近年、よく見聞きする「老後破産」「老後貧困」という言葉。もし「自分には関係ない」と考えている人がいるのであれば、非常に危険です。人生100年時代のいま、たとえ現役時代に高所得であっても、老後破産のリスクはすぐそばに潜んでいます。今回、FP Officeの加藤勇FPが、事例をもとに「高所得者が老後破産危機に陥るパターン」を紹介。加藤FPの助言とあわせてみていきましょう。

エリート銀行員、役職定年直前に「まさかの都落ち」

今回の相談者は、いわゆる独身貴族の元エリート銀行員A氏です。

彼は銀行内での出世レースを勝ち抜き、40代前半にて小型店舗の支店長に、50歳時点では中型店舗の支店長へ、そして54歳時点で年収は1,400万円に到達。高額な年収と独身という悠々自適な生活から、普段から繁華街を飲み歩き、また休日はゴルフ三昧と、華美な生活を謳歌していました。

さらに、銀行の福利厚生は非常に手厚く、駅近くの好立地な社宅に格安で住めるため、派手な生活をしていながらも預金は1,000万円ほど貯まっていたそうです。

しかし、そんなA氏に転機が訪れます。それは、出世街道からの離脱です。

A氏が懇意にしていた人事担当役員が、役員内の派閥争いに敗れて退任。次の役員候補といわれていたA氏は一転、人事担当役員の退任から数ヵ月後、55歳の役職定年を待たずして、関連会社へ「出向」の辞令が下されたのでした。

出向先では部長待遇扱いのポジションを与えられていましたが、やはり「出向」のため、給与は大幅ダウン。にもかかわらず、関連会社での業務になじめず、ストレスもかかっていたことから、ストレス発散を名目とした散財に拍車がかかってしまいます。

独身でフットワークの軽かったA氏は後輩・部下から慕われており、またA氏自身、周りに対する見栄もあって、節約できなかったということでした。さらには年の近い出向組で集まっては「昔はよかった」と過去の栄光にすがる不毛な飲み会を繰り返していたそうです。

結局、銀行員時代の浪費癖は治らず、出向してからは貯蓄を切り崩すこともありながら、60歳で関連会社を退職しました。

独身でやることも無いA氏は、収入源の確保と社会との関わりを維持すべく、ハローワークにて職探しをすることに。元銀行員で支店長も経験していたA氏は、なんなく再就職が決まりました。しかし、ハローワークで就職が決まったとしても、過去の栄光が邪魔をしてしまいます。A氏の元銀行員時代のプライドが表にでてしまうのです。周囲からは煙たがられ、転退職を繰り返してしまいます。

収入は年々減っているにもかかわらず、時間のゆとりが増えたことにより、A氏の派手な生活スタイルに大きな変化はありませんでした。本来であれば生活水準を引き下げざるをえない状況ですが、幸か不幸か、この高水準な生活スタイルを維持させてしまったのが「約1,500万円の退職金」でした。

気づけば預金は「100万円以下」に…“夢から醒めた”A氏は

収支のバランスが取れていないA氏の退職金は、一気に枯渇していきます。

そして、64歳の年金受給前、つい退職金がゼロに。現預金にはすでに500万円しか残っていませんでした。これまで現実から目を背けていたA氏でしたが、この状況はさすがにマズイと感じたそうです。

まずは節約をはじめてみたものの、どうにも続かずストレスがたまる。どうすればいいかわからないと嘆く間に、預金残高はみるみる減っていく……こんな状況でも、派手なイメージを保ってきたA氏は知り合いに相談することができなかったそうです。結局、第三者の目線から冷静な判断と助言が欲しいと考え、筆者のところへ相談に訪れたということでした。

A氏からここまでの経緯を聞いた筆者は、A氏の家計改善に向け、まずは「さまざまなことを記録づけしてください」と伝えました。

日々のお金の出入りのみならず、生活状況や、あるいは飲酒量やゴルフの結果にいたるまでです。

A氏は「金銭の収支だけなら記録する意味はあると理解できるが、生活の状況や飲酒量になんの意味があるんだ? まじめに考えてくれているのか?」と、当初は筆者の依頼に懐疑的でした。しかし、まずは実践してくださいとお願いし、記録づけを続けてもらいました。

すると、この記録づけによって、さまざまなことが見えてきたのです。

Aさんの生活状況を把握することで、どこに無駄遣いをする隙があるのかが分かりました。また、飲酒量を確認したことにより、いつストレスがかかっており、お酒にお金をかけてしまうのかなども分かりました。ゴルフの結果はスコアに目を向けるのではなく、どの頻度でゴルフを楽しんでいるのかを把握するのが狙いでした。

家計改善というと、一見、家計簿のイメージがありますが、A氏においては生活スタイルそのものの見直しが必要と筆者は考えました。

その狙いどおり、A氏は自身の生活スタイルを客観的に認識することで、改めて自身の浪費癖を認識。具体的な節約目標をたてながら、生活水準や浪費癖を改善させることに成功しました。

「現役時代は高収入だった→老後破産」のパターンは意外に多い

実は、A氏に限らず、これまで筆者のもとを訪れてくれた相談者を思い返しても、A氏のような「現役時代に稼いでいた元・高所得者の老後破産危機」は意外と多い気がします。

やはり、前もって生活水準の見直しがなければ、退職金の無計画な利用や、現役生活と老後年金との収入落差から、一気に老後破産に向かう人は多いという印象です。

「老後は生活水準を落とせば大丈夫」と考えていても、いまできないことが将来突然できるとは思えません。そこで生活スタイルを見直すにあたり、多角的な面からアプローチしていくことが大切なのです。

家賃節約のため現在は実家に住んでいるというA氏から近況報告があり、「いまの贅沢は『カップ酒おでんの出汁割り』だな。これが美味いんだ。いざお金を使わなくなると、それはそれで新しい楽しみがみつかるもんだね。この生活なら、年金生活でもなんとかなりそうだ」と、嬉しそうに話してくれました。

加藤 勇

FP Office株式会社

ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)