火星や月を走る探査機をメンテナンスすることは、地球ほど容易ではありません。

凸凹の地面を走らなければいけないにも関わらず、パンクしても修理することは難しいのです。

そのためNASAは、50年以上にわたり、探査機用タイヤの開発に目を向けてきました。

現在では「パンクしないタイヤ」の開発に成功しており、その技術は一部の企業にも提供され、市場に投入されるまでになりました。

アメリカ・カリフォルニア州の企業「SMART Tire Company(STC)」は、NASAの研究所「グレン研究センター」の発明者たちと協力することで、NASA技術を使用したエアレスタイヤ「METLタイヤ」を開発することに成功しています。

目次

  • NASAが追い求める「探査機用の車輪技術」
  • NASAの技術を利用した「パンクしない自転車用タイヤ」

NASAが追い求める「探査機用の車輪技術」

二輪の手押し車「Modular Equipment Transporter(MET)」とそのタイヤ
二輪の手押し車「Modular Equipment Transporter(MET)」とそのタイヤ / Credit:NASA_Reinventing the Wheel

長年、NASAの研究者たちは、月や火星を走る探査機のための車輪を探し求めてきました。

例えば、アポロ14号のミッションで用いられた二輪の手押し車Modular Equipment Transporter(MET)」には、窒素を充填したゴムタイヤが採用されました。

またアポロ15号17号のミッションで使用された月面車「Lunar Roving Vehicle(LRV)」では、4つのワイヤーメッシュホイールが採用されていました。

月面車「Lunar Roving Vehicle(LRV)」
月面車「Lunar Roving Vehicle(LRV)」 / Credit:NASA_Reinventing the Wheel

しかし、将来に続く壮大なミッションを実現させるためには、より高性能な車輪の開発が必要です。

そこで2000年代半ば、NASAの研究所「グレン研究センター」のエンジニアたちは、新たな車輪を開発しました。

それは、スチールワイヤーをメッシュ状に織り込んだ「スプリング・タイヤ(Spring Tire)」です。

スプリング・タイヤ
スプリング・タイヤ / Credit:NASA_Reinventing the Wheel

従来のタイヤとは違い空気を含まず、砂地や岩場でも優れた牽引力と耐久性を発揮します。

しかし、このスプリング・タイヤも、実際に火星の地形を再現した実験場を走らせると、その過酷な地形によってスチールワイヤーが変形してしまうという問題を抱えていました。

そこでNASAの研究者たちは、スプリング・タイヤの材料に形状記憶合金である「ニッケルチタン(NiTi)を用いることで、その性能を劇的に進化させました。

形状記憶合金「ニッケルチタン(NiTi)」を用いたスプリング・タイヤ
形状記憶合金「ニッケルチタン(NiTi)」を用いたスプリング・タイヤ / Credit:NASA,STC_The SMART Tire Company

NiTiを用いたスプリング・タイヤは、従来の空気入りタイヤと比べて、同等以上の牽引力を発揮しますが、変形したりパンクしたりしません。

一般に使用されているゴムタイヤは0.3~0.5%のひずみに耐えることができますが、改良されたスプリング・タイヤは最大10%のひずみに耐え、しかも変形後は、すぐに元の形状に戻るのです。

改良されたスプリング・タイヤは試験場でもテストされており、「決してパンクしない」と言えるほど印象的なパフォーマンスを見せました。

今後、このタイヤ技術が導入された探査機が、火星や月で活躍することでしょう。

一方で、こうした「NASAの技術を地球で利用する」取り組みも進んでいます。

NASAの技術を利用した「パンクしない自転車用タイヤ」

アメリカ・カリフォルニア州の企業「SMART Tire Company(STC)」NASAとライセンス契約を結び、グレン研究センターのエンジニアや科学者の支援を受けながら、商業用途でのタイヤ開発を続けています。

そして最近、そのSTC社は、新たに自転車タイヤ「METLタイヤ」を開発しました。

NASAの技術を応用したパンクしないタイヤ「METL」
NASAの技術を応用したパンクしないタイヤ「METL」 / Credit:STC_Designed for Mars. Ready for Earth

これはNASAの技術の応用であり、形状記憶合金NiTiが使用されたエアレスタイヤです。

従来の自転車用タイヤのようにパンクすることはなく、劣化による交換も必要ありません。

STC社によると、「自転車が寿命を迎えるまで、タイヤを交換する必要はない」とのこと。

このMETLタイヤは、世界最大級のテックイベント「CES2023」で優れた製品を表彰する「CES 2023 Innovation Awards」にて、車両技術とエコデザインの2つの部門を受賞しました。

NASAの技術が使用されていることを表現したパフォーマンス
NASAの技術が使用されていることを表現したパフォーマンス / Credit:STC_Designed for Mars. Ready for Earth

またMETLタイヤは、クラウドファンディングサービス「Kickstarter」を通じて、資金を調達しましたが、開始15分で目標金額の2万5000ドル(約370万円)に到達するほど人気でした。

自転車用のMETLタイヤ2本は、500ドル(約7万4000円)の支援で入手可能であり、2024年6月には発送される予定です。

ちなみにSTC社は、「なぜ自転車のタイヤなのか?自動車やトラックではないのか?」という質問に対して、「自転車用タイヤは最初の製品である」ことを強調しています。

まず、素早く実現できる自転車用タイヤに取り組み、その後、自動車やトラックへと展開していく予定なのだとか。

テスト中の自動車用スプリング・タイヤ
テスト中の自動車用スプリング・タイヤ / Credit:NASA_Reinventing the Wheel

もしかしたら、そこまで遠くない将来、NASAの技術を利用したSTC社の「パンクしない自動車用タイヤ」が市場に投入されるかもしれませんね。

宇宙に目を向けて最先端を走るNASAの技術は、今後も、地球に住む私たちの生活をもグレードアップさせていくに違いありません。

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参考文献

NASA invented wheels that never get punctured — and you can now buy them
https://www.zmescience.com/science/news-science/nasa-wheel-no-punctures/

Since 1967, NASA has been developing groundbreaking tire technologies for driving on the Moon, Mars, and now…
https://www.smarttirecompany.com/

Reinventing the Wheel
https://www3.nasa.gov/specials/wheels/

Space-Age Bicycle Wheels Using NASA Technology
https://www.kickstarter.com/projects/smarttirecompany/space-age-bicycle-wheels-using-nasa-technology/description

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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