お相手:マーケティングコンサルタント金森努様×人材開発コンサルタント富士翔大郎様

連載:【インサイトナウ編集長鼎談】 残念なDXからいかに抜け出すか DXにはマーケティングが欠落している? - INSIGHT NOW!プロフェッショナル

DXとデジタル化の違いとは?

富士 残念なDXとは、デジタル技術の導入だけではなく、それをビジネス価値に変換する戦略と文化的変革が伴わなければ、真のデジタルトランスフォーメーションは成し遂げられないことを示しています。

真のデジタルトランスフォーメーションということですが、先ほどのD Xの5段階の例でありましたが、まず「DX」と「デジタライズ」は異なる概念を指しています。DXは、企業や組織がデジタル技術を利用して、ビジネスモデルや業務プロセス、企業文化を根本的に変革することです。技術の導入だけでなく、それによってもたらされる組織全体の変化を指します。一方、デジタライズ(デジタル化)はアナログデータをデジタル形式に変換するプロセスで、例えば、音声や画像をデジタル信号に変換することです。一般にDXといってまずイメージするのは、このデジタル化のほうだと思います。

DXの目的は、効率性の向上、顧客体験の改善、新たなビジネスモデルの創出、そして競争力の強化にあります。DXの具体例として、まず「データ駆動の意思決定」が挙げられます。つまりデータドリブンで、ビッグデータと分析ツールを活用して、より情報に基づいた意思決定を行います。また、顧客データ、市場のトレンド、内部業務のデータなどを統合し、戦略的なビジネス決定に役立てます。ただしデータドリブンであればDXなのかというと微妙で、逆に、データ駆動をしていなくてもDXと呼べるものはたくさんあります。データ活用を本格的にやっていると先へ進めなくなるので、絶対必要とまでは言いませんが、DXやデジタル化自体はデータありきのものです。先ほどお話しした、戦略であげるべき項目の一つとして必要だと考えています。

次は、「クラウドコンピューティングの採用」です。オンプレミスのITインフラストラクチャからクラウドベースのサービスへ移行し、柔軟性、スケーラビリティ、コスト効率を向上させます。これも同じで、オンプレでもDXは可能ですが、クラウドの良さである可変的に資源を使えるという発想があるからこそ、よりDXが加速します。

3つ目は「自動化と人工知能(AI)」です。プロセスの自動化、AIや機械学習の導入により、作業の効率化、精度の向上、コスト削減を図ります。これも必須ではありませんが、AIを使うからこそできることがたくさんあります。ただし、AIを使えばDXという雰囲気になりがちですが、それはそれできちんと考えて、必要なければ使わないことも大事です。

次に、「デジタル製品とサービスの開発」です。従来の製品やサービスをデジタル化し、オンラインでのアクセスや新たな顧客体験を提供します。

そしてここまでの延長上にあるのが、「顧客体験のデジタル化」です。これは、ウェブサイト、モバイルアプリ、ソーシャルメディアなどを通じて、顧客とのインタラクションをデジタル化し、顧客満足度を向上させます。今までリアルなお店に来る人のデータはほとんど取れませんでしたが、デジタルを使うことによってより高度なことができるようになります。そもそも顧客体験自体が抜けているので、そこに警鐘を鳴らすという意味でも大事です。

最後が「リモートワークとデジタルコラボレーション」です。リモートワークを支援するためのデジタルツールを導入し、チーム間のコラボレーションを促進します。リモートワークを実現しようという気持ちがなければ、仕事の仕方オフィスの見直しや紙書類の廃止まで進んでいかないので、常にこの2つをセットで考えていくことが必要です。これは働き方改革までかかってくるところだと思います。

猪口 コラボレーションは必須ですね。一人でできるものではありません。

富士 今回の一番の問題提起は、初期段階での共通認識の不足がプロジェクトにおいて大きな問題だということです。そこで、スタートでボタンの掛け違いをしたままでDXが進むと残念なDXになるのではないかという仮説のもとに、「製造業におけるDXプロジェクトという具体例」を使って、共通認識として不足していることをいくつか挙げてみます。状況は、ある製造業の企業が、生産プロセスの効率化と品質向上を目的としてDXプロジェクトを開始。プロジェクトの目標は、生産ラインの自動化とデータ分析の強化を通じて、生産効率を20%向上させることです。

共通認識の不足の1番目は、「経営層と現場の間のギャップ」です。経営層は技術的な側面に焦点を当て、生産ラインの自動化とデータ分析ツールの導入に注力する一方で、現場の従業員は、新しいシステムへの適応や操作方法に関する不安を抱えています。特に製造業はこのギャップが非常に明確です、また製造業は今構造改革に合わせてリスキリングを進めています。リスキリングをするということは相当業務や組織が変える場合がほとんどですが、現場社員の気持ちが追いつかずに、「何で私たちがこんなデジタル対応をやらなきゃいけないの?」ということになってしまうのです。

