今年の第96回アカデミー賞は、いままでと少し形勢が変わっている。日本関連作品のノミネートは、第94回に『ドライブ・マイ・カー(21)が受賞した国際長編映画賞(作品賞、監督賞、脚本賞にもノミネート)か、第88回に『想い出のマーニー』(14)がノミネートされた長編アニメ映画賞が多かったが、今年は『ゴジラ-1.0』(公開中)が視覚効果賞にノミネートされている。昨年12月に発表されたショートリスト入りも日本映画初の快挙だった。宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』(公開中)は長編アニメ映画賞にノミネート。第75回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞した『千と千尋の神隠し』(01)、そして『ハウルの動く城』(04)、『風立ちぬ(13)に続く4度目のノミネートとなった。先日行われた第81回ゴールデン・グローブ賞では長編アニメーション賞と作曲賞(久石譲)にノミネート、初の非英語作品としてアニメーション映画賞受賞となった。『ゴジラ-1.0』と『君たちはどう生きるか』は昨年12月に全米で劇場公開、ボックスオフィスでも好成績を収めている。

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2023年12月1日に全米公開された『ゴジラ-1.0』(英題:Godzilla Minus One)は、2024年1月28日現在も公開中。最大2622スクリーンで上映、現在までの興行収入は約5500万ドル(約81億円)、世界興収では1億261万ドル(約152億円)で、1億ドルを超える大ヒットになっている。1月26日からは『ゴジラ-1.0/C』(英題:Godzilla Minus One /Minus Color)という気の利いたタイトルで、日本でも1月12日から公開されている白黒バージョンが上映された。アカデミー賞ノミネーション効果もあり、スクリーン数も再度2000以上に増大している。

歴史的大ヒットにつながったのは、北米配給を東宝の国際部門子会社TOHO GlobalのToho Internationalが手掛けていることも大きい。通常、日本映画は北米のインディペンデント系配給会社によって劇場公開されることが多いが、『ゴジラ-1.0』の場合は日本配給と同じ東宝の子会社が手掛けることで、ゴジラゴジラファンについて熟知した宣伝マーケティングが行われていた。11月10日ロサンゼルスの全米監督協会劇場で行われた北米プレミアには、全米から筋金入りのゴジラファンが集まっていたようだ。ハリウッドのプレミアでよく見られる業界誌やインフルエンサーではなく、ゴジラや特撮に特化した媒体やファンサイトを招待し、ゴジラハリウッドに降臨する記念すべき瞬間を祝福した。

ゴジラや怪獣映画などのファンサイト「Toho Kingdom」に寄稿されたプレミア参加記には、遠いアメリカからゴジラへの愛を叫び続けたファンの興奮と感動が込められていた。

ゴジラは、6歳の時からずっと、自分の人生にほぼ常に存在し続けている。ある意味、古くからの大切な友人のような存在だ。だが『ゴジラ-1.0』は、私が見ていたゴジラはその片鱗にすぎなかったのだと知らしめた。完全に恐怖に陥れられたのだ。スクリーンの中で登場人物たちが感じた恐怖が完璧に描きだされ、これまで感じたことのない形で私の心に響いた。それが、この映画最大の収穫であり、私を完全に虜にしたものだった」

「ある意味、私はまだプレミアの高揚感から抜けだせていないし、今後もそうならないことを願っている。この記事を書く過程でさえ、感動が再び掻き立てられている。興奮、期待、希望、そしてイベントが終わった時の悲しみ。しかし、どの感情よりも強く感じるのは『感謝』である。山崎貴監督にこれほどすばらしい映画を作らせただけでなく、『ゴジラ 2000 MILLENNIUM』以来の規模で、ついにアメリカ国内でも自社で配給した東宝への感謝である。この映画がもたらした多大な好評と興行成績によって、ゴジラが日本と同じようにアメリカでも本当に愛されていること、そしてアメリカのゴジラファンも、日本のファンとの間で共有されているような強い絆でゴジラや東宝と直接関わる準備が整い、それを熱望していることが東宝に伝わるといいのだが」

プレミア以降、このような真摯な気持ちを綴った記事や評判が多く見られた。その興奮は映画ファンの間で広がり、公開日直前にようやく出始めた一般紙や業界誌の映画評は、完全に後追いだった。この記事が書いているように、アメリカのゴジラファンは、東宝が彼らを日本のファンと同じように扱い、直接関わり合えることを願っていたのだ。山崎監督が招かれたルーカスフィルムやハリウッドにもゴジラファンは多く、アカデミー賞視覚効果賞にノミネートされたのは偶然ではなく、満を辞しての結果と言えるだろう。

