「晩産化」が進む日本では、定年間近になっても住宅ローンや教育費が重くのしかかり、家計が火の車……という家庭も少なくありません。中堅電機メーカーの開発部長だった野口さん(仮名)も、そんな家庭のひとり。退職金で住宅ローンを完済したところ、貯蓄がゼロになってしまいました。野口さんに挽回策はあるのでしょうか?ファイナンシャルプランナーである長尾義弘氏が解説します。

退職金で住宅ローン完済後、貯蓄ゼロに…老後はどうなる?

<ケーススタディ

野口さん(仮名)は、中堅電機メーカーの開発部長でした。妻の晶子さんと子ども2人の4人家族でした。

野口さんの50代は、住宅ローンと子どもの教育費が重くのしかかっていました。毎月50万円の給与があっても、家計は火の車。ボーナスで赤字のぶんをまかない、なんとかしのいでいくことの繰り返しで、とても老後資金を貯める余裕はありませんでした。

59歳のときにやっと子どもたちが大学を卒業し、60歳で退職を迎えました。中途入社だった野口さんの退職金は800万円です。住宅ローンが750万円残っていたため、退職金で全額を返済。定年退職のお祝いにと、残りの退職金を使って温泉旅行に行きました。

会社員の約8割は「再雇用」を選択…まずは70歳まで働いて貯蓄を増やす

貯蓄がゼロの場合、まずは働いてください。生活している限り、必ず支出が発生します。収入がなくては、明日から食べていくのにも困ってしまいます。多額の遺産が降って湧くなんて幸運は、ドラマや漫画の世界だけの話です。

「一発逆転の秘策を期待したのに、働けとは……」などと、ぼやかないこと。定年後も働くという選択肢が、もっとも現実的かつ有効です。

会社員の約8割は再雇用で働いています。2021年4月に高齢者雇用安定法が改正され、70歳まで就業機会を確保することが努力義務化されています。65歳以降も仕事を続けやすい環境になっているかもしれません。

さて、野口さんは、再雇用で65歳まで働くことにしました。野口さんの月収は30万円。晶子さんも仕事を続け、月収は15万円です。

60歳~65歳までのプランニング

夫婦の月額支出 約33万円(年400万円)

野口さんの月収 30万円(年360万円)

晶子さんの月収 15万円(年180万円)

夫婦の収入合計 45万円(年540万円)

月に12万円の貯蓄が可能になります。65歳までに、約12万円×12ヵ月×5年=約700万円の貯蓄ができそうです。

加えて、長く働くとメリットがあります。野口さん夫婦は、60歳以降も会社員として厚生年金に加入していました。すると、年金額が増えるのです。5年間でどのくらい増えるのか見てみましょう(簡易計算で参考例です)。 

野口さん 30万円×(5.481÷1000)×60ヵ月=9万8658円

晶子さん 15万円×(5.481÷1000)×60ヵ月=4万9329

65歳での年金額は、野口さんのプラスは約10万円、晶子さんのプラスは約5万円です。

もうひとふんばり、野口さんが70歳まで働き続けたとします。さすがにそれまでと同じではきついので、週に3日の契約社員、月収は20万円です。

65歳~70歳までのプランニング

夫婦の月額支出 約33万円

野口さんの月収 20万円(65~70歳)

野口さんの年金 年額210万円(65歳までの年金)

なお、野口さんは70歳まで働けば厚生年金はもっと増額されます。70歳の年金受給額は約6万円増えた216万円になります。

長く働くことで月々の収入を得、また65歳から金額がアップした年金を受け取れ、野口さんの家計は少し余裕ができました。旅行にでも行こうかなと浮かれた気分になりがちですが、目先の生活だけにとらわれてはいけません。老後生活は長期的なプランニングが必要です。

住宅ローンは“完済して貯蓄ゼロ”よりも、「一部繰り上げ返済」がベター

住宅ローンは退職金で返済すべきか、すべきでないのか。ここは意見の分かれるところです。

年金だけの生活になっても住宅ローンが残っている場合は、老後破綻の可能性が高くなります。したがって、できるだけ退職金などを使って完済したほうがいいと考えています。ただ、住宅ローンを完済したあと、貯蓄がゼロになってしまうのであれば、避けたほうがいいかもしれません。

貯蓄ゼロは、けっして望ましい状態ではありません。病気やケガをしたらどうしますか。または、両親の介護やその他のトラブルが起きたときなども困ってしまうかもしれません。突然、まとまったお金が必要になったときに対処できなくなるのです。

そこで、貯蓄がゼロにならないよう、一部繰上げ返済という方法をオススメします。一部繰上げ返済をすると、支払い終わる期間が短くなります。そして、収入が年金だけになる65歳までには、返済を終えたいものです。

ムリに組んだローンは老後に支障…定年までに完済する「返済計画」を

そもそも定年後も住宅ローンが残ってしまうような計画は、あまりよろしくありません。退職金で全部を返済するつもりでいても、退職金が予定より少ない場合もありますし、会社を途中でやめる可能性だって否定できません。もし可能ならば、ボーナスなど余裕ができたときに住宅ローンの繰上げ返済をすることで、将来の負担を少しでも減らすこともできます。 

最近は低金利の影響か、住宅ローンを借りすぎるケースが見受けられます。ムリな住宅ローンを組むと、老後の資金計画に支障をきたすこともあるのです。

すでに住宅ローンを組んでいる人は、がんばって返済計画を立てるようにしてください。30代、40代でこれから住宅ローンを組む場合は、くれぐれも借りすぎに注意しましょう。

長尾 義弘 ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)