等にぶつけ合っている。

■「イジり」と「イジメ」の違い

2人が芸人論を語り合うくだりでは、「イジり」と「イジメ」の違いや、それを一般人が間違えてしまうことの危うさが綴られている。

芸人が出演するテレビ番組などで、後輩が先輩をイジり、イジられた先輩のほうが「おいしい」言動をしてドッと笑いが起こる…という場面を見かけることがあるだろう。たとえば、明石家さんまさんが離婚した話を後輩がイジると、さんまさんがうまいこと返してくる…というようなパターンだ。

兼近さんによれば、これは、お笑いの構造をよく知る芸人同士が協力しあったことで「イジり」がうまくいったケース。成功させるには先輩のおいしい返しが必須になるので、後輩のほうも腕のある先輩だけをイジるように考慮しているそうだ。結果、おいしく調理してくれた先輩からも、「素材を提供してくれてありがとう」と感謝されることになる。

しかし、一般人がこれを真似しようとして、上司をイジったりクライアントをイジったりすると、大惨事になる。自分がバカにされることを、自虐的に「おいしい」と思えるような上司やクライアントはなかなかいないからだ。

引用----

兼近 芸人の世界というのは特殊な世界なんです。相手を殴る手には柔らかい大きなグローブをはめているから、殴られたほうは痛くない。でもド派手に殴ってみせて、殴られたほうは痛がってみせる。それがお笑い芸人なんです。

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ほとんどの一般人は、お笑い芸人がはめているグローブが見えていないから、真似をしようとして平気で素手で相手を殴り、致命傷を負わせてしまう。これは「イジり」ではなく「イジメ」であり、まったく笑えないのだと兼近さんは語る。そういえば、筆者もイジりとイジメの違いがわからず、ウケを狙おうとして誰かを傷つけてしまったことがある。相手のつらそうな表情を思い出して反省している…。

ダニング・クルーガー効果

もう一つハッとさせられたのは、世の中でおもしろいとされることに対してすぐに批判をする人は、その人自体がおもしろくない人なのかもしれない、と指摘する話。

世の中には、多くの人が高く評価しているものに対して「おもしろくない」「誰でもできるだろう」と言ったり、何でもかんでも「不謹慎だ」と批判したりする人がいる。論理的な見方をすれば、みんながおもしろいと言っていることには必ず理由があるのだから、それがわからないのは、文句を言っている本人のセンスが圧倒的に足らないからだという。

これは、ユーモアのセンスが低いほうから数えたほうがずっと早いような人が、人並みよりセンスがあると思っていた…ということを実験した研究「ダニング・クルーガー効果」でも証明されていることだとか。

高い評価を受ける人に対して「どうせ一発屋だ」などと感じるのは、自分のアタマが悪いからなのかもしれない…。普段、訳もわからず人を批判してはいないだろうか。自分の胸にも手を当てて考えてみよう。

■脳内のモヤモヤをビシッと言語化

ほかにも、さまざまな芸人の名前が挙げられ、何故彼らはおもしろいのか、どこまで真似できるのか、といったことが語られている。芸人へのリスペクトが増すのとともに、脳科学やお笑いの観点から、自分にとってタメになる話をいろいろと受け取ることができた。

終盤では、どうしたら愛される人になれるのか、何故人間にはお笑いが必要なのか…という壮大なテーマにも思いを馳せることができる。

もちろん、中野さんが、EXITや兼近さんについても、何故あそこまできわどいギャグを連発できるのか…ということをビシッと気持ちよく言語化してくれているので、EXITファン、かねちーファンも存分に楽しめるはず。(筆者もこの本でEXITの魅力にはまり、公式YouTubeをチャンネル登録しました)

今どき、あっさりした内容で2000円近くする書籍が多いなか、この充実した内容を990円で読めるのは、かなりお得。脳内のモヤモヤがどんどん解き明かされていくのは「快」(脳の組織図に出てくる言葉。本書参照)でしかない。けれど、濃厚なだけに、一気に読むのはカロリー高め。今後長く付き合っていく本の一つとして、有意義な読書の時間にすべく、数日かけてじっくりと楽しむのもおすすめだ。

文=吉田あき

「笑いのある世界に生まれたということ」(中野信子、兼近大樹/講談社)