「定年退職すれば退職金が支給される」というのは、当たり前ではない時代になりました。なかには退職金がない企業もあります。一方で、退職金がある企業に勤めてきたサラリーマンは、心待ちにしている人も多いでしょう。しかし、安心してはいけません。受け取りのタイミングを誤ると、思わぬ落とし穴が……。本記事では、Dさんの事例とともに、退職金受け取り時の注意点についてFPの牧元拓也氏が解説します。

計算バッチリ!退職金で軽井沢の別荘購入を計画も…

某上場企業の部長職であるDさんは現在60歳。もうすぐ定年で退職金を受け取る予定です。60歳以降も再雇用で働き、65歳まで働こうと考えています。

Dさんには退職金を使って軽井沢に別荘を買いたいという夢があります。軽井沢は長年連れ添った妻との思い出の地なのです。

別荘購入のため、会社の企業型確定拠出年金制度(DC年金制度)も活用して着実に準備をしていました。会社からの退職金は約2,500万円で、DC年金の約500万円と合わせると3,000万円になります。生活費には老齢年金もあり、貯金は多くはありませんが生活には困らないでしょう。夫婦2人で泊まる小さな別荘なら、資金はまったく心配ないと考えていました。

以前に先輩のFさんから、「退職金やDCは退職所得控除が使えるよ」という話を聞いたDさん。勤続年数に応じて所得税や住民税が軽減されることを知り、実際に計算をしてみました。

【退職所得控除】

勤続年数20年以下の場合 :40万円×勤続年数(最低80万円) 勤続年数20年超の場合    :70万円×(勤続年数-20年)+800万円

【退職所得の金額】

(収入金額-退職所得控除額)×1/2=退職所得の金額

税金の計算

所得税

■住民税

均等割は、市町村民税と特別区民税は3,500円、道府県民税と都民税は1,500円で、計5,000円。所得割の税率は一律10%(道府県民税と都民税は6%、道府県民税と都民税4%)です。

復興特別所得税(2.1%)がかかりますが、今回は加味せずに計算しています。

Dさんの状況

東京都在住、60歳時点で勤続年数は38年。退職金は2,500万円、企業型確定拠出年金は40歳から1万円ずつ拠出し約500万円を受け取ることができます。

3,000万円を一括で受け取った場合 退職所得控除:2,060万円 退職所得  :470万円 所得税   :51万2,500円 住民税   :47万5,000円 税引き後受取額 2,901万2,500円

「100万円くらい税金で持っていかれるのか。でも65歳からは老齢年金もあるし、税金を考慮してもこんなに受け取れるならまとめて早く受け取って、全額別荘の購入に充てよう」と、完璧な計画を描きながら退職金と確定拠出年金の受け取り手続きを行いました。

手続きひとつで思わぬ落とし穴が…

退職金支給を心待ちにしていたあるとき、新卒のころから一緒に働き続けた同期のGと久しぶりに飲みにでかけ、退職金の使い道について話があがりました。そのとき、Dさんはショックな事実を知ることになりました。

同期G「退職金の受け取りって順番を考えるのが大切だよね」

「え、なにそれ?」Dさんは一気に酔いがさめました。

同期Gにいわれ、詳しく調べてみると、一括で退職金を受け取る際には3つのパターンがあることがわかりました。

(1)退職金と確定拠出年金を一緒に受け取る

この場合が先ほど計算したもの。勤続年数か確定拠出年金の拠出年数の、どちらか長いほうを使って計算します。Dさんの場合は勤続年数のほうが長いので上記のような計算になります。

(2)退職金を先に受け取り、確定拠出年金をあとで受け取る

退職金で退職所得控除を利用すると、年間は年数に応じた控除の適用が受けられず、80万円の控除が適用されます。

(3)確定拠出年金受け取り、会社の退職金をあとで受け取る

5年以内に再び受け取る場合は、勤続年数の重複期間を除いて退職所得控除額が計算されます。確定拠出年金で退職所得控除を利用後に5年以上期間をあけると退職金でも勤続年数に応じた退職所得控除が利用できます。

Dさんは(2)・(3)を自分に当てはめて恐る恐る計算してみました。

(1)

60歳で3000万円受け取り 退職所得控除:2,060万円 退職所得  :470万円 所得税   :51万2,500円 住民税   :47万5,000円 税引き後受取額 2,901万2,500円

(2)

60歳で退職金を受け取り 退職所得控除 :2,060万円 退職所得   :220万円 所得税    :12万2,500円 住民税    :22万5,000円 税引き後受取額 2,932万5,000円

61歳以降に確定拠出年金を受け取り 退職所得控除 :80万円 退職所得   :210万円 所得税    :11万2,500円 住民税    :21万5,000円 税引き後受取額 2,932万5,000円

(3)

65歳以降で退職金を受け取り 退職所得控除 :2,060万円 退職所得   :220万円 所得税    :12万2,500円 住民税    :22万5,000円 税引き後受取額 2,965万2,500円

60歳で確定拠出年を受け取り 退職所得控除 :800万円 退職所得   :0万円 所得税    :0円 住民税    :0円 税引き後受取額 2,965万2,500円​

このなかで、Dさんは(1)のパターンで計算していました。しかし、同期のGから教えられ、(2)・(3)を自分に当てはめて計算してみると、受け取りの差額は(1)と(2)で31万2,500円、(1)と(3)で64万円になりました。

「後悔しています。受け取り時期をずらすだけでこんなに違うなんて。もっと調べておけばよかった」

Dさんの別荘の別荘計画は実行できるかもしれませんが、受け取り方を工夫することで、もっと使えるお金に余裕を持たせることができたかもしれません。

最新の制度を確認しよう

会社からの退職金については、会社の個々の規定等で受け取り時期について制限がある可能性があるため、前述の(1)・(2)のどちらかのパターンになる人が多いと思われます。

また、2022年4月に確定拠出年金の一時金受取期間が5年延長され、60歳~75歳までとなりました。さらに、これに伴い、確定拠出年金を一時金で受け取る以前「19年以内」に退職金を受け取っていた場合、雇用期間と確定拠出年金の加入期間の重複部分は退職所得控除額が減額されるようになったのです。

つまり、定年60歳で退職金を受け取り、運用期限である75歳で確定拠出年金の一時金を受け取るような通常考え得るケースでも、退職所得控除は満額適用されません。

定年後は再雇用で給与の減少、退職後は年金生活となるため、なるべく税金を抑えて受け取り金額を大きくしたいところです。 受け取りのタイミングを少し工夫するだけで、受取金額に差が出ます。

確定拠出年金は受け取り時期を遅らせると、拠出した資産は受け取りまでのあいだ運用されるので、使う理由がなければまとめて受け取らずに、遅らせることもひとつの手です。

しかしなるべく資産を増やすために75歳まで遅らせても、何歳まで生きるか、何歳まで元気でいられるかは誰にもわからないため、使い切れずに亡くなってしまう可能性もあります。

そのため、無理に遅らせずにあらかじめ老後のライフプランを組んで受け取り時期を設定しておいたほうがいいでしょう。

老後の資金計画に不安が残る人も多くいるのではないでしょうか。 Dさんのように受け取ったあとで後悔することにならないように、事前に確認しておくことが必要です。 退職金制度を理解したうえで、老後のお金について対策する必要があるのか、考えてみましょう。

関係する法令・制度をすべて理解するのは難しいですが、専門家や書籍などで最低限の知識をつけることは、長い老後を安心して暮らすために必要ではないでしょうか。

牧元 拓也

ファイナンシャルプランナー

株式会社日本金融教育センター

(※写真はイメージです/PIXTA)