スケートボード以外の撮影現場では、「普段は何を撮ってるんですか?」と聞かれることがある。

自分のキャリアなら、そこで「スケートボードです」と答えるのは、ごく自然なことだ。

すると、時にはこんなことも聞かれる。「じゃあフィッシュアイとか使ってるんですか?」と。

フィッシュアイレンズはスケートボード界のスタンダード

スケートボード界では多くのフォトグラファーが使用しているフィッシュアイレンズ

フィッシュアイは撮影時にカメラへ取り付けるレンズのことで、魚眼レンズと呼ばれているもの。

一般的には特殊レンズに分類されあまり見ることはないのだが、それがスケートボードの現場だとスタンダードなレンズとなり、多くのフォトグラファー、フィルマー、スケーターに愛されている面白い立ち位置の存在なのだ。

そこで今回は、「なぜスケートボードの現場でフィッシュアイが使われるのか?」をテーマに進めていきたい。

このように問われたら、スケーターや写真好きの多くは「迫力ある写真が撮れるから」と答えるのではないだろうか。

でも何がどうなってこうなるから、迫力あるスケートボードの写真が撮れるんだとまで定義づけられる人は、そこまで多くないのではないだろうか。

そもそもフィッシュアイレンズは広い範囲を撮影できるという意味で超広角レンズの一種になるのだが、超広角レンズよりも更に広く写すことができる。なおかつ通常のレンズは被写体を極力歪ませずに描写することを目指しているのに対し、フィッシュアイレンズは歪ませることで広い範囲を描写するため、被写体にある直線のほとんどが曲線として描かれるという特徴があるのだ。

ではそこを理解してもらった上で、スケートボード写真における暗黙のルール「アプローチと着地点を一枚に収める」にのっとって撮影した以下の2枚の写真を見比べてみよう。

トリックはハンドレールでのバックサイドボードスライドになる。

超広角とフィッシュアイの違い

一般的な超広角レンズで撮影した写真。選手は小野寺吟雲。

まずは16mmの超広角レンズで撮影した写真から。この類いのレンズは狭い室内を広く写したり、周辺の歪みを利用して景色に迫力を出すために使われることが多い。近くに寄って広く写し込む必要があるので、画角に入りきるように被写体の周囲を画面の外から引っ張ったような写真になっているのがわかるだろうか。

なぜこのような写りになるのかというと、広角レンズは中心から外に向かうにつれてどうしても歪みが出てしまい、写す範囲が広くなればなるほど歪みは大きくなっていく。そこでレンズ内部に形や大きさの異なるたくさんのレンズを使い、できる限りの修正をして真っすぐにしているのだ。ただし歪みを修正すると、写真の端まで同じ大きさに調整しきれず大きく写ってしまうというわけ。

つまり人の顔を広角レンズの周辺部分に持ってくると顔も大きく伸びてしまうので、一番見せたいスケーターは中央付近に配置してあげる必要があるのだ。広く写すことで雄大な雰囲気が出るし、使い方によってはすごく面白いレンズではあるが、同じ超広角でもフィッシュアイで撮るとどうなるだろうか。

同じ選手、セクション、トリック、超広角レンズでも、フィッシュアイではイメージがガラリと変わる。

先ほどの写真が外から引っ張って画角に収めたのなら、こちらは中央から前方に押し込んで入りきらなかった部分も画角に収めたといえばわかりやすいだろうか。つまり広角レンズでは引っ張って真っ直ぐにした歪みを、そのまま用いてたくさんの情報を写す。それがフィッシュアイの特徴なのだ。

すると画面の外側に向かうにつれて歪み(湾曲)が大きくなり、画面全体が丸い曲線で描写される。遠近感も強調されるので、一般的な広角レンズと比べて画面中央の被写体は大きく、周囲は小さく写るのだが、そこがスケートボードの迫力を出すのに適しているとされる所以なのだ。

では何をもって適しているといえるのか?

