韓国を代表するスター俳優チョン・ウソンが、映画『ガーディアン/守護者』(公開中)でついに監督デビューを果たした。かなり昔から「いつか映画を監督したい」との希望を公言し、2005年の来日時「来年は撮影に入る予定だ」と話していた。実現までに20年近くかかったことになる。ただ、当初の監督が降板したため、主演に決まっていた彼が手を挙げたという事情があり、長年自身が温めていた企画ではなかったそうだ。だからという訳ではないが、ここでは監督としての彼は置いておいて、俳優としてのチョン・ウソンについて、これまでの出演作のいくつかを振り返りながら紹介していきたい。

【写真を見る】ド派手なカーチェイスや銃撃シーン、主人公と妻の再会のドラマなど手練れの演出を披露したチョン・ウソン

■ヒョンビンやカン・ドンウォン、チョ・インソンらスターが夢中になった『ビート

チョン・ウソンと聞けば、若年性アルツハイマー病にかかった妻と夫の純愛を描いた『私の頭の中の消しゴム』(04)を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。病のために次第に記憶をなくしていく妻スジン(ソン・イェジン)を献身的に介護し、愛し続ける夫チョルスの姿は涙なくしては見られない。チョルスはチョン・ウソンのロマンティックな面が堪能できるキャラクターだ。ほこり臭い建設現場で働く無愛想な男も、二枚目の代名詞である彼が演じることで、野性味と甘さが絶妙に混じり合った魅力あふれる人物になった。なかでも序盤で、チョルスがいる屋台に来たスジンに対し、焼酎のグラスを差し出して「これを飲んだら、俺たちは付き合うんだ」と言うシーンにその魅力が凝縮されている。彼にそう言われて誰が断れるだろう。このセリフは今もドラマやバラエティで使われる名セリフだが、チョン・ウソンが口にしてこそ伝説になったのだ。

秀でた容貌と187cmの長身を武器に、デビューして30年近く最高のイケメン俳優として君臨し続けるレジェンド級スター、チョン・ウソンをスターダムに押し上げた最初の作品は、夢も希望もない青春の日々を生きる若者ミンを演じた『ビート』(97)だった。彼が見せた不遜と不安が同居したような表情や、滲み出る孤独の影に観客は熱狂した。夜の街でバイクに乗ったミンが目を閉じてハンドルから手を放し、両腕を大きく広げてみせるポーズは多くの少年たちに真似され、映画公開から25年以上経つ現在でもよく目にする名場面。この映画を何十回も観たというヒョンビンをはじめ、カン・ドンウォンやチョ・インソンら錚々たるスターから、こぞって憧れの眼差しを向けられている。

24歳で若者のアイコンとなったチョン・ウソンは、翌1998年に『太陽はない』でイ・ジョンジェと初共演。当時はなかった“ブロマンス”という言葉がぴったりの抜群のコンビネーションを披露して、2人は韓国芸能界きっての盟友となり、2016年には共同で芸能事務所を立ち上げて現在に至る。『ビート』に続いて監督を務めたキム・ソンスとは、その後『MUSA—武士—』(01)、『アシュラ』(16)、そして2024年1月現在、観客動員数1300万人に迫る大ヒットを記録中の『ソウルの春』(23)まで全5作品で組んでいる。際立つスター性と作品への真摯な姿勢に絶大な信頼を寄せている監督は、新作に入る前に必ず彼にシナリオを見せるのだという。

■『グッド・バッド・ウィアード』『神の一手』で見せたアクションの才能

外見ばかりに注目が集まることなく実績を重ねられたのは、空白期を作ることなく出演し続けていることと、ジャンルは同じでも似通った作品を選ばず、常に新しい魅力を見せてきたことにあるようだ。反抗するナイーブな若者を卒業した後はアクションや時代劇を経て、前出の『私の頭の中の消しゴム』で女性観客を虜にすると、次に1930年代を背景にした冒険活劇『GOOD BAD WEIRD グッド・バッド・ウィアード』(08)で賞金稼ぎの“いい奴”に扮し、“悪い奴”役のイ・ビョンホンと“変な奴”役を務めたソン・ガンホに勝るとも劣らない唯一無二の存在感を見せつけた。大平原を猛スピードで疾走する馬に、彼が手綱を握らずまたがって、ライフルを360度回転させ標的を狙うシーンの溜め息が出るほどのかっこよさは、いまも鮮明に記憶に残っている。

持ち前の運動神経の良さは、その後もアクション映画で発揮された。『神の一手』(14)は兄を殺された上に冤罪で服役した囲碁棋士テソクの復讐を描いたヒット作。囲碁とアクションという異色の組み合わせが功を奏し、チョン・ウソンの静と動両面の魅力が堪能できる一作となった。冷凍庫の中で半裸になって繰り広げる命を賭けた対局と、それに続く迫力の格闘シーンには目をみはらずにはいられない。虐げられて苦境に陥った主人公が耐え忍んだ末に敵を倒す、という構図が実に似合っていて、敵役が卑劣で憎々しいほど、より彼の輝きが増すのがよくわかった。

この前年には『監視者たち』(13)で初めて悪役に挑んで鮮やかなアクション演技を見せた。ただし、思い返すと悪役としての印象はやや薄い。犯罪監視の任務にあたる警察の特殊捜査班が追う武装強盗組織のリーダー役は、冷酷で同情の余地のない役どころにもかかわらず、時に彼のほうに肩入れしたい気にもさせられたくらいだ。だからと言って、悪役に向いていないという訳ではない。『ザ・キング』(17)では後輩検事を悪の道に誘い込み、やがては保身のために切り捨てる腐敗した部長検事ガンシク役で、クールな悪の魅力を全開させている。この時は主役のチョ・インソンに花を持たせ、彼を立てる役目に徹しつつ、権力の側にいる人間の傲慢さをふてぶてしく演じることで、自身の存在を見事に際立たせた。

