3,000万円相当の自宅不動産と1,000万円の預金を残し他界した相談者の夫。相続人は相談者と夫の弟の2人ですが、夫が遺言を残してくれなかったため、年金生活者で預金がほとんどない相談者は将来に強い不安を感じているといいます。本稿では、弁護士・相川泰男氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋し、「遺産分割により配偶者居住権を取得する場合の留意点」について解説します。

遺産分割協議・家庭裁判所の審判で取得できる「配偶者居住権」

私の夫は、3,000万円相当の自宅不動産と1,000万円の預金を残して他界しました。相続人は私と夫の弟の二人です。弟は、相続放棄はしないと言っています。私は年金生活で、私名義の預金はほとんどなく、夫が遺言を残してくれなかったので、今後の生活が不安です。

紛争の予防・回避と解決の道筋

◆自宅不動産に配偶者居住権を取得することにより、預金の一部取得が可能となる

◆配偶者居住権は、遺産分割協議のほか、家庭裁判所の審判によっても取得できる

◆配偶者居住権の評価方法には、不動産鑑定評価によるものと相続税評価によるものがある

◆兄弟姉妹には遺留分がないので、遺言によって全財産を配偶者に取得させることができる

チェックポイント 1. 配偶者居住権の取得による遺産分割を検討する 2. 配偶者居住権を取得できる場合および方法を確認する 3. 配偶者居住権の評価方法および評価額を確認する 4. 推定相続人の範囲と遺留分侵害額請求権の有無を確認する

解説

1. 配偶者居住権の取得による遺産分割を検討する

(1)配偶者居住権制度の創設

民法の定める原則に従って遺産を承継することとなると、本事例では、法定相続分は配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1ですので、遺産総額4,000万円の中で自宅不動産3,000万円を確保するには、預金1,000万円を全額夫の弟に承継させざるを得ず、金銭が配偶者の手元に残りません。

平成30年の民法改正前のもとで配偶者が金銭を取得するには、自宅不動産の持分を夫の弟にも取得させて共有とし、夫の弟にその持分に応じた使用料を継続的に支払い続けるという選択を検討する必要があり、どちらにしても配偶者は、自宅不動産に居住したままの生活を継続できるのか一定の不安を抱えることとなります。

近年の高齢化の進展および平均寿命の伸長に伴い、配偶者が被相続人の死後も長期間にわたり生活を継続することは少なくなく、その場合、住み慣れた居住環境での生活を継続するために居住権を確保しつつ、その後の生活資金として預貯金等の財産についても一定程度確保することを希望する配偶者も多いと考えられます。

そこで、上記のような不安を解消し、残された配偶者の希望に沿うよう、平成30年の民法改正により、自宅不動産の所有権を単独で取得するよりも低廉な価額で居住権を確保できるようにするため、配偶者居住権制度が創設されました。

この制度は、被相続人所有の建物で被相続人と同居していた配偶者に、被相続人死亡後、当該建物の全部につき無償で使用および収益する権利を認めるものです(民1028①)。なお、配偶者居住権は住むための権利であるため建物についてのみ成立し、敷地は建物を使用するのに必要な範囲において使用できるものと整理されています。

(2)配偶者居住権の成立要件

配偶者居住権の成立要件は、配偶者が相続開始時に被相続人所有の建物に居住していたこと、その建物(以下「居住建物」といいます。)について配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割、遺贈または死因贈与がされたことです。

まず、相続開始時に居住建物が被相続人の所有であったことが必要とされ、第三者(配偶者を除きます。)と共有である場合には配偶者居住権は成立しません。また、相続開始時に居住建物に配偶者が居住していたことが必要であり、この要件は、生活の本拠を置いていたか否かという観点から実質的に判断されます。

2. 配偶者居住権を取得できる場合および方法を確認する

(1)配偶者居住権の取得方法

上記の要件の他、居住建物につき配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割、遺贈または死因贈与がなされたことが必要です。本事例では遺贈または死因贈与がないため、夫の弟との間で配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割協議を成立させる方法が考えられます。

遺産分割協議が調わない場合、家庭裁判所に遺産分割審判を申し立てる方法があります(民1029)。ただし、審判により配偶者居住権が認められるのは次の二つの場合に限定されています。すなわち、①共同相続人間で配偶者居住権を取得させることにつき合意が成立しているときと、②居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるときです。

