―[ありのままの池袋]―


新宿・渋谷と並ぶ副都心の一つ、「池袋」。近年では再開発も進み、「住みたい街ランキング」の上位に位置するなど大きな変貌を遂げている。しかし池袋について書かれたものは意外と少ないはずだ。この連載では、そんな池袋を多角的な視点から紐解いていきたい。

◆池袋と渋谷の“コスプレ事情”を比べてみる

前回までは池袋と三島由紀夫の関係性について見てきた。その中で見えてきたのは、「コスプレの街」としての池袋の姿だ。2023年12月15日豊島区ふるさと納税の返礼品として「コスプレ体験」を提供するというニュースが報じられた。行政も一丸となってコスプレの街としての池袋を押し出していることがわかる。しかし、なぜ池袋はコスプレの街となったのだろうか。今回からは、「コスプレと池袋」というテーマについて、他の街との比較などを踏まえながら考えてみよう。

まず考察したいのは、池袋と同じくコスプレで有名な街である「渋谷」との比較である。特に日本におけるコスプレの中心的なイベントとなる「ハロウィン」に注目してその2つの街におけるコスプレについて迫っていこう。

日本でコスプレが本格的に流行したのは1970年代以降だといわれる。特に、1995年に放映され大人気となった『新世紀エヴァンゲリヲン』の人気も相まって日本にコスプレ文化が根付いていく。とはいえ、その時点ではコスプレ文化は「オタク」の趣味として捉えられることが多く、一般的なものではなかった。

◆徐々にエスカレートしていった渋谷のハロウィン

日本でコスプレ文化が一般に浸透していくときに大きな役割を果たしたのが「ハロウィン」だろう。今ではハロウィンの時期が近づくと、多くの小売店でコスプレグッズが売られるようになった。

日本でのハロウィンといえば、渋谷のことを思い浮かべる人も多いと思う。ITジャーナリストの篠原修司がYahoo!で公開した記事によれば、渋谷でハロウィンが初めて行われた記録は1987年に遡ることができるという。

最初は地元商店街の人々の立案で生まれたイベントであるが、徐々にそれが大きくなり、毎年10月31日ハロウィンの日には大勢の若者たちが渋谷に大挙するまでになった。大勢集まった若者たちは多くのトラブルを引き起こした。大量にゴミがポイ捨てされるようなことは序の口で、2018年には集まった若者たちがトラックを横転させるという事故も発生。人命が危険にさらされるほどの問題が発生するようになってしまう。

◆当初は地元を活気づけるはずのイベントだったのに…

そうした流れを受けての2023年。10月31日のニュースを見てみよう。「31日のハロウィン本番を迎えた東京・渋谷に、仮装して現れた人はまばらだった。渋谷区は「渋谷に来ないで」と強く呼びかけ、シンボルの「ハチ公」を“封印”し、警視庁は雑踏事故などを防止するため、機動隊員を動員」と産経新聞は報道している。

とうとう渋谷区ハロウィンの日にハチ公を封鎖し、ハロウィンの日に集まる若者たちを抑制しようとするまでになったのである。本来は、商店街が地元を活気づけようとして始めたハロウィンが、町おこしではなく、むしろ地域住民の安心で安全な生活を阻害する要因として批判の槍玉にあげられるようになったのだ。コスプレに対する地元住民の目線が厳しいものであることは想像に難くない。

◆「行政側が積極的」な池袋のハロウィン

一方、池袋はどうか。池袋でのハロウィンイベントは2023年で10年目を迎えた。徐々にその歴史が醸成されつつあるが、現在のところ、渋谷で見られたような行政との対立は起こっていない。むしろ、行政側も積極的にコスプレイベントをまちづくりの一環として受け入れ、積極的にハロウィンを含めたコスプレイベントを行っているようにさえ見える。

実際、2023年の「池袋ハロウィンコスプレイベント2023」のホームページを見ると、その共催には「豊島区 」「 豊島区商店街連合会 」、「 一般社団法人豊島区観光協会 」などが名前を連ねており、行政とタッグを組んでハロウィンにおけるコスプレイベントが実施されている様子がわかる。
 
池袋におけるコスプレイヤーのマナーの良さは(渋谷の場合と相対的に比較して、という意味も大きいのかもしれないが)、しばしば語られるところである。こうした参加者の態度が行政の積極的な協力を取り付けることにつながったのだろう。

◆渋谷は「1年に1回」だが、池袋は…

「継続的に行われてきた」ということが、池袋においてコスプレイベントが行政とのタッグを上手く組めることにつながっていそうである。少しずつ、でも、着実にコスプレに対するイメージを向上させてきた結果だともいえるだろう。

このように池袋におけるハロウィンはいくつかの理由で、渋谷とは全く異なる展開を迎えることになった。

ここで1点指摘しておきたいのは、渋谷においてハロウィンは「1年に1回」という頻度でしか行われない、ということだ。一方で池袋ではコスプレイベント定期的に行われている。この頻度の差は何を生むか。それは、「コスプレ」というものに対する特別意識の違いなのではないか。

つまり、渋谷ではコスプレはどこか特別なものとして扱われるのに対して、池袋ではコスプレはどこか日常的に見かけるものとして扱われる。その差が重要なのだと筆者は思う。いわば、「ハレの場のコスプレとしての渋谷」と「ケの場のコスプレとしての池袋」という対立軸があるのではないだろうか。

<TEXT/谷頭和希>

【谷頭和希】
ライター・作家。チェーンストアやテーマパークをテーマにした原稿を数多く執筆。一見平板に見える現代の都市空間について、独自の切り口で語る。「東洋経済オンライン」などで執筆中、文芸誌などにも多く寄稿をおこなう。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社)『ブックオフから考える』(青弓社)

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