お相手:マーケティングコンサルタント金森努様×人材開発コンサルタント富士翔大郎様

連載:【インサイトナウ編集長鼎談】 残念なDXからいかに抜け出すか DXにはマーケティングが欠落している? - INSIGHT NOW!プロフェッショナル



DXの共通認識ができていない?

富士 前回の「残念なDX」第1回は、日本企業のDXに存在する「残念なDX」現象をテーマに、顧客志向が弱いこと、そもそも成功なのか失敗なのか明確でないという話をしました。今回はDXの誤解と失敗の原因について、さらに一歩進んだ話をしたいと思います。一言でいうと、残念なDXは主としてトランスフォーメーションできていないものを指しています。それ以前に、トランスフォーメーションとは何かという話もまだ理解が進んでいないのが現状です。同じ会社でも、経営企画室のような経営に近い部署ではDXが進んでいても、現場ではあまり進んでいなかったり、会社全体として認識がまだまだあっていない中、経営サイドからとにかく進めようとするDXが多く、形はできているけれども実のところ中身がついてきていなかったりします。

『DX白書2023』のDXの取組領域ごとの成果状況を尋ねた結果を見ると、DXに相当する「新規製品・サービスの創出」「顧客起点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革」において、日本は20%台で、米国の約70%と大きな差がありました。この数字は仕方ないと思う部分もあって、日本では「まずはやってみよう」と、参加することに意義があるという進め方をしているので、自然の成り行きとも言えます。ただし、仕方ないとしても、そろそろ見直さなければなりません。

D X取り組みの序盤のプロセスを立ち返って見ると、立ち上げ時に「とりあえずやってみよう」が多すぎるのは入り口に問題があります。DXの進め方だけでなく、もともと日本企業に、異質なこと、新しいことがなかなか取り入れられない傾向が強いからではないかと考えています。

金森 先ほどの調査で成果が出ている割合が高かったペーパーレスは、「既存業務の合理化」ですからね。既存業務を単に「改善」するのか、ビジネスモデルからの「根本的変革」をするのかでは全くレベル感が異なりますね。日本は「カイゼン」は得意ですが、「変革」、つまり「イノベーション」は得意ではないとよく言われることでもあります。

富士 イノベーションを大切にする会社には、イノベーションの明確なルールがあります。ある会社では失敗すると一度冷や飯を食わされるのですが、その間に再起を果たして次のチャンスで取れば前よりも上がることができるそうです。落とすルールも復活するルールも明確になっていて、失敗しても再起を果たすことができる。落ちた人を引っ張る仕組みができているのです。なるほどと思いました。もしかしたらDXの仕組みにもここまで踏み込んだものが必要なのかもしれません。

金森 E・M・ロジャースのイノベーション普及曲線によると、市場にはイノベーターが2.5%ぐらいいると言われています。ただしマニアックな人たちなので、その人たちが受け入れたからといって市場に広がるとは限りません。次の段階のアーリーアダプター、いわゆる目ききの人たちは12.5%ぐらいいると言われていて、その人たちが一般大衆に伝えていきます。このイノベーターとアーリーアダプターをあわせた16%が、キャズムを超えるか超えないかのカギを握ることになります。普及曲線では市場全体についての比率を示していますが、組織内についても同じようなもので、やはり「キャズム越え」が必要だと思います。

猪口 僕が『DX白書2023』で気になったのは、DXに取り組んだ会社は多いのに、その半分以上がD Xに関して「戦略はない」と答えていることです。

金森 「戦略」にはさまざまな定義がありますが、一番簡単な分解をしてみると、「戦略=目的+優位性」になると言われています。その「目的」が不明確で、さらに自社のどのような「優位性」を構築するか、どう生かすかというところも不明確なままでスタートしてしまっている。まさに「戦略がない」という状態なのが問題です。

富士 金森さんのアーリーアダプターの話ですが、私がシステム会社の人財育成をしていた時、「社員の3割ほどをイノベーティブな人材に育てるべきだという企画書を書いたことがありました。すると当時の上司から、この会社はイノベーターよりも地道にシステムをつくる人のほうが大事で、イノベーションを考える社員は少しでいいと言われたのです。私がイノベーション人材は30%必要だと考えるのに対して、その部長は6%ほどでちょうどいいだろうと。私もシミュレーションしてみた結果、まず目指すボリュームとしては納得してイノベーターを育てることよりも、その他の社員をフォロワーとしてイノベーションを理解すること、イノベーターが思いついたことをフォロワーが共感し、一緒にやることが大事で、フォロワーも育てなければいけないと改めました。計算してみると、たしかに6%くらいがちょうどいい。ちなみに同じ話を当時の社長に尋ねてみたところ、社員全員がイノベーション人材であってほしいという答えでした。まー理想はそうですね、立場が変わるとそれぞれ考えるボリューム感がこうも違うのかと思いましたね。立場によってイノベーションの定義も違うし、イノベーション人材の必要人数も違う。おそらくまだまだイメージの域で、正解がない話なのだと思います。

