今回の相談者は、純資産5億円程度の「持分あり医療法人」を営む理事長兼院長。社員は、妻と医師の長男、他家に嫁いでいる長女、相談者の4名。純資産のほとんどが診療所の土地建物だといいますが、自身が亡くなった後の遺産分割がどうなるのか疑問に感じています。本稿では、弁護士・相川泰男氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)から一部を抜粋し、持分あり医療法人の承継と遺産分割について解説します。

持分あり医療法人の承継と遺産分割

私は、いわゆる持分あり医療法人の理事長兼院長です。社員は、妻と医師の長男、他家に嫁いでいる長女、私の4名です。医療法人の純資産は5億円程度ですが、そのほとんどが診療所の土地建物です。私が死亡した後は、長男が医療法人の理事長に就任する予定です。

紛争の予防・回避と解決の道筋

◆いわゆる持分あり医療法人の場合、死亡による退社の際、その相続人から持分の払戻しを請求される可能性があり、死亡による退社の際の払戻請求権は、相続財産として課税の対象となる

◆持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行を選択した場合、医療法人や社員への税負担を軽減できる

チェックポイント 1. 定款等を確認し、退社の際の払戻しの有無を確認する 2. 払戻請求権と課税負担への対処方法をそれぞれ検討する

解説

1. 定款等を確認し、退社の際の払戻しの有無を確認する

(1)医療法人の類型

医療法人とは、病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設または介護医療院を開設しようとして医療法の規定に基づき設立される法人をいいます(医療39)。医療法人の類型につき、医療法に定義規定等は設けられていませんが、一般的な呼称は、以下のとおりです。

いわゆる持分あり医療法人は、社団法人であって、その定款に出資持分に関する定め(一般的には、①社員の退社に伴う出資持分の払戻し、②医療法人の解散に伴う残余財産の分配に関する定め。社団医療法人モデル定款9条、34条参照)を設けているものをいいます(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205250.pdf(2023.8.21))。

医療法人の大多数は、現在でも、このいわゆる「持分あり医療法人」の形態を採用しています。平成19年施行の改正医療法により、持分のある医療法人の新規設立はできなくなりました(医療法44条4項の改正)が、この改正は、既存の医療法人には当分の間は適用されず、既設の持分のある医療法人(「経過措置型医療法人」等と呼ばれています。)の新法適用への移行は自主的な取組と位置付けされています。

(2)持分の払戻し

「持分」とは、「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利」(医療附則10の3③二)をいいます。そして、いわゆる持分あり医療法人においては、定款の定めにより、持分の払戻し等が認められています(例:前述モデル定款9条「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」)。

この点、前述モデル定款9条の解釈につき、最高裁平成22年4月8日判決(民集64・3・609)は「出資社員は、退社時に、同時点における医療法人の財産の評価額に、同時点における総出資額中の当該出資社員の出資額が占める割合を乗じて算出される額の返還を請求することができることを規定したものと解するのが相当」と判示しています。

そのため、出資当時はわずかな出資額であったとしても、払戻請求時に大きな財産的価値を有している医療法人においては、出資額を大幅に超える払戻請求を受ける結果となります。

2. 払戻請求権と課税負担への対処方法をそれぞれ検討する

(1)いわゆる持分あり医療法人における事業承継

本事例において、出資社員が等分に出資していたと仮定した場合、出資社員のだれかが退社を理由に持分の払戻しを請求してきたならば、医療法人は1億2,500万円の払戻しに応じる必要があります。

また、私の相続が発生し、医療法人の持分が相続財産となった場合、社員は死亡により退社しますので、私の出資持分は払戻請求権の対象となり、相続財産と評価されることとなります。

この点、私の死亡後、医療法人の理事長を就任予定の長男がこれを取得し、現物出資を行うという方法もあります。このような遺産分割を実現するためには、退職慰労金や生命保険等を準備しておくことが考えられます。さらに、医療法人の私の保有する持分を長男に生前贈与しておくことも考えられます。

これらの方法は、いずれも課税に対する対応が必要となってきますので、税理士等の専門家と相談の上、対応していく必要があります。また、これらの対応を行うには、税金対策のため資金繰りも併せて必要となってきます。

これら課税に対する対応を軽減するため、持分なし医療法人への移行も一つの選択肢となってきます。

また、上記相続対策を行わないまま私の相続が開始した場合、医療法人と直接の関係がない相続人は、納税資金の確保のため、実際に、医療法人に対し払戻請求を行うことがあります。この場合、長男は私の出資持分を相続し、代償金等を他の相続人に支払うことも必要となります。

