ベストセラー『売春島』、話題の新刊『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』など数々のノンフィクションを世にはなってきたルポライターの高木瑞穂氏(@takagimizuho2)。彼が新たなテーマに選んだのは、これまでタブーとされてきた「風俗と発達障害」だ(以下、高木氏寄稿)。
上司のパワハラによりパニック障害とうつ病を発症し、一般職を辞めてチャットレディになった華恋(仮名、26歳)。「もう風俗しかなかった」と語る彼女だが、昼職同様、客、そして同僚からのハラスメントはかたちを変えておさまらなかったというが……。
◆パニック障害は落ち着いてきた
仕事に慣れてからも、固定された週5日の出勤ノルマ全てに穴を開けることはあったが、「落ち着いたらまた来てください」と寛容だったので、華恋は自宅でひとり不安を抱えるなかで、現状以上に自信を失い孤立する怖さに押し潰されることがほとんどなかった。だから上司からの誘いもすんなり受け入れられたという。
――でも裏方の場合は、やっぱりきちんと出勤しなくちゃいけない。
「いけないし、いまのところ出勤できてます」
――治ったと言うか、パニック障害を起こさなくなったのはいつぐらいから?
「治ったみたいな意識はあんまりないかもしれないです。いまは、たまたまそういう症状が出てないだけっていう感じがしなくてもないです」
――なら、安定したのはいつぐらいからなの?
「そう聞かれると…。出勤はしてるし、パニックも比較的は落ち着いてきたんですけど、ついこの前も突然声が出なくなっちゃったことがあった。そうですね。ひどくはなってないけど、やっぱり突発的に起きるし、急に『うわ!』みたいな感じで出れないなってなってなることがいまもたまにあります。
◆チャットレディ時代のお客さんと交際
――薬は?
「安定剤(抗うつ剤)を3種類処方されていて、症状がひどいときは飲んでいました。気持ちを抑える薬です。でも、あまり効かなかったから飲まなくなったし、病院にも行かなくなっちゃいました」
――安定しだしたのが薬じゃないとしたら。
「彼氏の存在。それがめっちゃあると思いますね。実はチャットレディ時代のお客さんで、普通の会社員なんですけど、風俗で働いてる私を肯定した上で『好きだよ』『頑張ってるよ』って。その彼氏の言葉をモチベに頑張れている、みたいな。だから症状が出るのは、彼氏と一緒にいないとき。自分の病んでるときに優しく構ってくれるんです。その人が安定剤みたいな感じです。なんか、ちゃんと自分自身の中身を好きになってくれてるんだっていう安心感を持てていて、あ、もうこの人じゃないと駄目だなって、いま、めっちゃ思ってます」
前回の記事でも話を聞いた早稲田メンタルクリニック・益田裕介院長は言う。
「人間は群れの動物なので、群れの中にいるだけでも安心し、落ち着くことができます。逆に孤独な状況だと、いくらお金があり、衣食住が安定していても安心感はもてません。彼氏という恋人の存在で心身が安定するというのは、とても理にかなっています」
◆居場所はもうここしかない
朱に交われば赤くなる、とはよく言ったもので、人は周囲に影響されやすく、交際する相手によって善にもなれば悪にもなるのだった。
22歳で「うつ病」「パニック障害」と診断された華恋は、症状が安定するまでの4年間を風俗と共に歩んできた。いまは風俗の裏方として生きる華恋の仕事内容は、チャットレディ時代の経験を活かせる女の子の心のケアや稼がせるためのアドバイス、そして出勤管理が主だ。
「華恋さんにとって風俗とは?」と尋ねると、「居場所はもうここしかないと思ってる。普通の仕事? いまは全く考えられないです」と言う。「なんで風俗しか考えられないの?」と質問を重ねると、華恋はしばらく考えた後、浮かない顔をして「結局は風俗の仕事も一つの安定剤なのかなって思います」と続けた。風俗が「居場所」というより、昼職に対して「自信がない」。そんな感じだった。
◆昼の世界は就労困難者への理解が足りない
そこで思った。昼の世界は、こうした「就労困難者」への理解が圧倒的に足りないのだ。だからこそ精神疾患を抱えた多くの女性が風俗を選ぶ――あるいは選ばざるを得ない――のだ。就労困難者とは、就労に何らかの問題を抱えている人たちだ。日本財団の調査によると、多くは精神疾患を理由に1500万人以上いるとされる。
もちろん就労困難者たちを受け入れる夜業界の姿勢も問われる。「いまの彼氏がホストだったら?」と質問すると、華恋も紗希と同じく、「ホス狂いになってた自信がめちゃくちゃあります。それは本当にあります。多分、会った人がたまたま良い人だっただけで、会って、その人が実はホストで、すごい慰めてくれたらもう、『じゃあ頑張るよ』ってなる自信しかないです」と即答だった。
それでも風俗が「安定剤」で、もう一つの「安定剤」である彼氏に出会えたのも風俗がきっかけだったことは、隠しようのない事実だ。風俗業界は、華恋や紗希のように精神疾患を抱える者たちが、危うい基盤の上で働いている。だからこそ風俗経営者でも彼氏であっても、障害に乗じて搾取することが――例えそれを本人が望んでいるとしても――決してあってはならないと強く思う。華恋はいま、客と嬢として出会った彼氏との結婚を夢見ている。
<取材・文/高木瑞穂>
【高木瑞穂】
月刊誌編集長、週刊誌記者などを経てフリーに。主に社会・風俗の犯罪事件を取材・執筆。著書に『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』、『黒い賠償 賠償総額9兆円の渦中で逮捕された男』(ともに彩図社)、『裏オプ JKビジネスを天国と呼ぶ“女子高生”12人の生告白』(大洋図書)など。X(旧ツイッター):@takagimizuho2
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