文=松原孝臣 撮影=太田大輔

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オープニングは異例の14分

 その光景は新鮮さと斬新さにあふれていた。

 2月5日、アイスショー「滑走屋」の公開練習が行われた。2月10日から12日まで3日間、オーヴィジョンアイスアリーナ福岡で開催される公演だ。

 1回あたり75分、1日計3回開催、アイスショーとしては極力低価格の設定……。「価格を下げたことで、『ちょっと行ってみたいけど高いな』と思ってた方が来やすくなって、スケートファンじゃない方に来てもらったときに1時間15分ぐらいがちょうどいいのかなと。そこですごく面白いものを見せることができたら次もまた見に来てみたいなって思ってもらえて、続いていけばいいなっていう思いです」

 プロデューサーも務める高橋大輔は言う。

スケートを見たことがない方にもぜひ触れてほしい」という願いから新たな機軸を打ち出すショーは、公演の形態にとどまらず、内容でも従来と異なる新たな魅力を見せようとしていることを公開練習は示していた。

「滑走屋」と背中に記されたパーカーを着たスケーターたちは、マイク越しの指示に沿って動きを確認する。凛とした空気が漂う中、高橋がスケーターに、アドバイスだろうか、しばしば声をかける。高橋に限らない。村元哉中と村上佳菜子が確認し合うかのように話し合っている。あるいは友野一希が動きについて提案をしている。それらの場面は、スケーターたち1人1人の公演にかける熱量を伝えていた。

 チームごとに動きを確認したあと、一体となった群舞が始まる。高速で円を描き、やがて集団で円となり、あるいは至近距離ですれ違い……短い時間の中に複雑な動きがいくつも組み込まれていた。

「今日見てもらったのがオープニングの一部で、オープニングは14分ぐらい、5曲ぐらいあります。すごく面白い構図を振り付けの方が考えてくれてるので、あまり見たことないような面白い図になってると思います」

 アイスショーの冒頭にオープニングとして集団で踊る場面があるのは通例だが14分は異例の長さだ。しかも練習で見せたのは、高橋の言う構図の魅力と密度の高さだ。

 振り付けの鈴木ゆまはオープニングについてこう語る。

「高橋さんからオープニングが5曲で14分って聞いたときに『えっ!』ってびっくりしました。どうしてもスケートって、1曲終わりました、拍手。1曲終わりました、拍手。という風に、1つ1つという感じで区切りがあると思うんですけど、それよりももっとスピード感のあるものを彼は目指していたので、5曲であっても1つのオープニングとして成立するようにつないでみました。スケーターの皆さん、『もう足、パンパン』って。すごく一生懸命やって、大変だと思います。でも『あ、フィギュアスケートでこんな表現ができるんだ』っていうことが分かる濃厚なオープニングの14分になっています。たぶん息つく暇もないぐらい、皆さん、のめり込んでくださると思います」

 鈴木は劇団四季などを経て、東京パノラマシアター主宰のダンサー/振付家として活動している。そこで培われたダンスの動きを織り込んでいるからこその斬新な表現がある。氷上の動きに落とし込む作業での高橋の姿勢に感じることがあった。

「私がすごいなと思ったのは、やっぱり突き詰める力。例えば、ダンスを氷上に落とすのってすごく大変で、ほんとうにイコールではいかないんですよね。でも、ダンスのよさをそのままに氷上に落とす作業を突き詰めて。例えばカウントはそのままとか、そのニュアンスをそのままでいかにできるか、普通の方なら『あ、なんとかこのぐらい』『10個あるうち2つ取れればもうオッケーだよね』というところを、10個のうち10個取って、もしくはもっとそれ以上にスケートのよさを出して、プラスして13とか15にするんですよ。その突き詰める力というのが、世界を目指してきた人としてすごいなと思って」

 その姿勢は、「滑走屋」を創り上げるスケーターたちの指針でもあるだろう。

「私もいろいろ、劇団四季とかミュージカルの舞台に出てきたんですけど、こんなに異ジャンルのクリエイティブな現場はないなと思って。ほんとにいつもワクワクしてこの現場に来ております」