フィッシュアイのスケートボード的活用法

真ん中付近に人物を置くことで選手を大きく写せて迫力が出る。それもフィッシュアイの使い方のひとつ。

フィッシュアイを使えば、アプローチと着地点を捉えやすいし、選手も小さくならないから適しているという人もいる。確かにそういう捉え方もできなくはない。

このミニランプのブラントフェイキーなどは良い例だろう。

だがスケートボードの特性を考えると、人物を真ん中寄りではなく端にもってくることで、特有の歪みを最大限に活かすことができるのだ。

ブラントフェイキーとほぼ同じアングルから撮影したこのフロントサイドオーリーの写真を見てほしい。

選手のトリック(この写真はエアーの高さ)を強調できるからフィッシュアイが愛用されている。

先ほどフィッシュアイは中央が大きく、周囲が小さく写ると話した。その特徴に合わせ、アプローチのコーピングと人物を上下対極に置くとどうなるだろうか。選手の跳んだ軌道が強調され、エアーの高さが大きく写る。すると見た人の印象は「こんなに高く跳んだの!? スゴい!」となるのだ。

選手からしたら表情などのエモーショナルな部分よりも、厳しい練習を積み重ねてようやく習得したトリックを見てもらいたいと思うのは自然なことなので、いかにして「トリックのスゴさ(カッコよさ)」を強調するかという点でスケートボードフィッシュアイは相性が抜群と言える。

もちろんこの独特の空間の歪みを応用すれば、高さ以外の様々な部分を強調できる。

高さだけでなく幅も強調。4方向に歪むフィッシュアイの特徴を満遍なく活用している。選手は10代の池田幸太。

この写真は前述の高さもさることながら、幅も強調された写真になっている。

これは木製の2つのバンク(斜面セクション)の間をオーリーで跳んでいる瞬間になるのだが、奥のバンクを下部、人物を上部におくことで高さを強調しつつも、この2つのバンクはアプローチと着地の部分にもなっているので、それを左右の端に置くことで、選手が跳んだ幅も同時に強調しているのだ。

そうすることで迫力は何倍にも増して見える。

縦構図と横構図の特徴

ジミーウィルキンス選手によるキックフリップ・バックサイドリップスライド。横構図は風景の広がりに抜群の効果をもたらす。Photo_Yoshio Yoshida /X Games

では次に横構図と縦構図で見比べてみよう。

写真は昨年のX Games Chibaのバーチカルになる。

基本的に横構図は被写体そのものよりも、被写体の置かれた「環境」を表現するのに適していると考えている。

というのもX Gamesのような国際大会の場合、トリックもさることながら、絶好の背景となる多くの観客を写し込むことも、イベントの盛り上がりを伝える上でとても重要になってくる。

その点でフィッシュアイは、バーチカルのような大きなセクションでも観客席とグラウンド側双方の観客が拾えるし周囲が小さく写るという特徴から、多くの観客を画面内にギュッと押し込むこともできるのだ。加えてこの写真は高さや幅が重要ではないキックフリップ・バックサイドリップスライドというトリックなので、人物を真ん中寄りに置いても問題はない。逆に大きく写すことでボードキャッチのスタンス(足を置く位置)もはっきりわかり、トリックの完成度の高さが強調できる。滑走面の木目に人物がピッタリと収まった構図も写真にまとまりを与えていると思う。

クレイ・クライナー選手のバックサイドオーリー・レイトショービット。スケートボーダーの動く軌跡を考えると、縦構図はよりトリックやスケーターにクローズアップした写真となる。 Photo_Yoshio Yoshida /X Games

次に縦構図なのだが、自分は被写体自体を表現するのに適していると考えている。

より断定的な写真と言うべきか、トリックそのもの、スケーター自身の特徴を切り取るといったニュアンスの方がわかりやすいかもしれない。

これはバックサイドオーリー・レイトショービットというトリックなのだが、手を使わずに空中で回すため非常にボードコントロールが難しい。

しかもこれはランではなく一発勝負のベストトリックで披露している。

そういうシチュエーションならば、縦構図にしてトリックフォーカスを当て、クレイ・クライナーという人物のオリジナリティを強調した方が良いだろうという判断でこの構図を選択した。

