格差が広がるなか、住居が定まらないことで職が得られず、貧困から抜け出せないという負の連鎖に陥る「ハウジング・プア」が社会問題となっています。住居と貧困には密接な関係があるのです。本記事では、中央大学法学部教授である遠藤研一郎氏の著書『はじめまして、法学 第2版 身近なのに知らなすぎる「これって法的にどうなの?」』(株式会社ウェッジ)より、貧困層が抱える深刻な住居問題について解説します。

「ハウジング・プア」とは?

現在、格差社会となっており、社会の中で「貧困」が増えているといわれています。厚生労働省調査(2019年国民生活基礎調査)によると、相対的貧困率は、平成30(2018)年で15.4%となっています。

相対的貧困率とは、国民の所得の中央値の半分未満の所得しかない人々の割合のことをいい、平成30年では、年間所得が127万円以下を指します。最悪であった平成24(2012)年(16.1%)よりは若干改善したものの、一定の率を維持しているのが現状です。

そして、貧困と居住は、強い相関関係があります。いわゆる、ハウジング・プアという社会問題です。居住が定まらないと貧困から抜け出せませんし、またそのことが、貧困を増大させることにもなります。非正規労働者は、今や労働市場の4割近くを占めています(2019年では38.3%。総務省労働力調査)。

一般的には給与等が安く、貯蓄も十分ではありません。会社の倒産、雇い止め、病気などのトラブルが生じると、たちまち家賃滞納などに陥る危険性が高まります。

また、無年金などの高齢者も居住リスクを抱えます。とくに、都市部に居住する高齢者は、持ち家ではなく借家住まいで、家賃も高いため、生活を維持することが困難になる場合も少なくありません。

まだまだ不十分…貧困層への住宅政策

日本にも、低所得者層のための住宅関連のセーフティネットがないわけではなく、いくつか例を挙げることができます。

戦後の住宅政策の三大柱の1つ「公営住宅」

たとえば、公営住宅があります。これは、住宅に困窮する低所得者に対して、安価な家賃で住宅を賃貸するために設けられた制度です。1951年に創設されて以来、先ほど紹介した、住宅金融公庫(当時)の融資、日本住宅公団(当時)による分譲住宅とならび、戦後の住宅政策の三大柱の1つを担ってきた、重要なものです。

しかし、今も変わらず、公営住宅の応募者数が高いのに、国も自治体も、財政状況が厳しい中で、供給戸数は増えていません。応募倍率は首都圏を中心に高倍率です。老朽化という面でも問題があります。

生活保護受給者が無制限で受けられる「住宅扶助制度」

また、住宅扶助制度というものもあります。読者のみなさんも、生活保護という制度※1はご存じだと思いますが、その制度の中に、住宅扶助制度があるのです。

生活保護の受給者は、無期限で住宅扶助が受けられるため、生活に困窮した場合に生活保護の申請を遅滞なく行うことによって、制度の範囲において居住空間を喪失するリスクは軽減されます。しかし、審査が厳しく、受給率が極めて低いのが現実です。

また、住宅の物的水準について設定がないことも問題となっています。狭くて劣悪な環境の住宅であっても、住宅扶助は限度額いっぱいが支払われることもあり、貧困者を利用した貧困ビジネスの温床となる危険性があります。

生活保護のぎりぎりの人が利用できる「住居確保給付制度」

近年、厚生労働省が住居確保給付制度というものも実施しています。これは、生活保護制度に至る手前の段階で、または、生活保護を脱却する段階で、自立を支援するための制度として位置づけられます。2015年4月より施行された「生活困窮者自立支援法」に基づくものです。

離職などによって住宅を失い、または失う恐れがある者に対し、就職に向けた活動をするなどを条件に、一定期間、家賃相当額を支給するという制度です。しかし、対象が限定されているうえ、補助が一時的だという限界があります。

さらに、2017年10月からは、住宅セーフティネット制度も導入されています。先述したとおり、公営住宅の増加が見込めない状況である一方、民間住宅の空き家・空き室が増加していることから、それらを活用した制度であるといえます。

大きくは、

1.住宅確保要配慮者(低所得者、発災後3年以内の被災者、高齢者、外国人、DV被害を受けている人など)の入居を拒まない賃貸住宅(セーフティネット登録住宅)の登録制度

2.登録住宅の改修や入居者への経済的な支援

3.住宅確保要配慮者に対する居住支援

という3本の柱からなっています。しかし、現在までのところ普及が十分とはいえません。

このような状況により、住宅セーフティネットからこぼれ落ちてしまって、救済されない人が少なからずいるのが現状です。その人たちは、公的支援が受けられないまま、住宅市場に放り出されてしまっています。

民間の賃貸住宅で低所得者層向けのものもなくはありませんが、時として、建築基準をクリアしない劣悪な住環境の「脱法ハウス」や、違法な追い出しを伴う「ゼロゼロ物件」など、貧困層の窮状につけこんで利益をあげる貧困ビジネスに結びつきます。