 心から楽しんでいるような笑顔を見せた。

スケーターの未来を広げたい

 そして鈴木は高橋から振り付けの依頼を受けたとき共感した点の1つを語っている。

「スケーターさんの未来を広げたい、若手の人がどんどん育っていくように、という思いで企画していることにすごく賛同しました」

 公演には大学生や高校生らも「アンサンブルスケーター」として数多く出演する。アイスショーに出演するのは初めてというスケーターも多い。

 その1人に大島光翔がいる。大島は今、大学3年生。卒業後を考える時期でもある。

「自分はスケートという競技を幼い頃からやってきたからこそ、進路にすごい迷うところがあって。そんな中でアイスショーの機会をいただくことができて、それもただのアイスショーではなくいちばん自分が尊敬する高橋大輔さんのショーということで、進路に迷っていた自分というか、自分の気持ちを見極めさせてくれるような、そういったものになるのかなって実感しています。まだリハーサル3日目なんですけど、滑れば滑るほど自分の気持ち、今までなかった気持ちに気づくことができたり、滑るのが本当に好きなんだなっていうのにあらためて気づかされたきっかけになったので、リハ含め、自分の人生にとって大きな10日間になるのかなって思います」

 同じく大学生の木科雄登は言う。

「これまでの長いスケート人生の中でやってきたことは無駄じゃなかったのかなっていう気持ちになって、とてもうれしかったです。おそらく何十年経っても思い出すような、そういった濃い時間になるような予感がもう今からしているので、この残りの本番までの時間をしっかりと大切にしながら、いい思い出にしていきたいなって思っています」

 三宅咲綺は、高橋が学生を集めてアイスショーをやりたいとSNSで語ったとき、「自分に声がかかればいいなと思っていました」。願ったとおり、オファーが舞い込んだ。

「(コーチの)中野(園子)先生が『ぜひ出ておいで』って背中を押してくださいました。就職とかいろいろあると思うんですけど、スケートを続けてきたからにはスケートの方でアイスショーやプロに転向していきたいなと思っていたので、この機会をいただけて光栄です。このショーを機に他のアイスショーとかに出てみたいってなったら、まだ競技を続けるかもしれませんし、すごいいい機会をいただけたなっていう思いです」

 奥野友莉菜は16歳ジュニアカテゴリーにいる選手だ。

「自分のやったことのないような踊りのプログラムだったり、新しい振り付けもすごく多くて。緊張というか不安ではあったんですけど、高橋大輔さんや村元哉中さんに1対1で教えていただいて、やっていて楽しいですし、何時間氷に乗っていても動いていても、体力的にはきついんですけど、すごく楽しいです」

「滑走屋に出演させてもらっている中で最年少なので、これから現役生活もまだ自分が一番長いと思うので、それをしっかり競技でも生かせるように、いろんなものをすごく吸収して、うまく活用できたらなと思ってます」

 立ち位置はそれぞれにあっても、共通するのは「滑走屋」に出演できる喜びであり、やり抜きたいという意気込みであり、出演することが自身の大きな糧になるという手ごたえだ。高橋の目指していた、スケーターたちの貴重な機会として、晴れの舞台として「滑走屋」はある。

 

アイスショーの新たな幕開け

「滑走屋」の企画を立ち上げたとき、高橋は言った。

「アイスショーの、新たな幕開けになればよいなと思っています」

 演者であるのにとどまらず、プロデューサーとして準備にあたってきた。

「僕もそういうのにかかわってきてなかったので、『ここも決めなきゃいけないの』『あ、こんなにもいろいろあるんだな』っていう発見もあって。ほんとうに楽しい部分もあったり、しんどいんですけど、やっぱり新しいことを知ることもできるし、それがどんどん形になっていく姿だったり見えてくると、やっぱり面白いなって感じてます」

 その求心力にひかれるように、スケーターやスタッフは目指すべきところを共有し、進んできた。

 フィギュアスケートの新たな魅力を伝えることで、より多くの人々が楽しめる空間を。

 彼らの思いが結実する舞台は2月10日、開幕する。

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