毎月150冊出る新書からハズレを引かないための 今月読む新書ガイド
(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2008年)

■01『ナチスと映画』飯田道子・著/中公新書

■02『オバマのアメリカ 大統領選挙と超大国のゆくえ』渡辺将人・著/幻冬舎新書

■03『アメリカ人弁護士が見た裁判員制度』コリン P. A. ジョーンズ・著/平凡社新書

■04『世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか』吉田貴文・著/講談社+α新書

■05『情報革命バブルの崩壊』山本一郎・著/文春新書

■06『朝鮮総連 その虚像と実像』朴斗鎮・著/中公新書ラクレ

■07『先生と生徒の恋愛問題』宮淑子・著/新潮新書

■08『破戒と男色の仏教史』松尾剛次・著/平凡社新書

■09『落語家はなぜ噺を忘れないのか』柳家花緑・著/角川SSC新書

■10『心の脳科学 「わたし」は脳から生まれる』坂井克之・著/中公新書

今回(11月発売分)の新刊は152冊。ソニーマガジンズからビジネス系の「トレビズ新書」がこっそり創刊しました。創刊ラインナップは1冊だけ。

①大変な労作です。ナチスが当時まだ新しいメディアだった映画をプロパガンダに利用したことはよく知られています。いわばナチス自身によるナチスのイメージ操作ですが、他方、事後多数つくられた映画によってもナチスのイメージはさまざまに塗り替えられてきました。映画に描かれたイメージを集約することは、ナチスの実像に迫ることのように思われるものの、メディアが表象してきた「事実」以外に「実像」などないのです。ナチス映画のフィルモグラフィーとしても逸品。

ナチスと映画―ヒトラーとナチスはどう描かれてきたか
ナチスと映画―ヒトラーナチスはどう描かれてきたか』(中央公論新社)著者:飯田 道子

オバマ大統領選で勝利を収めるにいたった背景を、メディア戦略の変化、ネットの台頭、地域政治、オバマのアイデンティティなどから多角的に読み解いた出色の一冊です。日本人がこういうものを書くと海とメディア越しの隔靴掻痒なシロモノになりがちですが、01年の大統領選でゴア陣営に従事した経験にもとづく著者のアメリカ地域社会に対する深い理解によって、前著『見えないアメリカ』講談社現代新書)同様、翻訳物とはひと味違う得難いアメリカ社会批評に仕上がっています。

オバマのアメリカ―大統領選挙と超大国のゆくえ
オバマのアメリカ―大統領選挙と超大国のゆくえ』(幻冬舎)著者:渡辺 将人

③いよいよ眼前に迫ってきた裁判員制度。アメリカの陪審員制度とよく比較されますが、両者が本質的に異なった制度であることを、アメリカ人弁護士にして日本の大学で法学を教える著者がコンコンと指摘した一冊。最大の違いは「誰のための制度か」。裁判員制度は裁判官のための制度である――著者はそう結論します。

アメリカ人弁護士が見た裁判員制度
『アメリカ人弁護士が見た裁判員制度』(平凡社)著者:コリン・P. A. ジョーンズ

④著者は朝日新聞社で実際に世論調査に従事している人物。地味でやや薄味ながら、世論調査へのリテラシーを養うには手頃な一冊です。世論調査から見た歴代内閣のスナップとしても楽しめます。

世論調査と政治――数字はどこまで信用できるのか
世論調査と政治――数字はどこまで信用できるのか』(講談社)著者:吉田 貴文

⑤「ウェブ2・0は終わった」的な本ではなく――まあ、それも論の一部としてはあるのですが――、「無料文化」が前提の「貧民の楽園」となったネットの終焉を予言し、インフラに対する適正な投資や、情報ダンピングの是正の要を説いた情報産業論です。ブロガーとしても超有名な著者一流の文章ですらすら読めてしまいますが、かなりハイレベルな黙示録。

情報革命バブルの崩壊
『情報革命バブルの崩壊』(文藝春秋)著者:山本 一郎

朝鮮総連に深く切り込んだ、今後貴重な一級資料となりそうな一冊です。著者は同組織の元活動家で、理想と現実のあまりの乖離ぶりに呆れ離脱した人物。多少バイアスは感じられるものの、教育、カネの流れ、工作活動の実態などが、ここまで赤裸々に書かれる時代になったんですねえ。

朝鮮総連―その虚像と実像
朝鮮総連―その虚像と実像』(中央公論新社)著者:朴 斗鎮

⑦扇情的な題材ながら硬派なルポルタージュです。いまどきは、先生が生徒とセックスしたらただちに「わいせつ行為」で懲戒免職処分になってしまうのですね。当事者たちへの取材から「先生と生徒の恋愛」に切り込んでいきます。

先生と生徒の恋愛問題
『先生と生徒の恋愛問題』(新潮社)著者:宮淑子

⑧「戒律」に対する意識の移ろいから読み直す異色の日本仏教史です。なかでも重要な論点として詳述されるのが「男色」。かなり蔓延していたそうで、鎌倉時代の偉い僧侶・宗性など、100人以上の男と交わるのはよろしくないのでそろそろやめる、という誓文を書いていたほどだったとか。

破戒と男色の仏教史
『破戒と男色の仏教史』(平凡社)著者:松尾 剛次

⑨タイトルはある意味で「釣」で、読んでも謎は解けません。が、騙された!という気分にはならないでしょう。落語家が、噺をどのように学び、自分のネタとし、さらには新しい息吹をいかに吹き込んでいくかといった「手の内」を開陳した、ありそうでない一冊。

落語家はなぜ噺を忘れないのか
落語家はなぜ噺を忘れないのか』(角川SSコミュニケーションズ)著者:柳家 花緑

⑩意識と脳をめぐる「心脳問題」にパラダイムシフトを予感させる内容です。脳画像研究という、脳の地図をもとに解析された知覚や知性、記憶などについての知見を報告する書なのですが、そこから導かれる〈「わたし」とは何か〉に対する仮説は、われわれの認識をガラッと塗り替えそうなポテンシャルを秘めています。第一章と終章から読むのがベター。

心の脳科学―「わたし」は脳から生まれる
『心の脳科学―「わたし」は脳から生まれる』(中央公論新社)著者:坂井 克之


【書き手】
栗原 裕一郎
評論家。1965年神奈川県生まれ。東京大学理科1類除籍。文芸、音楽、経済学などの領域で評論活動を行っている。著書に『〈盗作〉の文学史』(新曜社。 第62回日本推理作家協会賞)。共著に『石原慎太郎読んでみた』(中公文庫)、 『本当の経済の話をしよう』(ちくま新書)、 『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、 『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(文春文庫)、『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)などがある。

【初出メディア】
Invitation(終刊) 2009年2月号
ナチス製作の映画と戦後映画が描く、ナチスのイメージ変容