「笑顔を失わない。我が妹ながら尊敬します」と、『80歳。いよいよこれから私の人生』(すばる舎)にエールを送ったのは多良美智子さん。



『80歳。いよいよこれから私の人生』(すばる舎)多良 久美子(著)



87歳、古い団地で愉しむひとりの暮らし』の著者で『Earthおばあちゃんねる』でおなじみのYouTuberです。今回の主役の多良久美子さんは、多良美智子さんの妹さんなのです。


◆苦労を笑顔で乗り越えた先は…
笑顔がなんともチャーミングな久美子さんは、今年81歳。85歳の夫と、障がいを持つ息子との3人暮らし。


55歳になる息子さんは、4歳の時にかかった麻疹が原因で、最重度の知的障がい者になりました。当時は現実を受け入れがたく、苦しい毎日を過ごしたといいます。


しかしじょじょに気持ちを奮い立たせ、家でできる楽しみの達人になりました。料理、インテリア、縫物…、本書には久美子さんの暮らしの工夫がたくさん詰まっているのです。


◆80歳にしてフリーになった



写真:林ひろし(以下、同じ)



80歳を目前に、久美子さんは仕事と『障がい児・者の親の会』から離れました。まだ身体は動き、丈夫ですが、だからこそ「思いきりやりたいことをしたい」と自ら引退したのです。


久美子さんには息子さんと、息子さんの4歳下の娘さんがいました。しかし娘さんは癌に罹患し、46歳という若さで亡くなりました。


「頼れる子や孫のいる『安泰な老後』ではないけれど」と、笑顔で久美子さんは語ります。「先のことを思いわずらわない。今日1日乗り切るのを毎日繰り返して」と。


◆予想外の出来事ばかりの近年
一寸先は闇、というように、私達をとりまくのは予想外の出来事ばかり。特に近年はコロナ、不景気、天災と、明るい夜明けは程遠い状況でした。


それでも続いていくのが人生、泣いても悲しんでも怒りに身を任せても、時間は平等に過ぎていきます。


それなら自ら笑顔になって、暗さを吹き飛ばし、明るさを呼び込んだほうがいい。久美子さんの言葉には、ささやかな光を何倍にも輝かせる力が込められているのです。


◆おうち時間を充実させる



「家の中にこそ豊かな時間がある」と久美子さん。すべてを片づけた夜9時から12時までの3時間をゴールデンタイムと決めて、大好きな「布」で織り物製作に励みます。


テーブルクロスやコースターや洋服など、自分で作ったお気に入りが家にあるだけで、毎日が豊かになるそうです。


暮らしを整えるのは、自分を整えること。心地いい自分は、心地いい暮らしがあってこそ。自分ファーストの時間を少しでも確保すれば、毎日がすべて特別な1日になるのかもしれませんね。


◆今あるもので、どれだけ幸福にできるか
料理ももっぱら時短が基本。一汁一菜を取り入れたありふれた献立も、選び抜かれた器が色を添えてくれます。


15分で用意できる久美子さん流「クイック料理」が並びますが、甘夏でマーマレードを作ったり、味噌を仕込んだり、ここでもおうち時間を満喫しているのです。


私達はつい、幸福は遠くにあると信じてしまいます。背伸びをしたり、上を眺めたりして、足元や手元の幸福になかなか気づけないのです。衣食住という、生きていくのにもっとも大切なことを、できるだけていねいにこなしたい。


今あるもので、どれだけ自分を幸福にできるのでしょうか。そんな思いも、おもてなしの心のひとつに違いありません。


◆健康あってこその人生



病は気から。昔からの言い伝えですが、久美子さん流の格言は「元気は気持ちが先」。誰にも頼れないから、自分がしっかりしなければと元気が出るのだそうです。


そんな久美子さんの健康法は、ずばり「家事」。運動をしない代わりに家事をジムのトレーニングに見立てているのだとか。窓拭き、草取りなど、確かに全身を使ってやる家事ってけっこうありますよね。


食事に関しては、「海の物と山の物、肉と魚を交互に摂る」という風に、バランスよくいただいています。


味噌や納豆やヨーグルトといった、発酵食品は手作り。さらに塩麴、醤油麹、玉ねぎ麹もYouTubeを参考に作りはじめました。ここにもおうち時間の至福がありました。


◆「明日の用事」が前向きな心をはぐくむ



眠りをつく前に、何を考えますか。「今日も1日疲れた」「今日も1日がんばった」という具合に、心の中で今日の反省や感謝をつぶやく人は多いでしょう。


久美子さんは、今日のついでに明日のお願いを付け加えます。「明日は〇〇がしたいので、明日もどうぞ元気にしてください」というふうに。


明日やりたいことが、仕事や家事でなくてもいいのです。誰かのためでなくてもいい。


自分のために「本が読みたい」「カフェに行きたい」「野良猫会いたい」など、些細なことでもいいのです。明日の心身の元気を神様に予約する、そんな心持ちがやがて人生を彩っていく。


本書を読むと、人生はたった今からでも色味を増やすことができる、そう実感します。巻末には姉妹対談のおまけつき。あなたも久美子さんから楽しみの極意をおしえてもらいませんか。


<文/森美樹>


【森美樹】1970年生まれ。少女小説を7冊刊行したのち休筆。2013年、「朝凪」(改題「まばたきがスイッチ」)で第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)を上梓。Twitter:@morimikixxx