―[シリーズ・駅]―


 2023年10月に開業したインドネシア高速鉄道Whoosh』(ウッス)。建設は日本が受注すると見られていたが土壇場で中国が参入を表明。熾烈な競争の末、入札に敗れてしまったのはニュースなどで知っている人も多いだろう。

 中国案は財政支出や債務保証をインドネシア側に求めないメリットが大きそうな計画案だったが実際には当初の条件とは異なり、結果的には日本案以上に費用がかかってしまう本末転倒な事態に。

 さらに開業時期もコロナ禍の影響などで当初計画していた19年完成予定からまさかの4年遅れ。ただし、紆余曲折はあったとはいえ、東南アジア初の高速鉄道は気になるところ。実際に現地を訪れ、乗ってみることにした。

ジャカルタ郊外にある始発駅までの移動が一苦労

 だが、ジャカルタ側の始発駅・ハリム駅があるのは街の郊外。泊まっていた市内中心部のホテルから地下鉄と高架鉄道のLRTを乗り継ぐことなんと1時間弱……。都市圏人口が東京に次ぐ世界2位の3000万人超のメガシティのため、中心部に場所を確保することが困難だったのは容易に想像がつくが、主要駅の多くが街の中心にある新幹線に慣れた日本人にとってはどうしても不便に感じてしまう。

 しかも、ハリム駅は駅舎こそ立派だが駅前には土がむき出しの大きな空き地が広がっており、周辺には商業施設やオフィスビルもまったくない。

 それでも駅構内には飲食店のブースがいくつも並び、屋台街のような雰囲気の場所もあった。テナントの多くはローカルフードだったが、そこに混じって吉野家も出店していた。

◆出発10分前にようやく乗車可能に

 ひと通り駅の中をブラついたら発車時刻まで残り30分を切ったので改札口のある大きな待合室に異動。でも、中に入るには空港のように保安検査を受けなければならず、この辺は中国の高速鉄道のシステムを踏襲しているようだ。

 一方、改札は日本の地方駅のように発車時刻の少し前にならないと開かず、出発まで残り10分を切った時点でようやく開放。ホーム階に上がると、白い車体で赤と黒のラインが入った8両編成のウッスがすでに入線している。

 始発駅だからか6番ホームまであり、各車両の出入り口には1人ずつスタッフを配置。自分の座席がどこかわからない乗客が多いらしく、切符やEチケットのスマホの画面を見せて何号車かを尋ねている人が大勢いた。開通から日が浅いこともあり、ほとんどの乗客はこの日が初めての乗車だったはず。そう考えると、スタッフを数多く配置してくれているのはありがたい。

◆運賃は日本より安いが、かなり割高?

 インドネシア高速鉄道はハリム駅―テガルアル駅の142.3㎞を結ぶが、大半の乗客は終点の約45㎞手前にある唯一の途中駅パダララン駅で下車(※本当はハリム駅から約41㎞の地点に『カラワン駅』もあるが現時点では未開業)。

 実は、パダララン駅はインドネシア第3の都市バンドンの郊外に位置し、街の中心部までは在来線に乗り換えて向かうことができるからだ。

 ちなみに座席は「VIP」、「ファーストクラス」、「プレミアムエコノミー」の3クラスあり、それぞれ新幹線グランクラスグリーン席普通車指定席に相当。筆者は公式サイトからハリム―パダラランのプレミアムエコノミーを20万ルピア(約1870円)で購入。距離的には東海道新幹線の東京―熱海とほぼ一緒だが、普通車指定席の料金は4070円と半額以下。しかし、インドネシアの平均月収は約3万円で、物価格差を考えると現地の人にとってはかなり割高な乗り物になる。

◆15分で「最高時速350㎞」に到達

 乗車したのは12月の平日昼間だったが、座席は8割が埋まる混雑ぶり。隣に座った商談のためにバンドン市内に向かうビジネスマンに話を聞いたが、「週末は満席になる列車もありますよ」とのこと。また、「物珍しさから記念に家族やカップルで乗りに来る人も多いですね」とも話していた。日本でも新線開業や延伸したのを機に旅行で訪れる人は多いが、国が違ってもその辺は変わらないようだ。

 筆者を乗せたウッスは静か走り始め、騒音や揺れもあまり感じない。車内の快適さは新幹線と大差ないように感じられる。車内のドア上に表示されたスピードはぐんぐん上昇し、15分ほどで最高時速の350㎞に到達。

 
新幹線は東北・秋田新幹線の『はやて』『こまち』の320㎞が最高からそれよりも30㎞も速く、パダララン駅にはわずか30分で着いてしまった。

VIPクラスは新幹線グランクラス並みに豪華

 新駅ゆえに駅舎は立派だったが駅周辺には住宅地が広がり、日本の新幹線停車駅の駅前のようにビルなどの高い建物はまったくない。時間を潰せるようなショッピングモールも近くになったため、駅待合室に隣接したラウンジに行くことに。

 このラウンジは最高グレードのVIPクラスの乗客が利用でき、ハリム駅に戻る列車は奮発してこの席を予約していたのだ。値段は60万ルピア(約5610円)とプレミアムエコノミーの3倍だったが、座り心地のいいソファーでくつろぎながら待てるのは悪くない。空港のラウンジのように飲食メニューは豊富ではなかったが、コーヒーや紅茶、菓子パンなどは食べ飲み放題だった。

 なお、車内のVIP席の配置は、2席―1席とグランクラスと同じ。形状や白を基調としたシートのデザインも心なしか似ている気がする。おまけにこの座席は軽食付きで、列車がパダララン駅を出発するとパンとジュースが入った箱とミネラルウォーターを客室乗務員の女性が配って回っていた。しかしながら、乗り心地が良すぎるからかアッという間に到着。正直なところ、車窓の景色をゆっくり眺めるヒマもなかった。

◆“中国っぽさ”は終始皆無だった

 あと、気になったのは中国が建設を請け負ったのに、駅構内の看板には中国語の表示が一切なく、車内も含めたアナウンスでも中国語は流れなかった。そこが意外といえば意外だったが、その理由について「“中国色”を払拭したい」と伝える一部報道もあり、いろんな思惑があるのかもしれない。

 将来的には近郊に世界遺産で知られるボロブドゥール遺跡がある古都ジョグジャカルタ、東部にあるインドネシア第2の都市スラバヤを結び、ジャワ島横断の延伸計画があるウッス。延伸時期については未定だが、今度こそは再三にわたる延期なんてことにならないように予定通り開業してもらいたいものだ。

<TEXT/高島昌俊>

【高島昌俊】
フリーライター。鉄道や飛行機をはじめ、旅モノ全般に広く精通。3度の世界一周経験を持ち、これまで訪問した国は50か国以上。現在は東京と北海道で二拠点生活を送る。

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車両は中国製。同国の高速鉄道『和諧号』に似ている