このような多額の払戻しを防止する方法としては、①出資額限度医療法人に移行する、②持分のない医療法人に移行する(出資持分を放棄する)ことが考えられます。いずれの方法を選択するとしても、医療法人の定款変更が必要となり、定款変更のみならず知事の許可を得たり、定款に記載された手続を行う必要があります。

なお、持分あり医療法人から持分のない医療法人に移行した後、持分あり医療法人へ戻ることはできません(医療則30の36・35②参照)。そのため、医療法人の移行を検討する際には、留意が必要となります。

(2)持分あり医療法人から出資額限度医療法人や持分なし医療法人等への移行を行う場合の課税関係

①持分あり医療法人から出資額限度医療法人への移行を行う場合

この場合、医療法人の清算所得課税、出資者のみなし配当課税、出資払込みに伴う譲渡所得課税等の問題は生じないと解されています。なぜならば、出資額限度医療法人は定款変更により出資に関する権利が制限されることになるものの、依然として出資持分の定めを有する医療法人であることから、この定款変更をもって医療法人の開催・設立等があったとみることができないからです。

他方、社員が出資払込額の払戻しを受けて退社した場合、退社した社員は払戻しを受けた額が、当該持分に対応する資本等の金額を超えない限りにおいては、課税関係は生ぜず、医療法人に対する法人税(受贈税)も生じないと解されています。

もっとも、残存する他の出資者の有する出資持分の価額の増加について、みなし贈与の課税(相税9)の問題が生じる可能性が残ります。

②持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行を行う場合

持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行を行う場合には、出資社員全員が出資持分を放棄することになります。これにより、将来、医療法人が解散した際の残余財産は、別の医療法人や地方公共団体、国等に帰属することとなります。

持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行では、出資社員には課税関係は生じません。他方、医療法人はこの持分なし医療法人への移行時の受贈益について法人税は課されませんが(法税令136の3②)、持分の放棄を行った者の親族等特別の関係のある者の相続税贈与税の負担を「不当に減少する結果」となると認められるときは、医療法人を個人とみなし、医療法人に贈与税が課税されることとなります(相税66④、相税令33③)。

しかし、持分あり医療法人から任意で持分なし医療法人の移行を選択し、その移行計画や運営の適正性要件等を充足するケースにおいて、厚生労働大臣から認定医療法人との認定を受けたときは、上記のみなし贈与税はいったん猶予され、持分なし医療法人への移行後6年間経過後に免除となります(租特70の7の14)。また、認定医療法人が持分なし医療法人への移行途中に出資社員の相続が発生した場合にも、相続税の納税猶予や免除に関する制度が設けられています(租特70の7の11・70の7の12等)。

このような認定制度は、平成26年より定められ、複数回、期間の延長がなされていますが、時限立法となっています。現在、令和5年の租税特別措置法改正により令和8年12月31日まで延長がなされています。

なお、詳細については、厚生労働省医政局医療経営支援課『「持分なし医療法人」への移行に関する手引書』をご参照ください。

③本事例について

本事例では、なんら対策をせずに長男への事業承継・出資持分の相続等が発生した場合、本医療法人の純資産は5億円でありその大半が診療所の土地建物であることから、多額の借入れや診療所の土地建物の売却等までも視野に入れなければならなくなります。

しかし、安易に「持分なし医療法人」へ移行するとなると、これまで私が育ててきた医療法人の財産は最終的には全て国等に帰属することになり、私の家族等の財産とすることは叶わなくなります。

そのため、長男の資力いかんによっては長男が医療法人より診療所の土地建物を適正価格で取得し医療法人にリースバックすることや、メディカル・サービス法人を設立して医療法人の資産は医療法人からMS法人に現物出資を行う等の方法を検討する等して、医療法人が引き続き地域医療の担い手として、住民に対し、医療を継続して安定的に提供していく仕組みを構築するとともに、一家が長年かけて築き上げてきた資産の維持に寄与する方法を模索する必要があります。

〈執筆〉 髙砂美貴子(弁護士) 埼玉県立浦和第一女子高等学校卒業 東京大学法学部私法コース卒業 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻 修了 平成26年1月 弁護士登録 東京弁護士会 中小企業法律支援センター 事務局次長(2019年4月~現職) 東京三弁護士会弁護士業務に関する協議会 幹事(2016年4月~現職) 日弁連中小企業法律支援センター 創業事業承継PT副座長(2020年6月~現職) 東京商工会議所経営安定特別相談室 専門家相談員(2022年7月~) 一般社団法人不動産ビジネス専門家協会(2022年9月~現職)

〈編集〉 相川泰男(弁護士) 大畑敦子(弁護士) 横山宗祐(弁護士) 角田智美(弁護士) 山崎岳人(弁護士)