上記①は、配偶者居住権を取得させること自体については共同相続人間で合意が成立しているものの、他の遺産の分割方法で合意できなかったために、遺産分割協議が成立しない場合が想定されています。したがって、配偶者居住権の取得をめぐって他の共同相続人と意見が対立している場合、上記②の場合に該当するかが成否の分かれ目となります。

この点、居住建物の所有者の受ける不利益の程度と配偶者の生活保護の必要性を考慮すべきこと以外に、具体的な判断要素や判断基準は明確にされておらず、結局は家庭裁判所による総合的な判断に委ねられることになると考えられます。

(2)配偶者居住権を取得するか否かの方針検討

配偶者居住権は他の遺産を取得する場合と同様、自らの具体的相続分の中からこれを取得することになります。つまり、配偶者居住権を取得した場合、その評価額分だけ他の遺産は承継できなくなります。

例えば、本事例で、居住建物の所有権は夫の弟が相続し、配偶者居住権を取得する場合、仮に配偶者居住権の負担のある居住建物の価値が500万円、配偶者居住権の価値が2,500万円であったとすると(なお、配偶者居住権と配偶者居住権の負担のある居住建物の価値の合計が、配偶者居住権の負担のない居住建物の価値と等しいかは後記3のとおり議論があります。)、預金1,000万円のうち500万円を相続できるものの、残る500万円を夫の弟が相続します。

よって、状況により、預金1,000万円を相続するとともに、居住建物を夫の弟に相続させまたは売却して代償金または代金2,000万円を取得し、合計3,000万円の金銭を確保して賃貸物件に居住する等の選択がより現実的であることもあり得ます。そのため、配偶者居住権を取得するか否かは、配偶者居住権の評価額を踏まえて検討する必要があります。

3. 配偶者居住権の評価方法および評価額を確認する

(1)配偶者居住権の評価方法

配偶者居住権の評価方法として以下の二つの考え方があります。

①不動産鑑定評価による方法

公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会から、配偶者居住権の評価額を以下のとおり算定する方法が提示されています。

(年間の賃料相当額-必要費)×存続期間の複利年金現価率

上記の「年間の賃料相当額」は、周辺の類似不動産の賃貸事例や積算法などにより新規年間実質賃料として算出されますが、これは不動産鑑定士等専門家の手によらなければ算定が困難です。また、上記の「複利年金現価率」は一定の年利を設定することが必要ですが、この年利の設定についても専門家の判断が必要となります。

そのため、この方法は、不動産鑑定士等に支払う鑑定費用を負担してでも問題を解決する必要がある場面、すなわち配偶者居住権の評価額につき相続人の意見が鋭く対立している場合、特に家庭裁判所の審判手続を利用するような場合に活用されることが想定されます。

また、不動産鑑定評価の考え方では、居住建物の所有権を承継する相続人(配偶者居住権の負担を受忍することとなる相続人)の取得する不動産の評価額は、配偶者居住権の負担のない居住建物の評価額から配偶者居住権の評価額を控除した額とは必ずしも一致しないとされます。

具体的には、配偶者居住権の負担のない居住建物の評価額から、配偶者居住権の評価額を控除した額につき、さらに市場性修正を加えるといった方法等をとることとなります(奥田かつ枝「配偶者居住権等の価値評価と課題」ジュリスト1539号91頁(2019))。

相続税上の評価による方法

平成31年度税制改正の大綱(平30・12・21閣議決定)では、配偶者居住権の相続税上の評価額は概要以下のとおりとされています。

㋐配偶者居住権

建物の時価-建物の時価×(残存耐用年数-存続年数)/残存耐用年数×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率

㋑配偶者居住権が設定された建物の所有権

建物の時価-配偶者居住権の評価額

㋒配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利

土地等の時価-土地等の時価×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率

㋓居住建物の敷地の所有権

等土地等の時価-敷地の利用に関する権利の評価額

上記の「建物の時価」および「土地等の時価」は、それぞれ配偶者居住権が設定されていない場合の建物の時価と土地等の時価を指します。

「残存耐用年数」は、所得税法により定められている居住建物の耐用年数(住宅用)に1.5を乗じた年数から居住建物の築後経過年数を控除した年数です。

「存続年数」は、配偶者居住権の存続期間を指し、遺産分割協議等で存続期間を定めた場合はその期間(配偶者の平均余命が上限)、配偶者の終身の間である場合は配偶者の平均余命となります。