猪口 業種でも違うし、組織でも違う。一個の企業の中でも違うということですね。

富士 確かにその通りです、もっと言うと個人個人の意識も違います。

金森 つまりは、「共通認識の不足」ということですね。

富士 前置きが長くなりましたが、「共通認識の欠如」が今回のテーマです。

猪口 それでもそれぞれの企業に適したことをやらなければいけない。個々で違っている必要があるのに共通の認識も必要というのは、なかなか難しいですね。

富士 「共通認識を持たなければいけない」という大前提がまず共通認識されていないわけです。今は共通認識が合わないまま、危機感だけでなく国や経済団体等からDXをやらなければと圧があります。社員は社員でとにかくやらないと目先の評価をもらえないので、共通認識があろうがなかろうが関係なく進めなければならない、共通認識すべき中身も正確に捉えられていない状態です。

まずD Xの段階について考えてみます、いろんな整理の仕方がありますが1つの例を示します。

(以下、図解)

1.デジタル化の初期段階(Digitalization Initiation:
○概要: この段階では、基本的なデジタルツールテクノロジーを導入し、従来のアナログプロセスをデジタル形式に変換します。
○事例: 地方の図書館が紙の図書カードをデジタル化するプロジェクトを実施。利用者がオンラインで書籍の有無を確認できるようになり、図書館の業務効率が大幅に向上。
2.オペレーショナル効率の向上(Operational Efficiency:
○概要: デジタルツールを活用して業務プロセスを効率化し、生産性を向上させます。
○事例: 中小規模の製造会社が生産ラインに自動化装置を導入し、作業員の手作業を減らす。結果、生産効率の向上とエラー率の低下を実現。
3.部門間連携の強化(Interdepartmental Integration:
○概要: 異なる部門やチーム間でのデジタルツールとデータの統合を進め、組織全体の協働とシナジーを生み出します。
○事例: ITサービス会社が営業、マーケティング、カスタマーサービス部門のデータを統合するCRMシステムを導入。情報共有の改善により、顧客対応の質が向上。

4.データ駆動型意思決定(Data-Driven Decision Making:
○概要: データ分析とビッグデータを活用して、戦略的な意思決定を支援します。
○事例: 小売業者が顧客の購買データを分析し、需要予測モデルを構築。在庫管理の改善と効率的な商品補充を実現。
5.ビジネスモデルの変革(Business Model Transformation:
○概要: デジタル技術を活用して、ビジネスモデルそのものを革新します。
○事例: 伝統的なタクシー会社がデジタルプラットフォームを導入し、モバイルアプリによる予約システムを開始。顧客の利便性向上と新しい顧客層の獲得を実現。

このように、DXの各段階は、企業や組織のビジネスや業務プロセスをデジタル技術を用いて変革し、最終的にはビジネスモデル自体を変えることを目指しています。


「残念なDX」5つの特徴

富士 これを踏まえて、成果の上がらない、トランスフォーメーションしない「残念なDX」とはどのような状態なのか、5つの特徴を挙げてみます。まず、残念なDXとは、デジタルトランスフォーメーション(DX)の本来の目的である根本的なビジネスプロセスや組織文化の変革が達成されず、単なるデジタル技術の導入にとどまる状態を指します。特徴のひとつ目が「表層的なデジタル化(デジタル化、デジタライゼーション)」で、プロセスのデジタル化が進んでも、それが表面的で、ビジネスの根底にある問題点や機会を解決・活用していない状況です。

2つ目は「組織文化の変革不足」で、デジタルツールの導入にもかかわらず、組織文化やマインドセットが変わっておらず、従業員が新しいツールやプロセスを十分に活用していない状況です。ビジネスモデルを変えよう、グローバルに打って出ようなど、会社としての変革が伴っていないので、ツールを入れるだけに留まってしまうわけです。

金森  「DX白書2023」のサブタイトルが、“進み始めた「デジタル」、進まない「トランスフォーメーション」”となっているのがまさに象徴的ですね。

猪口 組織文化については認識の違いが多いでしょうね。

富士 業務改善で終わってしまうのはこの辺りに原因があると思います。そもそも企業文化を誰が決めるのかが問題です。私が以前の職場にいた時、「会社の風土を変えたい」とよく「風土改革」という言葉を多用していました。この「風土」も「文化」と同じ意味合いです。「1会社1風土」的に使う人も多いですが、私は違う考え方をしてみました。会社を金槌で叩くと、社員の数だけバラバラの分子に分かれて、その1個1個が風土をつくっていると考えるのです。集合体なので、1個1個が変わっていかないと風土は変わりません。会社が一気に「1会社1風土」で変えようとしても変わらないわけです。1人ひとりの変化の積み重ねで、1人ひとりがどう考えるか、変わっていくかというところに常に目を向けるべきで、その取組みが足りないのだと思います。

