親の年金額や貯蓄額を知っている人はどれくらいいるでしょうか? ある程度はわかるということもあるかもしれませんが、親が元気なうちに、気になった際には後回しにせずに聞いておきたいものです。本記事では、Aさん夫婦の事例とともに、親の介護費用について、FP dream代表FPの藤原洋子氏が解説します。

介護施設にお世話になるとどのくらいお金がかかる?

Aさん(55歳)は、電機メーカーの部長として忙しい毎日を送っています。年収は1,500万円、退職金は3,000万円ほど受け取れる見込みです。Aさんは首都圏在住で、家族は妻(50歳)と長女(25歳)、長男(23歳)、保護猫を知り合いからもらってかわいがっています。

10年前に、交通の便がよく生活しやすい土地を選んで、一戸建てを購入しました。住宅ローンは70歳までなので、退職金の一部を使って60歳で完済しようと計画しています。子ども達は独立し、現在は年収100万円ほどのパート勤務の妻とペットの猫と暮らしています。

ある日、Aさんは妻と2人で筆者のもとへ訪れました。

「介護施設にはどのような種類があるのでしょう? 入所するとどのくらいの費用がかかるのでしょうか?」そう尋ねられ、以下のことについて概要を説明しました。費用は施設ごと、介護度や利用するサービスなどによっても異なります。

公的な介護保険施設

公的な介護保険施設は、以下の4種類です。

・特別養護老人ホーム  多くは終身にわたり入居できる施設です。 ・介護老人保健施設  自宅に戻って生活できることを目的とした施設です。 ・介護医療院  長期の療養が必要な要介護者が入所し、介護サービスや医療的ケアなどを目的とした施設です。 ・介護療養型医療施設  2024年3月末に廃止されることが決まっています。

民間の介護施設

民間の介護施設には、5種類あります。

・有料老人ホーム  介護度別の料金を支払い、介護サービスを受けながら生活できる施設です。 ・グループホーム  認知症と診断された方が、専門的なケアを受けながら共同生活をする施設です。 ・サービス付き高齢者向け住宅  バリアフリーなど一定設備のある賃貸住宅です。安否確認と生活相談サービスが受けられます。 ・ケアハウス  60歳以上の高齢者が低料金で介護サービスを受けられる施設です。 ・シニア向け分譲マンション  高齢者を対象とした分譲マンションです。介護サービスは含まれていません。

公的施設は民間の施設と比べると費用を抑えることができますが、人気があり、入居までに時間がかかることがあります。

親の貯蓄額と年金額

筆者は、Aさん夫婦がご自分の老後のために事前に把握しておこうと相談にやってきたのかと思いましたが、どうやら違うようです。実はAさん両親の介護について心配をしての相談でした。「覚悟を決めるしかなく……今後のためにここへ来ました」Aさんはいいます。詳しく話を聞いていくと……。

Aさんの父親(79歳)は、地方の街で一戸建てに住んでいます。親から相続した家と土地を守り、母親(77歳)と2人で、穏やかに暮らしています。

Aさんの父親は会社員でしたが、身体的に丈夫な方ではなく、そのために何度か転職をしていました。50代で会社を退職したあとは、好きな書道を勉強して師範の資格を取得し、近所の人たちに教えています。

Aさんの両親が暮らしている場所は、県の中心地からは離れ、最寄りの駅からバスで20分ほどと、どちらかといえば田畑の多い地域です。自宅の家庭菜園で野菜などを栽培しています。

穏やかな暮らしぶりを聞くと、決して経済的に困っているようには感じられないのですが、昨年の夏に帰省した際、Aさんは思い切って、親の貯蓄額や収入について聞いてみることにしたそうです。

「元気なうちはいいのですが、父は身体も弱いですし、気がかりです。それに近ごろ、両親に会うたび、少しずつ老いを感じています……。見た目だけでなく言動や動きなどからも。なかなか切り出せないでいたのですが」

というのも、Aさんの父親は、「老後のことはAに任せておけば安心だ」ということを以前何度か口にしていたのです。Aさんには兄弟はいません。あと数年で定年を迎えますが、自分たちの老後のことを考えると、できれば生活しやすく仕事も選べる現在の住所地で暮らしたいと考えています。

Aさんの両親が経験したように、同居して親の世話をすることは難しい状況です。また、Aさんの実家へは、飛行機を利用して片道5時間ほどかかります。頻繁に行き来できる距離ではありません。そういった現実を踏まえて話をしなければなりません。体調が悪くなってからでは、なおさら難しいと思われました。

老後に必要なお金の準備

Aさんは両親に貯蓄額と年金額をさりげなく聞いてみたそうです。

すると父はあっけらかんと「貯金は100万円、年金額は2人で15万円」と答えました。「う、うそでしょ……?」Aさんは愕然としました。「100万円でなにかあったときどうするつもりなんだ……」Aさんは心の中でぼやきました。

生活費は上手くやりくりをして賄っているそうですが、このところ医療費が増えているようです。自宅の老朽化に伴うリフォーム費用や介護にかかる費用などは準備できていません。

書道の先生としての収入はありますが、勉強のため、書籍の購入費、教室までの交通費、所属団体への年会費や展覧会への出品費、墨や紙の費用などが必要です。1本数万円の筆を使ったり、気に入った書道家の作品を購入することもあります。父親が生きがいのある日々を送っていることは嬉しいことですが、収入として期待できそうにはありませんでした。

「覚悟を決めるしかない。自分が費用面で援助する必要があるんだ」Aさんは確信しました。

いまさらながらの後悔

お話を伺うと、Aさんは証券投資に興味を持ち、10年ほど前から株式や投資信託を購入し運用しているそうです。同僚のひとりが証券投資に詳しく、自分も将来のためにと思い勉強を始めました。運用益を得られ、経済の勉強にもなるので、始めてよかったと思っているそうです。

一方、Aさんの両親は、投資に興味はありません。

Aさんは、「自分は、同僚の話がきっかけになったけど、きっかけのなかった両親が、投資に興味を持たなかったのは仕方がないことだと思います。僕が折に触れて投資について話をしていたら、少しずつ興味を持って始める気になってくれていたら……そう思うと後悔が残ります」と言います。

Aさんは、なかなか切り出せないと思いながらも、両親と話ができたので、準備をする時間があります。どんなに前もって知ろうとしても、実際にことが起きてからでないとわからないこともあるかもしれません。可能な範囲で、今後の具体的な話などを少しずつ相談していくとよいでしょう。

新NISAが始まり、長期的な視点での投資が注目を集めています。なかなか一歩を踏み出せない方もいるかもしれません。信頼できそうな書籍を購入してみて、親や兄弟、家族と一緒に勉強を始めるなどもよい方法ではないでしょうか。

<参考>

厚生労働省 令和4年介護サービス施設・事業所調査の概況 結果の概要

LIFULL介護 老人ホーム種類一覧|主な9施設の費用や違い、おすすめ診断

藤原 洋子

FP dream

代表FP

(※写真はイメージです/PIXTA)