一方、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』(英題:The Boy and the Heron)は、昨年9月のトロント国際映画祭開幕作品として日本以外での初上映が行われた。

北米公開は昨年12月8日IMAXを含む全米2,205スクリーンで公開され、全米週末興行ランキングで1位に輝いている。この週のランキング3位は前週公開の『ゴジラ-1.0』で、日本映画がトップ3に2本入るという前代未聞の快挙を遂げた週となった。1月28日現在までの興行成績は4424万ドル(約66億円)で、アカデミー賞受賞作の『千と千尋の神隠し』の通算1520万ドル(約22億円)の2倍以上。

この大ヒットの理由には、2012年にそれまでウォルト・ディズニーが配給していたジブリ作品の配給を引き継ぎ、現在も全スタジオジブリ作品の権利を扱う北米アニメーション専門配給会社GKIDSの功労がある。GKIDSのデヴィッド・ジェステッド社長は、今作が“ダコタ”というコードネームで呼ばれていた時代からプロジェクトに関わり、英語吹替版のキャスティングについて考えを巡らせていた。だが、答えは出来上がった作品そのものにあったという。

君たちはどう生きるか』の英語吹替版にカメオ出演している役者たちは、過去のジブリ作品で印象的なキャラクターの声を担当している。今回、『ハウルの動く城』でハウルを演じた木村拓哉同様に、英語吹替版でハウルの声を担当したクリスチャン・ベールが眞人の父親役を演じ、『天空の城ラピュタ』(86)でムスカ役を演じたマーク・ハミルは今回、大叔父役の声を務めた。眞人役こそ若手のルカ・パドヴァンが演じているが、青サギ役がロバート・パティンソン、老ペリカン役にウィレム・デフォー、インコ大王にデイヴ・バウティスタ、キリコ役にフローレンス・ピュー、ヒミ役に福原カレン、夏子役にジェンマ・チャンといった豪華キャストが揃っている。

GKIDSのジェステッド社長は、かねてから宮崎作品に参加したいと願っていた彼らへの出演依頼は難しいことではなかったと語っている。アメリカおよび世界での宮崎駿スタジオジブリの人気は想像以上に高く、2021年に開館したアカデミー・ミュージアムの柿落としが「宮崎駿展」であったり、ワーナーディスカバリーのストリーミングサービスMAX(旧HBO Max)では、スタジオジブリの劇場公開全作品がライブラリーに並んでいる。こうした歴史の積み重ねによって、今回『君たちはどう生きるか』の興行成績1位につながっていった。

興行成績の話でいうと、字幕作品の『ゴジラ-1.0』、字幕と吹替版の『君たちはどう生きるか』が共に2000スクリーン以上をブッキングすることができたのは、夏から秋にかけて行われていたハリウッドのダブル・ストライキの影響と、時期的な理由が大きい。2023年秋の大作映画と考えられていた『デューン 砂の惑星 PART2』(3月15日公開)などが翌年以降に公開を先送りし、IMAXを含むスクリーンに余裕ができた。

例年、11月末から12月末までの1か月はアカデミー賞の候補基準を満たすために1週間だけ限定公開を行う作品が多く、たくさんのスクリーン数を確保する作品が並ぶわけではない。そして『ゴジラ-1.0』の公開日は感謝祭の翌週、「1年で最も観客動員数が少ない週」と言われ敬遠されがちな週末だった。感謝祭翌日からクリスマスまでセールが行われるため、クリスマスプレゼントの購入で忙しい人が多いからだ。だが、Eコマース全盛の現在はそれも古い風習に囚われた思い込みだったのだろう。とにかく、アメリカの観客は心から楽しめるおもしろい映画を渇望していた。

興収、そして賞レースでの『ゴジラ-1.0』と『君たちはどう生きるか』の快挙は、日本映画とそれを支えた人々が長い時間をかけてコツコツと築いてきたものが実を結んだ結果のように思える。現地時間3月10日オスカー像は誰の手に渡るのだろうか。今年のアカデミー賞では、日本からも固唾を吞みながら日本映画の健闘を見守ってほしい。

文/平井伊都子

北米でもファンたちを熱狂させた『ゴジラ-1.0』/[c]2023 TOHO CO.,LTD.