なぜあの会社は儲かるのか?答えは決算書の中に隠されている――。本連載は、注目企業の「稼ぎ方」「儲けのしくみ」を決算書から読み解く話題書決算書×ビジネスモデル大全』(矢部謙介著/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。100円ショップ、飲料メーカーなど、同業でも企業によって大きく異なるビジネスモデルの特徴を、わかりやすく図解する。

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 第6回目は、富士フイルムホールディングスの事業構造改革における戦略を、決算書から読み解く。

<連載ラインアップ>
第1回 100円ショップのセリアの収益性は、なぜワッツよりも高いのか?
第2回 100円ショップのセリアVS.ワッツ、原価率や販管費率が低いのはどちら?
第3回 アサヒ、キリン、サッポロ、ビール各社の戦略はどこが大きく違うのか?
第4回 恵比寿ガーデンプレイスに見る、サッポロホールディングスの事業の特徴とは?
第5回 富士フイルムHDの利益率は、なぜニコンよりも高いのか?
■第6回 富士フイルムHDの古森元CEOが断行した「事業構造改革」と「第二の創業」とは(本稿)

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■売上高の「中身」に隠された事業構造改革の結果

 それでは、まず下図で富士フイルムHDのP/Lを2002年3月期と2021年3月期で比較してみましょう(2002年3月期当時の社名は富士写真フイルム)。

 2002年3月期と2021年3月期の連結P/Lの間には大きな差は見られません。2002年3月期の売上高は2兆4010億円、売上原価は1兆4010億円(原価率58%)、販管費は8310億円(販管費率35%)、営業利益は1690億円で売上高営業利益率は7%となっています。

 しかしながら、その売り上げを構成している「中身」は大きく異なります。下図によれば、富士フイルムHDの主力事業だった写真フィルムやカメラ事業などを手がけるイメージングソリューション事業の売上高全体に占める割合は、2002年3月期の33%から、2021年3月期には13%に低下しています。その一方で、メディカル関連や化粧品、医薬品、インクジェットなどを手がけるヘルスケア&マテリアルズ ソリューション事業が、同時期に29%から48%へと拡大しています。

 大きく市場が縮小したイメージングソリューション事業への依存度を下げながら、注力事業と位置づけたヘルスケア&マテリアルズソリューション事業の割合を高めてきたというのが、この20年の間に富士フイルムHDが行ってきた事業構造改革の結果です。いまや、ヘルスケア&マテリアルズソリューション事業は1080億円の営業利益を稼ぎ出す主力事業へと成長を遂げています

■M&Aによって無形固定資産が大きく膨らんだ

 続いて、富士フイルムHDの2002年3月期と2021年3月期のB/Sを並べて比較してみましょう(下図)。両者の間における最も大きな違いは、無形固定資産が2002年3月期の2490億円から9330億円へと大きく増加したことにあります。

 このように無形固定資産が増加したのは、過去に行ってきたM&Aが原因です。この無形固定資産の多くは 「のれん」 で占められています(なお、正確には富士フイルムHDのB/Sにおける無形固定資産の多くを占めているのは「営業権」ですが、多くの企業で計上されている「のれん」と本質的には変わりませんので、ここでは「のれん」と呼んでいます)。

■M&Aを積極化しても自己資本比率をキープできている理由

 下の表は、2001年以降に富士フイルムHDが行ってきた主なM&Aをまとめたものです。これを見ると、インクジェット用のインクやヘッド、医薬品、診断装置など、ヘルスケア&マテリアルズソリューション事業に属する会社や事業を数多く買収してきたことがわかります。

 富士フイルムHDの売上高や利益におけるヘルスケア&マテリアルズソリューション事業の割合が上昇してきた背景には、こうした積極的なM&Aがありました。加えて、買収してきた事業と、富士フイルムHDが強みとする技術を組み合わせることができたのも、富士フイルムHDが事業構造改革に成功できた理由のひとつだったのです。

 ところで、富士フイルムHDはここまで積極的なM&Aを行ってきているにもかかわらず、負債への依存度は高まっていません。自己資本比率も2002年3月期に62%だったのに対し、2021年3月期には63%とほぼ変わらない水準を維持しています。この理由は、積極的なM&Aを行いながらも、投資額を営業CF(キャッシュ・フロー)の範囲内に収めてきたことにあります。上図においても、多くの年度でFCF(フリー・キャッシュ・フロー=営業CF+投資CF)がプラスとなっており、外部からの資金調達に頼らずに投資を行ってきたことがわかります。その結果、M&Aにより事業構造を大きく転換しながらも、安定的な資本構成を維持することに成功したのです。

 こうした事業構造改革を断行したのは、2000年に社長に就任した古森重隆氏です。古森氏は、社長就任当初の主力であった写真フィルム事業について「風呂の栓が抜けたように、みるみる写真フィルムの需要が減っていった」(2021年4月1日日本経済新聞朝刊)と述べています。そうした状況の中、「第二の創業」 として自社技術を生かせる医薬品や化粧品などの新規事業に乗り出したのです。もし、こうした経営上の意思決定がなければ、ライバルであった米イーストマン・コダックのように、富士フイルムHDは経営破綻へと追い込まれていたでしょう。

 Point
 この事例のポイント!

 カメラメーカー大手であるニコン富士フイルムHDの決算書を比較してきました。デジタルカメラの市場縮小により苦戦するニコンに対し、富士フイルムHDは古森氏による事業構造改革が功を奏し、ヘルスケア事業などでコロナ禍の中でも利益が出せる会社へと変貌を遂げました。

 まさに「第二の創業」が生き残りのカギを握っていた事例だといえます。

<連載ラインアップ>
第1回 100円ショップのセリアの収益性は、なぜワッツよりも高いのか?
第2回 100円ショップのセリアVS.ワッツ、原価率や販管費率が低いのはどちら?
第3回 アサヒ、キリン、サッポロ、ビール各社の戦略はどこが大きく違うのか?
第4回 恵比寿ガーデンプレイスに見る、サッポロホールディングスの事業の特徴とは?
第5回 富士フイルムHDの利益率は、なぜニコンよりも高いのか?
■第6回 富士フイルムHDの古森元CEOが断行した「事業構造改革」と「第二の創業」とは(本稿)

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