次に、「プロジェクトの目的に対する認識の違い」です。経営層はコスト削減と効率化を最優先の目標と考えていたのに、現場従業員は作業の質や安全性を重視しています。また新システムの導入による作業内容の変化について、深い理解や動機づけするだけの情報提供やトレーニングが十分に行われているとは言えせん。プロジェクトの目的と戦略を含めて認識を合わせる必要があります。

失敗に至るプロセスで、事例では「プロジェクトの遂行困難」が起きました。現場の従業員が新システムの導入に対して抵抗感を持ち、十分な協力が得られません。これは先ほどの文化の話も関係していて、新しいシステムを導入すれば成果が出るといっても、導入すること自体がなかなか難しいです。「期待された成果の未達成」もあり、生産効率の向上に必要なデータ分析の活用が十分に行われず、目標の20%向上は達成できませんでした。

結果として、「追加コストの発生」となりました。従業員のトレーニングやシステム調整に追加の時間とコストが必要となり、プロジェクト全体のコストが予算を超過してしまいました。

この具体例から、DXプロジェクトの成功には、プロジェクト開始前に経営層と現場従業員間で共通の理解と目標を確立することの重要性が明らかになります。全員がプロジェクトの目的、期待される成果、各自の役割と責任について同じ認識を持つことが、DXの成功に不可欠です。

金森 ただ、新しいことするとだいたい「抵抗勢力」の反撃があるので、そういった点への配慮や対策も必要になりますよね。それはDXに限らず、既存の「業務改善」のプロジェクトでも同じですが、DXは経営層から現場まで全てを巻き込むので、よりそうした動きも出やすくなるため配慮が必要になるところです。

DXをもっと自由に大きく考える

猪口 これまでの話と矛盾するかもしれませんが、僕は今の経営者層にDXを求めるのは酷な気もします。DXは、本当はもっと自由にあっていいものではないでしょうか。

富士  例えば高度成長期やバブルの頃と比較して、システム化などにより業務内容はものすごく効率化されています、ところが効率化がそのまま勤務時間短縮になったわけではありません、システム化により業務の密度が濃くなって求められる質は高くなり、メンタル的にはキツくなっていたりします、また新たに個人情報セキュリティ、コンプライアンスなど考えなければいけないことがかなり増えていると言えるでしょう。

猪口 最近では社会的責任の部分が大きくなっていますよね。経営者の方々には、もっと自由でおおらかな、新入社員でも発揮できるような仕組みづくりをぜひともしてほしいですね。せっかくデジタルネイティブの方々がいるわけですから。

富士 今の若い人たちは、会社に入らないで自分で起業するなど違う道を探す人も多いですね。

猪口 そういう意味ではDXをもっと大きく考えないといけないのかもしれません。自分の会社のビジネス自体が生業として本当にこのままなのか、ということですね。

富士 そこまで考えないとトランスフォーメーションしないのかもしれないですね。それを避けてやろうとするとデジタル化で終わってしまう。

われわれがまずは顧客サイドフォーカスしたいと言っているのは、本来日本企業が得意だったお客様志向というものを大事にしていきたいからです。

DXを推進する上で事前に合わせるべき共通認識をリストアップすると、次のようになります。

DXの目的とビジョン:
DXを通じて達成したい具体的な目的と長期的なビジョンを明確にする。

DXの範囲と影響:
DXが企業全体に及ぼす影響を理解し、どの業務やプロセスが対象かを明確にする。

市場と顧客のニーズ:
市場の動向と顧客のニーズをどのように満たすかについての共通認識を持つ。

技術の役割と限界:
使用する技術の機能、可能性、限界を理解する。

予算とリソース:
DXに必要な予算、人材、時間などのリソースをどのように配分するかについて合意する。

リスクとチャレンジ:
DXの推進に伴うリスクや課題を認識し、対処方法について合意する。

組織文化と従業員の関与:
組織文化の変革が必要であること、従業員の参加とサポートが重要であることを理解する。

成果の測定と評価:
DXの進捗と成果をどのように測定し、評価するかについて合意する。

これらの共通認識はDXプロジェクトの成功を左右する重要な要素です。すべての関係者がこれらの点について共通の理解を持ち、一致した見解を持つことが、DXの成功に不可欠です。

金森 経済産業省は、DXの定義として、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」だと言っています。ではビジネスモデルとは何かというと、誰に(Who)、何を(What)、どうやって(How)、価値を提供し、収益を得るのかが盛り込まれたビジネスの仕組みで、そのために必要なのが、需要性、先行優位性、経済性、競争優位性、戦略性であるということになります。

①需要性
誰に(Who):顕在・潜在的なニーズを持った人に

②先行優位性
何を(What):従来と違う「何か」の

③経済性
何を(What):お金を払う「価値」を

④競争優位性
どうやって(How):自社ならではの強みを活かして

⑤戦略性
提供する、「目指す姿」を明確に描いたもの

このようなDXの成功例として、アシックスの事例をご紹介します。DXブームの前からずっとやっている施策ですが、DXの視点で見ても非常に良い取り組みです。2002年から、アシックスの各直営店に3次元足形計測機という計測器が置いてあります。日本で200台、海外で100台ほど稼働し、今では100万人を超える足形データを蓄積。客も自分で気づいていないような足の形状から、歩き方や走り方のクセのようなものを定量的に把握します。そのデータを基に、目的に合わせてジャストフィットするシューズを選んだり、シューズに合わせて中敷きをカスタマイズしたり、どんなソックスがいいかアドバイスしたりしてくれます。また、自分で足形を計測して、オンラインでシューズがオーダーできるアプリも作っています。