フィッシュアイでのアオリ撮影と落差のあるセクション

同じセクション、トリックでレンズと高さを変えて撮影した西村碧莉選手のフロントサイドリップスライド。フィッシュアイと標準レンズを比べると迫力の違いは一目瞭然。

縦位置のフィッシュアイといえば、忘れてはいけないのがハンドレールやステアといった落差のあるセクション。

この写真は全く同じライダー、セクション、トリックで撮影したものになる。だがフィッシュアイレンズで撮影した左側の写真のほうが、標準レンズで撮影した右側の写真よりも大きなレールに見え、長い距離を流しているように見えるのではないかと思う。

スケートボード世界では、フィッシュアイのアオリ(下から上に向かって撮影すること)が定番中の定番と言われている。それを縦構図に落とし込むと、ご覧のようにレールやステアの構図内に占める割合が大きくなる。するとフィッシュアイの歪みがさらに強調される。だからより高く、より長く、よりスゴく見せることができるのだ。

このようなダブルセットのステアの場合、あまりに低い位置から撮影すると踊り場の距離感がつかみづらくなることもある。大事なのはセクションに合わせた使い方だ。

となると落差のあるセクションでは、とりあえずアオリ撮影しておけば間違いないと思う人がいるかもしれないが、決してそんなことはない。

このようなダブルセットのステアでアオリ撮影すると、中央の踊り場の幅がわかりづらくなることもあるので、時には撮影ポイントの高さを上げることも必要になってくるのだ。大切なのは撮影するセクションをしっかり見つめ、ライダートリックをちゃんと理解し、双方の魅力を最も引き出すアングルを導き出すこと。そこにフィッシュアイレンズによる空間の歪みが加味されると、いわゆる専門誌で見るような写真になるのである。

昨年来日したスケートボードの神様、トニー・ホーク。すぐ横を通り抜けるときも、フィッシュアイなら見切れずに目を合わせてくれた瞬間を切り取れる。Photo_Yoshio Yoshida /X Games

以上が、「なぜスケートボードの現場でフィッシュアイが使われるのか?」の答えになるのだが、

最後におまけでこちらもひとつ。

誰もが知るレジェンド、トニー・ホークの写真なのだが、これは降雨でコンテストが一時中断した際に引き返す瞬間を捉えたもの。いくらバーチカルとはいえ、プラットフォームがすごく広いかというと、決してそんなことはない。しかも何人もの選手や撮影クルーが立つのだから、撮影しようにも後ろに引けず、標準レンズでは見切れてしまう可能性もある。

だがそんなときもフィッシュアイならお構いないしに全てを捉えてくれる。

さらにこの写真は背後にブロワーで濡れた滑走面を乾かしている人も見えるので、どんな状況なのかも分かりやすい。フィッシュアイレンジはそういった情報量の観点から見ても魅力的だし、何よりポートレート写真でもちょっとした歪みがあるだけでスケートボードっぽさが出る。自分にとっては長年愛用している魅力的なレンズなのである。

吉田佳央 / Yoshio Yoshida(@yoshio_y_)
1982年生まれ。静岡県焼津市出身。
高校生の頃に写真とスケートボードに出会い、双方に明け暮れる学生時代を過ごす。
大学卒業後は写真スタジオ勤務を経たのち、2010年より当時国内最大の専門誌TRANSWORLD SKATEboarding JAPAN編集部に入社。約7年間にわたり専属カメラマン・編集・ライターをこなし、最前線のシーンの目撃者となる。
2017年に独立後は日本スケートボード協会のオフィシャルカメラマンを務めている他、ハウツー本の監修や講座講師等も務める。
ファッションやライフスタイル、広告等幅広いフィールドで撮影をこなしながら、スケートボードの魅力を広げ続けている。

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