画像はイメージ

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優れた作品は人の感情を揺さぶるもの。好きなマンガを読んだあと、感じたことを誰かと共有したくなるのは自然なことだ。問題は、読後に抱いたネガティブな感情をぶつけるように、強い言葉でSNSに投稿する人が数多くいること。

ある漫画雑誌編集部に所属する40代男性は「SNSが普及して、気軽に心ない言葉をぶつけてくる読者が増えた」と話す。

「展開が気に入らないとか、この表現はいかがなものとか、編集も作者も予期していなかったクレームを貰うことは多いです。それだけ感性に響く作品なんだなとは思いますけど、意見する時も最低限の礼儀は欲しいものです」(取材・文:広中務)

「クレーム」は珍しくない

マンガの「ストーリーへのクレーム」として、伝説級に有名なものといえば、2008年頃に起きた「かんなぎ騒動」ではないか。これは作中のヒロインをめぐる描写に一部ファンが激怒し、単行本をビリビリに破いた画像をネットにアップする読者も現れたりした、というもの。騒動はたまたま作者の体調不良による休載と重なり、さまざまな憶測が流れるなど拡大して、広く知られることとなった。

先述の編集者は、「今でも登場人物の扱いが気に入らないと激怒する読者は多い」という。そんな声をどう受け止めるのかが、編集部の腕の見せどころなのだろうか。

SNSの普及した今となっては絶滅寸前だが、中には直接編集部に電話をかけてくるような人もいるようだ。そこまで行くと迷惑なクレーマーなのではと思ってしまうが、話を続ける中で、そういう人が次第に「定期的に貴重な意見をくれる、熱心な読者」になっていったケースもあるという。

「よくあるクレーム電話」が……

マニア色の強い漫画雑誌編集部に所属する30代女性は、こう証言する。

「編集部で代々受け継がれている“この人から電話があったら編集長へ”という読者がいるんです。それも1人ではなく3人も。一番ふるい人は雑誌が創刊した十数年前から続いているそうです」

その人たちが電話をかけてくるようになったきっかけは、いずれも「目当ての作家が休載だったとか、キャラの扱いが気に入らないとか、よくあるクレーム電話」だったという。

そんな、よくいるクレーマーと、良好な関係を築いたのは「聞き上手な、当時の編集長」だったそうだ。

話をするうち、相手は雑誌の感想だけではなく、近況報告をしたり、身の上相談までしてくるようになり、だんだんと良い関係性が生まれていったのだという。それから十数年。途中、編集長が交代したり、編集部ごと出版社を移動することもあったが、月に1回程度の電話が途切れたことはないそうだ。

「一度電話に出ると、数時間は話し続けるんです。それでも、今では面倒に思う人はいません。毎月電話が掛かってこないと、なにかあったんじゃないかと、心配になりますよ」

読者との対話を大事にする、こんな編集方針だからだろうか、この雑誌は出版不況による部数減の中にあっても、なんとか採算が取れているという。

数時間もの電話を聞き続けられるのは例外的なケースだろう。ただ、制作サイドがこれぐらい読者から届く声を大事にしているのなら、やはり感想を伝えるときには、それが直接相手に届くということを前提に、配慮を持った表現をしたほうがよさそうだ。

「電話クレーマー」をファンに変えた、とあるマンガ編集部の話