転職活動を行うエグゼクティブ層にとって、一次面接での一発内定や高待遇のオファーは、喜んで受け入れたくなるものかもしれません。ところが、入社後に思わぬトラブルに巻き込まれ、後悔するケースが多いのも事実。本稿では株式会社経営者JPの代表取締役・CEOの井上和幸氏が、入社後の「こんなはずでは」を避けるための対策について詳しく解説します。

良縁であるはずの“社長の一存採用”が、一転…

エグゼクティブ層の場合、転職の成功と失敗は自分自身のみならず、家族にまで大きな影響を及ぼします。それだけに多くの人が真剣に活動し転職先企業を選び、意思決定しているはずです。

一昔前よりも事例や情報も増えてきており、転職先情報の確認はしやすくなっています。ところが、一向に減らないどころか逆に増えているように感じるのが、エグゼクティブ層の「こんなはずではなかった」入社後のトラブルです。

「いいね、ぜひ我が社に来ていただきたい」

中堅メーカーで経理財務部長を務めているAさん(52歳)。応募先企業の一次面接で、初回から社長が登場したことに少し驚きましたが、1時間半程に及んだ面接の最後に飛び出した社長の一言に、「え?もう内定? やった!」と舞い上がり、その場で「はい、よろしくお願いします!」と即答しました。

社長一発面接で即内定という、一見すると、ラッキーなスピード決定。もちろん喜んでいいケースも多いでしょう。独立系オーナー企業やベンチャー企業では初回から社長が面接に出てくるケースは珍しくありません。

社長が求める幹部人材像が明確であり、それに照らし合わせて候補者が適していると判断すれば、オーナー自身が即決する。勢いのある、成長力の高いオーナー系企業ならではのスタイルです。

しかし、良縁であるはずの「社長の一存採用」が、入社後に禍根を残すケースも。実際に入社してみると、幹部や部下たちからつまはじき状態。「何で入社してきたんですか」「我々は聞いていない」「あなたのポジションには、本来、プロパーの●●さんが就任するはずだった」――。

オーナートップであるがゆえの悪いケースが、この「社長以外の幹部・社員たちが、新メンバーについて聞いていない」「自分たちに知らされず、社長が勝手に連れてきた」という採用パターンです。

こうした事態に巻き込まれないためには、社長一発内定という事象に遭遇しても焦らず、「ぜひ、一緒に働くことになる同僚幹部の方と、1~2名でよいのでお会いできますか」とお願いしてみるか、社長の話のなかから社長と社員たちの平素のコミュニケーション、カルチャーを推察することが重要です。エージェントから紹介案件であれば、担当エージェントにしっかりと確認をするといったアクションを挟むようにしましょう。

もちろん、上記について事前に把握できていたり、エージェントからきちんと説明されていたりするなら問題ありません。その場で快諾し、社長と固い握手を交わしてください。

ちなみに、これとは逆に、入社してみたら、社長のほうが「俺、聞いてないよ」というケースも存在します。

大手企業であれば、ミドル、シニア層までは社長が採用に関与しないケースもありえますが、中堅中小・ベンチャーであれば、まずありえません。この規模・ステージの企業への転職で、役員や人事のみの面接で採用された際は、自身の採用についての社長への報告や共有のされ方などについて、面接者やエージェントにしつこいぐらい聞いておくのがベターです。

できれば「短い時間で構いませんので、社長にお会いできませんでしょうか」と遠慮せずにお願いしてみることも大事です。

「特別待遇年収」提示の落とし穴

「Bさんにはぜひご入社いただきたいので、今回、特別に●●万円の年収を提示させていただきます」

中堅中小やベンチャー企業への転職で、前職の条件に合わせるなど、受け入れ先企業が努力してくれるケースもままあります。その分、その会社の本来の給与テーブルや規定からは外れたオファーになる場合も少なくありません。

特別待遇の年収提示。非常にありがたい話ではあるものの、こうしたオファーを受けて入社する際にも、気をつけるべきことがあります。

不思議なもので、ほかの社員平均よりも高給で入社すればするほど、とくに上記のような特別待遇を受けての入社であればあるほど、なぜか「あの人、年収▲▲万円らしいよ」の噂が出回るものです。

