◆レジリエンスに対する誤解

―― リフキンさんの新著『レジリエンスの時代』(集英社)の書名にある「レジリエンス」は、日本ではあまり馴染みのない言葉だと思います。レジリエンスの時代とはどういう意味ですか。

ジェレミー・リフキン氏(以下、リフキン) 「レジリエンスの時代」は「進歩の時代」と対比される言葉です。「進歩の時代」とは、いま私たちが生きている時代のことで、科学の驚異と数学の厳密さ、生活を楽にする新しい実用的なテクノロジー、そして社会の経済的な豊かさを増す上での資本主義市場の魅力という3つの要因に基づいています。

 これらを結びつけているのが「効率」という要素です。効率は近代の原動力でもあります。個人であれ社会であれ、効率的であれば時間を節約することができ、使える時間が長くなります。また、天然資源の収奪と廃棄を効率的に行えば、より速く、より短い時間で、社会の物質的豊かさを増加することができます。

 しかし、人類が効率化を進めてきた結果、自然破壊が進み、自然そのものが枯渇してしまいました。2020年に『ネイチャー』に発表された新しい研究で、気温の上昇と旱魃、そしてとりわけ森林破壊のせいで、熱帯林が吸収する炭素の量が1990年代に比べて3分の1減ったことが明らかにされました。世界中で猛威を振るっている洪水や干魃、森林火災、ハリケーンも、すべて人間が引き起こしたものです。

 最近ではビジネス界からも効率化に異議を唱える声があがるようになっています。効率の追求が経済的混乱を引き起こす恐れがあるからです。

 たとえば、私たちは医療機器から送電線に至るまで、多くの面で半導体に依存しています。しかし、半導体の製造には莫大な費用がかかるので、利益率は高くありません。また、半導体の製造にあたっては、緊急時に備えたシステムや、できるだけ無駄を排したサプライチェーンが必要になりますが、これらは大変なコストがかかるので、ほんの一握りの企業しか投資することができません。

 しかし、もし自然災害でこうした企業の工場が機能しなくなったとしても、半導体は一握りの企業しか製造できないわけですから、その分の半導体を他で埋め合わせることができません。効率性を追求すれば、想定外の出来事に対して脆弱になってしまうのです。

 これは新型コロナウイルスパンデミックのときに起こったことでした。当時、アメリカではN95マスクや個人用防護具、人工呼吸器などが足りず、さらに抗菌石鹸やトイレットペーパーといった基本的な生活必需品まで不足しました。これも効率化を進めて日常生活に必要なモノやサービスの生産を最も行いやすい地域に分散させていたからです。

 これに対して、「レジリエンスの時代」には効率性に代わって適応力が軸となります。しばしば誤解されていますが、レジリエンスとは大規模な混乱に十分な堅牢性をもって応答し、元の平衡状態をすぐに取り戻す能力のことではありません。社会も自然界も常に変化しています。過去の状態には決して戻りません。適応とは、そうした変化の中に自らを定着させていく時間的営為のことです。

 いま私たちに求められているのは、自然を人類に適応させるのではなく、かつてのように人類を自然に適応させていくことです。気候変動に関して言えば、温室効果ガスの排出削減に向けて努力し続けると同時に、温暖化によってもたらされる変化に絶えず適応する能力を見つけていくことが重要です。これが私たちを「進歩の時代」から「レジリエンスの時代」へと導く分岐点になります。

絶滅危惧種としての人類

―― 「レジリエンス」を日本語に翻訳するのが難しいのは、日本にレジリエンスに対応する概念がないからではないでしょうか。日本人はしばしば、日本は自然を愛する国だなどと自画自賛することがありますが、実際は自然破壊を繰り返しており、自然への適応からかけ離れていると言わざるを得ません。

リフキン この半世紀の間、アジアが台頭するにつれ、地球に対する強奪や搾取の度合いが増してきたことは否定できません。しかし、レジリエンスが東洋、とりわけ東アジアの哲学や宗教と親和性が高いことは確かです。

 西洋では地球は全知の神からの贈り物であり、神はアダムとイヴとその子孫に地球の支配を認めたとされています。他方、東洋の宗教や哲学はもっと控えめで、人類は自然の支配者ではなく一部分であり、地球上に存在する、あらゆる種が恩恵を受けている他の無数の主体に、文明の仕組みを絶えず調和させなければならないと考えます。

 現在の東洋にはこうした考え方から若干離れてしまった部分があるかもしれませんが、仏教や儒教、神道、道教、ヒンズー教といった東アジアに広がる宗教には、自然に調和して適応するという姿勢が根強く残っています。すでに「進歩の時代」は死に体で、「レジリエンスの時代」への移行は避けられません。その際にこうした宗教や哲学を持つ東洋の役割は大きいはずです。私はそこに期待しています。

―― 確かに日本では自然破壊が進む一方、若い世代を中心に自然を守ろうとする人たちもいます。これは新しい動きであり、社会運動や政治運動が盛り上がらない近年の日本では珍しいことです。

リフキン Z世代ミレニアム世代と呼ばれる10代から30代くらいの若者たちは、「進歩の時代」の人類とは「種」が違うと言ってもいいと思います。彼らは国を問わず、自分たちのことを絶滅危惧種だと見ています。
 しかし、もう終わりだとか手遅れだと絶望する必要はありません。私たちの祖先のヒト族(ホミニン)は、約10万年続く氷河期と、1万~1万5000年の温暖な間氷期が繰り返される不安定な気候条件の中を生き延びてきました。それは、適応能力があったからです。彼らは手指を用いて、どんな動物よりも器用にものをつくりました。また、情報を共有し、知識を生み出すこともできました。さらに、共感をつかさどるミラーニューロンによって、他の人と喜びや悲哀を共感し、協力関係を築いていました。

 人間は地球上でも有数のレジリエンスを持つ種です。決して弱い存在ではありません。若い人たちは自信を持って、「進歩の時代」から「レジリエンスの時代」への転換を進めていただきたいと思います。(11月22日 聞き手・構成 中村友哉)

ジェレミー・リフキン
経済社会理論家。欧州連合、中国、メルケル独首相をはじめ、世界各国の首脳・政府高官のアドバイザーを歴任。経済・社会・科学技術を分析し、未来構想を提示する手腕への評価が高く、アメリカ政府の政策形成にも大きな影響力を持つ。『限界費用ゼロ社会』(NHK出版)、『エイジ・オブ・アクセス』(集英社)などが世界的ベストセラーに。1980年代から気候変動の危機を訴えるなど、先見性にも定評がある。

<初出:月刊日本2024年1月号

【月刊日本】
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

―[月刊日本]―


『レジリエンスの時代 再野生化する地球で、人類が生き抜くための大転換』書影