貧困者は、場合によっては、徐々に、ネットカフェサウナ、施設などが居住空間となる「住宅難民」になり、さらに、屋根すらない状態(路上、公園、河川敷など)へと追いやられます。そもそも、居住空間は、私たちが生きていく上でもっとも基本となる要素の1つであるのに、そのための社会的支援が十分とはいえません。

※1 生活保護制度は、生活困窮者に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的としている。

具体的な扶助の種類として、生活扶助(日常生活に必要な費用)、住宅扶助(アパート等の家賃)、教育扶助(義務教育を受けるために必要な学用品費用)、医療扶助(医療サービスの費用)、介護扶助(介護サービスの費用)、出産扶助(出産費用)、生業扶助(就労に必要な技能の修得等にかかる費用)、葬祭扶助(葬祭費用)がある。

根深い「女性と貧困」の問題

さらに、「女性」にクローズアップしてみましょう。近年、女性と貧困を結びつけるデータには事欠きません。

たとえば、

1.女性は、生涯を通じて、男性よりも貧困に陥りやすい

2.配偶者がいない女性は貧困に陥りやすい

3.日本では、他の先進国と異なり、母子世帯の母親が仕事をしていても、貧困から脱出するのは難しい

など、ジェンダーに起因する不平等を示すデータがたくさんあります。

とくに、いわゆる「シングルマザー」の貧困問題がクローズアップされています。統計的に、離婚後に親権を持つのは女性である場合が多いのですが、厚生労働省の「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」によると、令和2年の母子世帯の平均年間収入(母自身の収入)は、272万円となっています。

OECD(経済協力開発機構)における他国のひとり親世帯の貧困状況のデータと比較しても、日本は極めて厳しい状況が続いていることがわかります。

さらに、離婚後に養育費を得ている母子家庭は、半数に満たない状況です。厚生労働省の同調査によると、養育費の取り決めをしていない母子世帯は52.2%。「現在も養育費を受けている」という母子世帯は28.1%にすぎません。

「幸せ!ボンビーガール※2」は、お金がなくても幸せに暮らそうということをコンセプトにしたバラエティー番組です。貧乏でも幸せな人生を送る女性を紹介しています。いわゆる「プア充女子」でしょうか。

……しかし、本当の貧困とは、そのレベルではないように思います。もっと重く、暗く、抜け出す道が見つからないような状態の場合もたくさんあります。「貧困は自己責任だ」という理屈が到底成り立たないような世界です。

『最貧困女子※3』は、貧困の地獄の中でもがき、性商売に埋め込まれる、可視化すらされていない多くの最貧困女子を取材しています。

そして、筆者は、取材対象の女性の1人に対し、「彼女は何も与えられずに育ち、適切な教育も受けず、容姿にすら恵まれず、友達もいない。この苦境から脱出しようと努力しようにも、努力をするベースがない。まるで泥の上で高くジャンプしようとあがいているようだ」と表現しています。

※2 日本テレビ系の情報バラエティ番組。2011年から第1期が放送され、2013年から2021年まで第2期が放送された。

※3 性商売で日銭を稼ぐ女性たちの抱えた苦しみを描く(鈴木大介『最貧困女子』幻冬舎新書)。

これからの日本に必要な「居住福祉」という発想

2015年9月、千葉県銚子市の県営住宅で、実の母親が、当時中学2年生の娘を絞殺するという事件が発生しました。報道番組などでも相当取り上げられていましたので、読者のみなさんの中にも、まだ記憶に残っている人が少なくないのではないでしょうか。

その母子は、困窮状態に追い込まれていました。母親の年収は、約100万円。国民健康保険料も未納状態でした。県営住宅の家賃は1万2,800円でしたが、長期にわたって家賃を滞納したため、行政による部屋の明け渡しの強制執行が行われることになっていました。強制執行の当日、この殺人事件が起きたのです。

私には、この事件は、単なるやり切れない不幸な事件というよりは、今まで説明してきたような、日本の構造上の問題が大きく関係しているように思えます。

日本でも、分野次第では福祉が相当程度発達しているように思いますが、居住の領域は、驚くほど市場原理主義が支配しています。しかし、果たしてそれでよいのかは、慎重に考えなければなりません。

「住む権利」というものが、アイデンティティー、人格形成、人間的価値の形成に関わる憲法上の基本的人権として、国家が保障すべきであるという考え方があるのは注目に値します。居住福祉的な発想です。

たしかに、居住空間を失うリスクが誰にでも内在するものであり、かつ、居住空間の確保というものが、われわれが生きていくうえで必要不可欠なものであるとすれば、今まで以上に社会全体で支える仕組みを構築していくという発想も、十分にあり得る選択肢ではないでしょうか。

遠藤 研一郎

中央大学法学部

教授