「疲れが取れる」「筋肉や関節の痛みに効く」といった療養効果が期待され、老若男女に愛される「温泉」。しかし、日本で「名湯」として名高い温泉も、「有効成分の含有量が必ずしも多いとは限らない」と、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏は言います。松田氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より、詳しくみていきましょう。

温泉はなぜ「心身に効く」のか

草津温泉は泉質が良い」などという言葉をよく耳にします。「泉質」とは「温泉や鉱泉水に含まれる主たる成分の化学的性質」のことを指します。 ※鉱物質やガスなどを一定量以上含む湧泉を鉱泉と称し、鉱泉水はこれらを含有した水を指します。

図表1「温泉の定義」に記載されている化学成分の種類と含有量等によって、わが国では図表2「新・旧泉質の分類」のように10種類の泉質に分類されています。平成26(2014)年7月の「鉱泉分析法指針」の改訂で新たに含よう素泉(含ヨウ素―食塩泉)が追加されています。

現行の「温泉法」では含有成分の有無にかかわらず、25度以上あれば温泉と称することができます。しかし、「温泉はなぜ心身に効く」のでしょうか?

これには温泉を温泉たらしめているもの、すなわち化学成分が関係していることは、だれしもが理解していることでしょう。

温泉医学が発達しているドイツフランスイタリアロシアハンガリーなどのヨーロッパ諸国では、温泉水を飲むこと、つまり「飲泉」(飲み湯)が盛んで、含有成分をとても重視しています。温泉水を薬に見立て、余すことなく体内に取り込もうというわけです。

事実、ヨーロッパではミネラルを豊富に含んだ温泉は「飲む野菜」ともいわれています。温泉は“天然の薬”のような位置づけなのです。日本では昔から温泉のことを”天与の恵み”とか”霊泉”と表現してきたのは、まさに”天然の薬”のことを指していました。

日本ではとくに近年、飲泉は盛んとは言い難いのですが、群馬県四万温泉大分県長湯温泉などは地域ぐるみで飲泉に力を入れていることで有名です。とくに療養の温泉、湯治場では飲泉を大切にしているのは、「効く温泉」、「健康のための温泉」にこだわっているためと考えてもいいでしょう。

成分が薄い「単純温泉」のなかにも“名湯”がある理由

草津温泉は泉質が良い」という言葉の意味は、まさに「効く」ということだったに違いありません。「名湯」も本来は同じような意味に使われていました。有効成分が豊富に含まれていることも温泉が「効く」ための要因であったでしょうが、「抗酸化力に優れた温泉」であったからだと思われます。

なぜなら、現在わが国の温泉は10種類の泉質に分類されていますが、もっとも含有成分が薄いといわれる単純温泉にもかかわらず“湯治場”として有名な温泉地が数多くあげられるためです。その代表格が山口県俵山温泉です。“リウマチ(関節リウマチ)の名湯”として、現代でもよく知られる療養の温泉の横綱格です。

他にも令和の現代でも東北を代表する湯治場として知られる岩手県花巻市花巻南温泉峡宮沢賢治ゆかりの大沢温泉、あるいはすぐ隣の鉛温泉なども単純温泉です。秋田県南部の湯沢市秋の宮温泉郷も単純温泉ですが、東北屈指の湯治場で知られます。

単純温泉はごく簡単に言うと、「含有成分の薄い温泉」のことです。「成分は極微量だけど25度以上の条件を満たした温泉」といわれています。ただ誤解なさらないでいただきたい点は、成分が無いのではなく「温泉法」が規定した含有成分の濃度をクリアしていないということです。にもかかわらずこれほど医学が発達した現在でも、“療養の名湯”、「効く」といわれる温泉なのです。

医療がまだ発達していなかったかつての日本では、「とくに効く」温泉のことを、“薬湯”とか“霊泉”と称していました。「霊験あらたかな湯」という言い方もありました。「薬効の著しいこと」を称えた言い方です。

環境省の「鉱泉分析法指針」で「療養泉」の定義が示されています。温泉のうち、図表3の規定を満たし、かつ「特に治療の目的に供しうるもの」が療養泉とされています。単純温泉も含まれており、「(単純温泉の泉質別)適応症」の欄に具体的に、「(浴用で)自律神経不安定症、不眠症、うつ状態」と記載されています。

つまり国も単純温泉が「効く」ことを限定的な範囲とはいえ、認めているということです。さすが温泉大国・日本です。適応症とは、「温泉療養を行うことによって効果をあらわす症状」のことを指します。

また「療養泉の一般的適応症(浴用)」として、以下の効能が示されています。

「筋肉若しくは関節の慢性的な痛み又はこわばり(関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症、神経痛、五十肩、打撲、捻挫などの慢性期)、運動麻痺における筋肉のこわばり、冷え性、末梢循環障害、胃腸機能の低下(胃がもたれる、腸にガスがたまるなど)、軽症高血圧、耐糖能異常(糖尿病)、軽い高コレステロール血症、軽い喘息又は肺気腫、痔の痛み、自律神経不安定症、ストレスによる諸症状(睡眠障害、うつ状態など)、病後回復期、疲労回復、健康増進」

松田 忠徳 温泉学者、医学博士

(※写真はイメージです/PIXTA)