加えて、「前職ではパワハラ上司だったらしい」「かつて、どこどこで問題を起こしたことがあるって」など、経歴についても無用な噂やあらぬ風評が立ったりします。

そこまでひどいことは少ないにしても、いずれにしても周囲が「それだけ高年収なのだから、お手並み拝見」といったモードになっている環境に飛び込んでいくことになる可能性は少なくありません。

厚遇そのものが悪いわけではありませんが、既存社員とあまりにかけ離れた提示を受けての入社は、あまりお互いのためにはならないケースが多いのも事実です。

ここは冷静に入社前の最終判断をしたいところです。

その特別オファーを受けても、入社後、十分にそれ以上の成果貢献ができることが確認できている(入社先にない重要な機能やノウハウをあなたが持っており、それを持ち込むことで事業が大きく伸びることが明確である)ケースや、「お手並み拝見」という社員たちからの疑い半分の視線を、粘り強くひっくり返していく関係構築への情熱と自信がある場合は、会社からの特別待遇をしっかり受け止め、それに値する働きで新天地に恩返しをすればいいでしょう。

しかし、そうしたノウハウや情熱がなく、ただ前職給与水準との兼ね合いで特例待遇給を受け入れて入社していくなら、入社後のタフな職場環境をしっかり覚悟しなければなりません。

その覚悟が持てないようなら、本件についてはお互いの相場が合わなかったと思って辞退を検討してみるといいでしょう。

実はもう1つ、自身が入社先の企業の給与テーブルに合わせるという選択肢もありますが(そしてこれが本来、中長期的観点で会社と良好な関係性を築くにはもっとも望ましい選択肢ですが)、いうまでもなく、年収ダウンを受け入れるのは容易ではありません。

人柄にほれて入社のはずが…社長の“裏人格”の落とし穴

「面接時はあんなに良い人だったのに、いや、参りました」

筆者は先日、サービス系中堅会社の執行役員として転職したCさん(48歳)からこんなため息交じりの相談を受けました。

「面接ではパワーポイントを使っての経営戦略説明までしてくれて、ビジョンも明確。戦略的に事業を推進していくトップに共鳴したので入社しました。それが、いざ入社してみると、24時間365日、夜中や週末でも社長自身のタイミングで電話がかかってきて、『あれはどうなっている?』『あの商談はまだ決まらないのか?』『今月、絶対にあと●●万円受注を上乗せしろ』など、細かい確認や無理な指示が出続けるんです。なんとか1年は付き合ってきましたが、さすがにこれ以上はメンタルが持ちません」

実はオーナー系・ベンチャー系を中心にもっとも多く起きている「こんなはずじゃなかった」パターンが、入社してみたらパワハラ社長、パワハラ担当役員だったというケースです。

多くの優秀な社長、とくにオーナー系社長や創業社長というものは、表の姿と裏の姿がほとんど変わらないものです。しかし実際にCさんが遭遇したケースのように、顧客やメディアといった外部関係者への態度と社員への態度がまったく異なる、外面はとても良いのに、内部では暴君のような人もいます。

エグゼクティブ層は社長や役員の直下もしくは非常に近い立場で働きますから、転職先の社長や役員のキャラクターは極めて重要です。転職活動時もこの点を重視して、話を聞いている人も多いでしょう。それでも、このような社長に当たってしまって入社後に大変な思いをする例は少なくありません。

未然の防止策としては、直接の印象以外に社員からの情報を複数得ることです。

前任者が退職し、補充者を採用する際は、可能な限り前任者の退職理由なども入手して確認してみることをおすすめします。

確実性が高い確認の方法は、その社長や役員を知る外部の複数人に人物の印象を聞いてみることです。ネガティブな印象でなくても、聞く人によって人物評が異なっていることが多い場合は要注意です。

裏表のない人については社内外の誰もが基本的に同じ印象を抱くものですが、「外では善人、中では暴君」のような人は、場によってキャラクターを使い分けていることが多いようです。

さて、応募先企業の社長のレビューはいかがでしょうか。

エグゼクティブ転職の「入社してみて、こんなはずではなかった」は、職務内容そのものの食い違いよりも、トップとの相性、会社の意思決定スタイル、会社のカルチャーなどに起因するケースが大半です。

ハードの条件面だけでなく、レポートラインや管轄する部署のメンバー、同僚幹部なども含めての相性チェックを入念に行うよう努めましょう。お互い気持ち良く働くためにも、ぜひ心がけてほしいチェックポイントです。

(写真はイメージです/PIXTA)