なお、残存耐用年数または残存耐用年数から存続年数を控除した年数がゼロ以下となる場合には、上記㋐の「(残存耐用年数-存続年数)/残存耐用年数」はゼロとすることとされています。

以上はあくまでも相続税上の評価方法ですが、これにあてはめる形で例えば、建物の時価を固定資産税評価額、土地の時価を固定資産税評価額を0.7で割り戻して市場価格相当にした額として計算することで、上記①のような不動産鑑定士等の専門家による評価を受けずとも一定の合理性ある結論を出すことができます。

そのため、遺産分割協議等、鑑定費用の負担を避けて合意を形成することに当事者全員のメリットがある場面では、有用な指標となると考えられます。ただし、この考え方は、配偶者居住権の負担のない不動産の価額から配偶者居住権の評価額を控除した額が、配偶者居住権の負担のある不動産の価額になることを前提にしています。

立法過程で、不確定要素があることから必ずしも上記の前提が正しいとはいえないとの疑問が投げかけられました。立法時に提出された日本不動産鑑定士協会連合会作成の資料でも同様の指摘があり、当該資料では、配偶者居住権の評価額と配偶者居住権の負担のある不動産の価額の合計が、配偶者居住権の負担のない不動産の価額より低くなり、しかもその差額は無視することができない程度のものに達し得るとされています(以上につき法制審議会民法(相続関係)部会第19回会議資料参考人提出資料7~12頁)。

そのため、このようなリスクがあることも考慮した上で、簡便な方法としてこの方法を採用するか否かの判断をする必要があります。

(2)本事例での対応

本事例では、まず、上記(1)②の相続税上の評価を参考に配偶者居住権の評価額を試算して、配偶者居住権の取得を希望するか方針決定し、夫の弟と具体的な分割方法について協議することとなります。ただし、従前の経緯等に照らし、配偶者居住権の評価額につき合意の形成が困難と見込まれる場合には、審判となった場合の見通しを得る観点から、協議開始前の段階で不動産鑑定評価を行うことも検討に値します。

4. 推定相続人の範囲と遺留分侵害額請求権の有無を確認する

(1)遺言と遺留分侵害額請求権

相続人が複数ある場合、原則として「各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。」とされ(民899)、共同相続人の相続分は民法900条および民法901条で定められています。

もっとも、「被相続人は、前二条の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。」とされ(民902)、また、「被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託…することができる。」(民908)と定められています。

このように、民法は法定相続分による承継という相続の原則を示す一方で、遺言により被相続人の意思に沿って遺産を承継させる方法も認めています。

他方、兄弟姉妹以外の相続人には遺留分が認められ(民1042)、「遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。」とされています(民1046①)。

これにより、法定相続分によらず遺言に従った遺産の承継が行われる場合でも、兄弟姉妹以外の相続人は遺留分の範囲で一定の金銭を確保することができる制度となっています。

(2)本事例での対応

兄弟姉妹には遺留分が認められておらず、遺言により相続分を指定しても、兄弟姉妹から遺留分侵害額請求権を行使されるおそれはありません。そのため、本事例では、夫に、自身に全ての財産を相続させる旨の遺言を作成してもらっておくことが有効な手段だったといえます。

なお、本事例とは異なり、他の相続人が兄弟姉妹以外の場合には、遺言を作成しても遺留分侵害額請求権を行使され、金銭支払の負担が生じる可能性があります。そのため、あらかじめ相続人の範囲および想定される遺留分侵害額を確認し、金銭化できる一定の流動性資産を確保しておくことが望ましいといえます。

〈執筆〉 吉岡早月(弁護士) 平成23年 弁護士登録(東京弁護士会) 令和3年6月 個人情報保護委員会事務局参事官補佐(~令和5年5月)

〈編集〉 相川泰男(弁護士) 大畑敦子(弁護士) 横山宗祐(弁護士) 角田智美(弁護士) 山崎岳人(弁護士)