初めてこのバージョンを観た時に、いままで観ていたものはなんだったんだ、と思ってしまった。それが『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』(公開中)だ。たった89分、メイキングやインタビューなどのバックステージエピソードが一切ないピュアなライブ映像。1985年には日本で劇場公開されてVHSビデオにもなったし、DVDもBlu-rayも発売されていた作品。コンサート映画の名作として知られているものの、いわば手垢がつきまくった作品でもある。何度も観たことがあるはずなのに、現在公開中の4Kレストア版はまるで初見の感動なのだ。実際、トロント国際映画祭でのお披露目の時も、日本でのIMAX披露試写会の時も、身を乗りだしてしまう人が続出した。

【写真を見る】能楽からインスパイアされたビッグスーツを纏い、ヘンテコなダンスで熱唱するデイヴィッド・バーン

■トーキング・ヘッズの神がかったパフォーマンスが実感できるシンプルな演出

そもそも80年代のコンサートは、現在のライブのような設備が存在しない。アリーナ級のコンサートでなくとも当たり前になりつつあるスクリーン同時投影はもちろん、空間オーディオの概念もまだまだ。セット移動も手作業だし、ワイヤレスマイクやイヤモニもない。いまでは小箱のライブハウスのシンプルなステージでも存在するようなものすらなかった。それだけに、パフォーマーの演奏レベルが素人耳でもわかってしまう。これを頭に入れたうえでこの作品を観ると、トーキング・ヘッズのパフォーマンスがどれだけ神がかっているか理解できるはずだ。

たとえば冒頭は、セットを組み立てるスタッフがステージ上を行き来するなか、アコギラジカセを持ったデイヴィッドバーンが登場し、ラジカセカセットテープから流れるビートにあわせて弾き語りプレイで「PSYCHO KILLER」を披露する。シンプルすぎる開幕だ。当時、会場にいた観客と同じように、「なんだ?なにが始まる?」と集中せざるを得ない。その曲が終わるとベーシストティナ・ウェイマスが登場し、ギター&ベースのデュオによる「HEAVEN」がスタート…と、曲ごとにメンバーが増え、それと共にステージにセットと楽器が増え(もちろん黒子的なスタッフが運び込んで)バンドの形に。

■映画館にいることを忘れて踊りだしたくなるグルーヴ感

シンプルな照明の下、能楽の衣装からインスパイアされたビッグスーツを纏い、ヘンテコなダンスで熱唱するバーンはもちろんだが、「LIFE DURING WARTIME」などで自由に見える動きで演奏をするバンドのメンバー。まるでアドリブのように見えるものの、一瞬たりと気を抜かない完璧な振り付けで構成されたステージングであることは、後半に行くにつれてわかるはず。また、バーンが当時、ワールドミュージックのグルーヴに影響を受けていただけに、呆れるほどのドライブ感があるアレンジが施された「LIFE DURING WARTIME」や「ONCE IN A LIFETIME」などは、映画館にいることを忘れて踊りだしたくなるだろう。それゆえに、できる限り音響・映像の優れた劇場での鑑賞をおすすめする。

■40年以上も前の映像とは思えない!ライブを目の前で見ているような感覚に

映像の美しさ、会場となったL.A.のパンテージ・シアターにいるような音響デザイン。それだけではなく、40年以上も前に撮影されたライブとは思えない革新的なステージング、いまあるロック&ポップの源流とも言える楽曲群、それをベストな画角に収めたカメラと編集の妙などなど。どれをとっても最強。過去のコンサート映画や音楽ドキュメンタリーは、まるでタイムカプセルを開けたかのようなノスタルジーを感じるものがほとんどだが、この作品に関しては目の前でいまのロックスターが披露するパフォーマンスを観ている感覚になる。

デイヴィッドバーン、もしくはトーキング・ヘッズを知らない、いまの音楽シーンを好きな若い世代にこそ観てもらいたい貴重なアーカイブといえる。本作の制作背景や4K化の苦労話(版権の複雑な移行や紛失したネガやオーディオトラックの発見エピソードなど)、A24による再リリースの理由に関しては、トロントでのお披露目以降、情報が出尽くしているので、鑑賞前でも後でもチェックしてもらいたい。

文/よしひろまさみち

トーキング・ヘッズが1983年に行った伝説のライブを収めたドキュメンタリー映画が4Kレストアで甦る!/(L-R) Lynn Mabry, David Byrne Credit: By Jordan Cronenweth. Courtesy of A24.