この取り組みを先ほどのビジネスモデルの定義で見ていくと、受容性(誰に)は「顕在・潜在的に自分の足形や走り方・歩き方が気になる人に向けて」となります。経済産業省もDXの定義の中で「ニーズから考えろ」と言っている通り、顧客のニーズに基づいています。

先行者優位性(何を)では、「従来の販売員による“勘と経験”」ではなく、「機器による正確な測定」をし、「20年かけて蓄積した100万人を越えるデータを活用して」となります。デジタル技術とデータ活用、つまり、データドリブンにやっているわけです。

経済性(何を)では、「(顧客が足を靴に合わせるのではなく)自分にジャストフィットし、負担なく歩けたり、タイムが出せる走りができたりすることを実現できる“価値”を提供」しています。つまり「顧客への提供価値」の変革をしているわけです。

競争優位性(どうやって)は、「多くの直営店網とオンライン販売いう顧客接点で、一朝一夕には蓄積できない膨大なデータの下支えを持って」競争優位性を作っています。

戦略では、「それぞれの顧客に足の形状や走りのクセなど、顧客の新たな気づきを促進しつつ、快適な履き心地を提供するという、顧客との“価値の協創”を実現」しています。

富士 アシックスの取り組みは顧客にだいぶ近いですよね。今までのDXはあまり顧客に近くないというか、業務改善のようなものが多かったのです。われわれが言いたいのは、顧客に近いところが大事だということです。企業がDXに取り組むことによって、顧客幸福につながっていく。今まで職人の勘でやっていたものがデジタル化されて、ビジネスモデルが変わっていく。そういう点で非常に分かりやすい、良い事例です。

金森  前回ご紹介した、『DX白書2023』の「DXの取組領域ごとの成果状況」で、日本は20%台で、米国の約70%と大きな差を付けられている、本来のDXに相当する「新規製品・サービスの創出」「顧客起点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革」の部分が実現されているわけですね。

猪口 僕が個人的に好きだったのは、少し古いのですが、駐車場のタイムズさんです。西川社長がITに大きな投資をしました。当時は、従業員からもなぜITなのかと言われていたそうですが、駐車場の稼働率の計算による収益の確保から空き駐車場の検索サービス、さらに、カーシェアのビジネスにもつながっていきました。ビジネスモデルとして本当に秀逸です。

金森 業務改善型のDXを否定するわけではありませんが、やはりこういうところに目を向けてほしいですね。

富士 今までの失われた30年のような日本の遅れを取り戻そうと思ったら、業務改善レベルでグローバルに持っていくのは難しいですね。一方でコロナがあけて、今はインバウンドが多いので、国内ではまさに力の出しどころでありチャンスです。

日テレビで、「うまい棒保管ケース」というものが紹介されていました。ケースにうまい棒を入れておくと、象が踏んでも潰れません。開発のきっかけは、幼稚園の女の子がうまい棒を家に持って帰ろうと、大切に持って帰ったのですがポケットの中で潰れてしまいボロボロで悲しんでいる姿を見てつくったそうです。枚方市中小企業の技術を使ってうまい棒ケースをつくったらばかうけで、そのままふるさと納税の返礼品になったり、クラウドファンディング活用にもなったりしたそうです。それを見て、まだまだお客様のニーズに応えていくということは、いろいろなことができるような気がしました。このイノベーティブな商品作りが企業文化として花開き定着するには時間がかかるかもしれません、われわれがD Xについてこうしてあれこれ言うのも、やはりお客さまの期待以上に応えるためにデジタルの技術を活用する、そしてやり方や考え方を刷新してより付加価値の高い社会に役立つものにする、そこへつなげたいというのが一番の思いです。

次回は「組織文化とリーダーシップの役割」についてです。これも結局人の問題です。アーリーアダプターがいなければできないのか。技術的にその人がいなければいけないのか。そもそも今は人材不足の問題と重なっています。それから、ベテラン層の活躍も大事です。その辺をうまく組み合わせたいですね。多様性を発揮すればするほど、DX、イノベーションは近くなっていきます。今までの日本のスタイルだった、同一のおじさんたちの集まりだけではできないことを、グローバルに向けてはもっとやらなければいけません。

猪口 ありがとうございました。


金森 努氏プロフィールページ:https://www.insightnow.jp/profile/kanamori_tsutomu

富士翔大郎氏 プロフィールページ:https://www.insightnow.jp/profile/jzpdbtta

【インサイトナウ編集長鼎談】「残念なDX」第2回:DXの誤解と失敗の原因(2)