3つ目の特徴は「経営層のコミットメント不足」で、DXを推進する上で経営層の明確なビジョンや支援が不足しているため、変革が断片的または方向性を欠いている状態です。これはDXに限らないのですが、そもそも経営層が関心が低くて、プロジェクトだけつくって「あとはよろしく」ということが多いです。

4つ目は「目標と成果の不一致」で、DXの目的が不明確で、特定の技術導入に重点を置いているが、ビジネス上の明確な成果や目標に結びついていない状態です。現実的にはこれが最も重要な問題だと思います。そもそも何をもって成功なのかというルールが決まっていないので、売上で測る話ではないのに、「売上が上がらないじゃないか」と怒られてしまう。その結果DXの一番の問題は、担当者が混乱したりモチベーションが下がっていくことです。

猪口 先ほどの戦略が不明確という話と一緒ですね。

富士 一緒だと思います。

金森 「目標」は「戦略=目的+優位性」における「目的」の下位概念の一部です。「目的」とは、「目標(数字)+「意味」になります。「数字」とは売上や受注件数、継続率・・・などの数値目標で、「意味」とは「なぜ、その目標を達成しなければならないのか?」や「達成するとどのような良いことがあるのか?」という背景情報です。そこがきちんと定義され、関係者全員で共通認識化されていなければ、成果は出ません。

富士  今回お話ししたいのが5つ目の「DXの目的が不明確」です、目指すところが見えないという方がわかりやすいかもしれません。特定の技術導入に重点を置いているが、ビジネス上の明確な成果や目標に結びついていない状態です、R O Iに結びつけないといけないと考える方も多いともいますが、ビジネスモデルの変革や働き方改革など簡単には測れないものも多いので一旦は個別に考えてみることが大事だと思います。前回も言いましたが、DXが本当にお客様のメリットにつながるのかが大事なポイントです。顧客満足や顧客幸福、カスタマーハピネスを実現するためには、カスタマージャーニーを通して、より幸せを感じるような流れをつくっていく必要があります。

ところがこれが難しいのは、顧客のことが分かっているのと、顧客の気持ちが分かっているのは別だということです。成功している企業は、顧客がどういう時に不満になってどういう時に満足するか分かっていても、必ずしも気持ちに寄り添おうと思っているわけではありません。日本人はこれが苦手です。今「寄り添う」という言葉が流行っていますが、実際にどういうことをすれば寄り添うことになるのか意味が分かりにくいですよね。

猪口 そういう意味では、世界で言っているエンゲージメントと日本人が言っているエンゲージメントで意味が違うのでしょうね。日本の場合、イレギュラーが多すぎるのでしょうか。

富士 そうですね。1回聞いて対応するととイレギュラーありきになってしまいます。問題のあるシステムの多くはイレギュラー対応が原因です。私がエンジニアだった頃、稼働の9割がイレギュラー対応でした。システム導入時に業務を見直したのにイレギュラー対応はなかなか減らなかったりします。システム要員はその対応に追われています。本来は割り切ってやらなくていいことも、エンジニアの親切心やクラフトマンシップから対応してしまうのです。

実は、エンジニアの仕事はものづくりと考える人が少なくないです。私はずっと、サービス業だと思っていて、儲からないことはやらなければいいと思っていました。ものづくりの人は技術者魂みたいなプライドが高くて、「できないことはない」と言い出したりします(笑)

金森 そこは前回お話しした「目的と成果をきちんと決めているか?」が関係しています。イレギュラーまで全部対応しようとしたら「1to1」でやらなければなりません。そこまでやらなくていいのであれば「マスカスタマイゼーション」でいいわけです。そこを決めないで始めてしまうから、結局全体として顧客体験の向上も見られずにどっちつかずになってしまうのです。

富士 そこが難しいですね。決めなければいけないものをどこまで決めるか、どのようなレベルで決めるか。この2点が決められないのは日本人がノーと言えないからで、ノーと言わないで戦略をつくろうとすると、すべてが戦略でなくなってしまいます。

猪口 客の一声でなびいていては何が戦略なのか分かりませんよね。

富士 そういうことです。それなのに、クレームがたくさんきても、ほとんどの会社はそこにメスを入れていないですよね。クレームまでひっくるめてニーズとして捉えなければいけません。単にニーズのことしか考えない、それに外れた場合にはどうするかというイレギュラー対処がないと、結局そこにかかりきりになってしまいます。


金森 努氏プロフィールページ:https://www.insightnow.jp/profile/kanamori_tsutomu

富士翔大郎氏 プロフィールページ:https://www.insightnow.jp/profile/jzpdbtta

【インサイトナウ編集長鼎談】「残念なDX」第2回:DXの誤解と失敗の原因(1)