一方、大型ポリティカルアクション『鋼鉄の雨』(17)では、朝鮮半島を危機から救うために奔走するヒーローを演じた。任務遂行中にクーデターに巻き込まれた北朝鮮特殊部隊出身のチョルウは、やむなく韓国に逃亡する。彼と行動を共にするのは、奇しくも彼と同じ名の韓国の外交官チョルウ(クァク・ドウォン)。南北の攻防や権力争い、核の恐怖などが描かれるスケールの大きな作品ではあるが、外見は全く似ていない2人のチョルウのブロマンスのほうが、派手なアクションよりも心に残る。韓国のチョルウと手錠でつながれたまま入った食堂で、麺をズルズルとかき込むチョン・ウソンはなんともチャーミング。自己犠牲的な人物を演じてもスーパーヒーローとはならず、生身の人間として生活感を感じさせるのが彼のいいところだ。

■ごく普通のキャラクター(あるいは普通であろうとする人物)を演じた時にこそ、最も光る

ここまで、アクション作品ばかりに触れてきたが、もちろん恋愛映画にも何作か出演している。『八月のクリスマス』のホ・ジノ監督による中国を舞台にした『きみに微笑む雨』(09)、背徳的な愛を描いた『愛のタリオ』(14)、事故で10年間の記憶を失ってしまった男に扮した『私を忘れないで』(16)で、それぞれ違った形のロマンスを演じている。ただ、『私の頭の中の消しゴム』のイメージが強すぎるのか、男優との相性のほうがいいからなのか、彼のフィルモグラフィーの中ではやや埋もれた感は否めない。

そんな彼のキャリアの中で特筆すべき作品は、ロマンスでもアクションでもない、ヒューマンドラマ『無垢なる証人』(19)だ。彼が演じたのは、かつては弱者の味方として闘っていたが、借金返済のために大手ローファームに移籍した弁護士スノ。殺人事件の容疑者の担当となり、唯一の目撃者だという女子中学生ジウ(キム・ヒャンギ)に会いに行くが、彼女は自閉スペクトラム症で意思疎通が難しい。スノは弁舌爽やかな切れ者ではなく、生活に追われていることもあって風采も上がらない。それでも、なんとかジウに近づこうと努力を重ねる姿勢は誠実さにあふれていて、そこには貧しいなかで苦労して育ったチョン・ウソン自身の真面目な人柄が投影されているようだ。青龍映画賞をはじめ各賞に輝いた彼の演技が心に染みる。

その後も精力的に活動を続け、2020年にはチョン・ドヨン、ユン・ヨジョンら豪華キャスト共演が話題となったクライムアクション『藁にもすがる獣たち』、『鋼鉄の雨』の第2弾にあたる『スティール・レイン』が公開。翌2021年は、イ・ジョンジェの初監督作『ハント』(22)の撮影に半年以上を費やした。80年代を背景に、国家安全企画部の別チームに所属する男2人が、互いに相手をスパイと疑い対立を深めていく様子を緊張感たっぷりに描いた野心作で、イ・ジョンジェとW主演を務めた。『太陽はない』以来とは思えない息の合った2人の競演に、見ているだけでワクワクさせられ、盟友によって引き出されたチョン・ウソンの魅力を堪能することができる。

『ハント』よりも前の2020年に撮影を終えていた『ガーディアン/守護者』は、前述したように自らの監督・主演作。チョン・ウソンは組織のために殺人を犯し、10年間服役した後に出所したスヒョク役。かつての兄貴分に足を洗うことを伝えるものの、簡単にはいかない。殺し屋が差し向けられ、存在も知らなかった幼い娘がさらわれて、愛する者を助けようと立ち上がる。決死の追跡劇は見どころたっぷりだ。爆弾を投げつけられても銃撃されても倒れない不死身の彼は超人的だが、見せ場としてはクレイジーな殺し屋をけれん味たっぷりに演じた後輩キム・ナムギルに譲った形だ。逆にそれがスヒョクという人物にリアルな存在感を与え、平凡な生活を望む彼の心情のほうに不思議と気持ちが向くようになっていく。

こうして振り返ってみて感じたのは、チョン・ウソンは、例え特異な状況に置かれていても、ごく普通のキャラクター(あるいは普通であろうとする人物)を演じた時、最も光るということだ。彼が久々に正統派ラブストーリーの主役を務めた最新ドラマ「愛していると言ってくれ」を観て、そのことを再確認。耳の聞こえない画家ジヌと、女優志望のヒロイン・モウン(シン・ヒョンビン)の恋模様は決して特殊なものではなく、それゆえに2人が心を通わせていく過程にときめかずにはいられない。オリジナルの日本のドラマを気に入ったチョン・ウソン自身が版権を取得し、満を持してリメイクに漕ぎ着けただけのことはあり、「やはり彼にはラブロマンスが似合う!」と声を大にして言いたくなる。50代を迎えてこれだけの素敵な恋を演じられるのだから、この先さらに成熟した大人の恋愛を見せてくれることに期待したい。

文/小田 香

チョン・ウソンが監督&脚本を手掛け、娘を守る前科者スヒョクを演じた『ザ・ガーディアン/守護者』/[c]2022 ACEMAKER MOVIEWORKS & STUDIO TAKE CO., LTD. All Rights Reserved.