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昨年12月に亡くなった坂田さん。親しかった西川きよしさん家族と(写真:時事通信

《82才で老衰なんて、若すぎます》
《両親に年齢が近い方が老衰で亡くなられて、そのお年で老衰なのかと、早くないかと思ってしまう》

昨年12月、亡くなった篠山紀信さん(享年83)と坂田利夫さん(享年82)が老衰で亡くなったことが報じられると、X(旧ツイッター)上ではこんな声が。

これまで、老衰といえば、特定の疾患を持たない80代後半や90代以上の人が静かに息を引き取るというイメージが強かった。だが、近年、比較的若い人の老衰での逝去のニュースに触れる機会が増えたと感じている人は多いのではないだろうか。

昨年、6月には落語家の古今亭八朝さんも老衰で亡くなったことが報じられているが、年齢は71歳だった。

■老衰で亡くなる人が20年前の8倍に

実際に老衰で亡くなる人は増えている。

厚生労働省の人口動態統計によると、2022年に老衰で亡くなった人の数は17万9529人。2002年は2万2682人だったから、この20年で約8倍にもなっている。高齢化が進んでいるとはいえ、この20年で高齢者数が8倍になっていることはない(実際は1.5倍)。

死因でみてみても、2018年に老衰は脳血管疾患を抜いて3位となり、最新の22年の調査でも、1位はがん(24.6%)、2位は心疾患(14.8%)、3位は老衰(11.4%)となっている。

なぜ、老衰で亡くなる人はこんなに増えたのだろうか。

「以前は、亡くなると最後に心臓が止まることから、安易に“心不全”を死因とするケースが多かったのです。しかし、厚生労働省から指導もあり、近年は『心不全』と診断せずに、『老衰』と診断するケースが増えているのです」

そう解説してくれたのは、ナビタスクリニック立川の内科医の久住英二さんだ。

確かに、2005年の『虚血性心疾患死亡数年次推移における心不全死亡診断基準の改訂による影響』というレポートでも、1995年心不全死亡診断の基準が大きく改訂されたことから、心不全は大幅に減少し、がんや脳血管疾患、心疾患の死亡数が増加したと報告されている。

また厚労省の『死亡診断書記入マニュアル』でも、正しい死因統計を出すために《疾患の終末期として「心不全」「呼吸不全」は記入しないようにします》と呼びかけられているのだ。

「最終的に心臓が止まって亡くなったとしても、たとえばその原因が別にある場合、死因を『心不全』としてしまうと、正しい死因の統計をだせないという考えに基づいてのことです」(久住さん、以下同)

■「老衰」は遺族の後悔も生まれにくい

こうした指針もあって、以前であれば「心不全」とされたケースも「老衰」とされることが多くなった。

しかし、じつは「老衰」に明確な定義はないという。

「人によって老化のスピードは違いますし、明確な症状があるわけではないので、その定義は難しいのです。2018年に日本プライマリ・ケア連合学会誌に掲載された『在宅医療における死因としての老衰の診断に関する調査』では、年齢の目安については『年齢的な目安がない』(26.3%)、『80歳以上』(21.9%)、『85歳以上』(19.6%)、『90歳以上』(19%)と回答が寄せられており、年齢に関しても、医師によって判断基準も異なっています」

では、どのような症状があると、老衰と判断されるのだろうか。

「外出が好きな人が歩かなくなったり、立つときに思わず『よっこらしょ』と言ってしまったりしてから、徐々に横になる時間が増えるなどして、衰えていく過程をたどっていきます。さらに進むと、足の筋肉が痩せて、立つことができなくなったり、一人で食事ができていた人が介助がなければ食べられなくなったり、食べる量が減ったり、寝ている時間が長くなったりして、しだいに弱り、そして最期は眠るように亡くなっていきます。

訪問診療などをしている在宅医療医は、2週間に1度、診療しなければなりません。数カ月から年単位で患者が弱っていく過程を診ていますので、他の疾患が除外でき、緩やかな死を迎えたら、老衰だと判断するケースが多いでしょう。逆に病院で亡くなる場合、明確な病気があって入院するわけですので、死因が老衰となるケースは少ないです」

また、老衰は残された家族の心に寄り添うことにもなり得るので、医師も診断しやすいという。

「ご家族は大切な人の死に直面し“もっと何かできなかったのだろうか”と悔やんでしまうケースもありますが、『天寿をまっとうしました、老衰です』と伝えることで、心が救われたりするものです。老衰は、グリーフケアにもなるのですね」

人間の亡くなり方に急激な変化があるわけではないが、時代の変化や患者を思いやる医師の心が、“老衰”を増やしているということか。