遺言書は相続トラブルを避けるために重要な文書ではあるものの、形式を守らなければ無効となってしまうほか、「遺留分」の問題や、遺言書の内容を巡ってのトラブルが発生するといったケースも少なくありません。とはいえ、遺言書には親の本音を残せる「p.s.」のような記入欄があると、相続専門税理士である天野隆氏はいいます。税理士法人レガシィの共著『相続格差』より、遺言書作成のポイントについて詳しくみていきましょう。

効力のある遺言書は「3種類」ある

一口に遺言書といっても、いくつかの種類があり、効力のある遺言書には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があります。それぞれの特徴とメリット、デメリットを説明しましょう。

1.自筆証書遺言…費用がかからないが、無効になる可能性

本人が自筆で全文・日付・氏名を書いて捺印した遺言書です。メリットは、たいして費用がかからずに簡単に作成できることです。遺言書の内容や遺言書自体の存在も秘密にできます。デメリットとしては、記載に不備があって遺言書が無効になる恐れがあるということ。また、見つかりにくいところに保管しておくと、発見されずに終わってしまう可能性もあります。

自筆証書遺言を死亡後に開封するには、家庭裁判所の「検認」が必要です。これは、遺言書が存在していたことを相続人全員に知らせるとともに、遺言書の中身を確認して、それ以降の偽造や変造を防止する手続きです。

もっとも心配なのが、他人による偽造・変造です。その恐れがあるために、自筆証書遺言が本物なのかどうか、裁判で争われることがあります。そこで自筆証書遺言書保管制度ができました。法務局において適正に管理・保管されます。

2.公正証書遺言…不備のない遺言がのこせるが、秘密にできない

公証人役場に出向いて、公証人のほかに2人以上の証人が立ち会って作成する遺言書です。もっとも安全で確実な遺言書であるとされています。メリットは、記載に不備のない遺言書が作成できること。そして、滅失、隠匿、偽造・変造の恐れがないことです。家庭裁判所の検認の手続きは必要ありません。

デメリットは、内容を公証人や証人に言わなくてはならないことです。証人選びも難しい判断です。信頼できる知人のほか、弁護士や税理士などに依頼することもよくあります。また、作成費用もかかります。

3.秘密証書遺言…1と2の“ハイブリッド

自筆証書遺言の手軽さと公正証書遺言の安全・確実性を、ある程度併せ持つ遺言書です。遺言書の本文は自筆である必要はありません。専門家による代筆やワープロ文書でもかまいません。自筆で署名して捺印したうえで、封印した遺言書を公証人役場に持参します。そして、2人以上の証人の立ち会いのもとで、その遺言書の存在のみを証明してもらいます。

秘密証書遺言のメリットは、内容を秘密にしておけるという点です。内容を自分で書くために、気軽に取り掛かれるのもメリットです。デメリットは、自筆証書遺言と同じく、執行時には家裁の検認の手続きが必要になることです。

モメる原因になりやすい「遺留分」

遺言書があっても、それぞれの法定相続人には最低限受け取れる財産があります。これを「遺留分」と呼びます。例えば、遺言書に「遺産すべてを長男に相続する」と書いてあったとしたらどうでしょうか。長男以外の2人の取り分がゼロというのは気の毒です。そこで、最低限の分け前をもらう権利として、遺留分があるわけです。

遺留分は特別の場合を除いて、法定相続分の半分です。例えば、1億2,000万円の遺産を子ども3人が分ける場合、法定相続分は1人あたり4,000万円です。ですから、遺留分は2,000万円となります。

資産のほとんどが「不動産」の場合要注意

しかし、この遺留分をめぐって、しばしば争いが起きるのです。資産の多くが不動産の場合、ほかの人に遺留分をキャッシュで払えないことが珍しくありません。だからといって、土地を切り売りしたり分割したりするのは避けたいと長男が考えると、話し合いは難行します。

もし、長男が遺留分の支払いを拒否するならば、ほかの相続人は長男に対して1年以内に「遺留分侵害額請求」を起こして、遺留分を確保しなくてはなりません。

必ずしも「遺言どおり」の相続である必要はないが…

ところで、遺言で遺産の分け方が示されていても、相続人による遺産分割協議で別の分け方で合意すれば、遺言に従う必要はありません。

ただ、私の本音をいえば、それには違和感があります。というのも、資産の持ち主自身が分け方を決めたのですから、それを残された人たちが「違う。こっちのほうがいい」というのは筋が違うような気がするのです。

もちろん、モメることなく、「俺はこっちはいらないから、そっちを取ってくれ」「じゃあ、これをもらうから、あれは少なくていい」と遺産分割協議が進むのは合理的であり、悪いことではありません。でも、それは故人の遺志を反映しているとはいえないので、ちょっと寂しく感じるのです。

遺言書の「付言事項」は親から子への“ラブレター”

遺言書と聞くと、多くの人は遺産の分け方を書いた堅苦しい文書という印象を持っていることでしょう。確かに、そうしたドライな部分もありますが、そうでないウェットな部分もあることをご存じでしょうか。

それが、遺言書の「付言事項」です。遺言のメインの文章とは別に、親の本音ともいえる文章を書き込むことができる箇所です。付言事項のおかげで相続が丸くおさまったというケースも山ほどあります。

ですから、私たちが遺言書作成のお手伝いをするときには付言事項を重要視して、「思うことを何でもおっしゃってください。必ずお子さん方に伝えます」とお客様に前置きします。

例えば、娘さんに対して、「心優しい娘を持って私は誇りに思う」という一文を付言事項に含めるだけで、娘さんは胸がいっぱいになり、相続で争おうという気がなくなります。自分の存在が親から認められたと感じるのでしょう。「勘定」より「感情」が大切だということが、つくづくわかります。

やはり、子どもは親からの承認欲求が強いのだと思います。親にとっては当然ながら子どもを認めているのですが、それがうまく伝わらないと子どもは寂しい思いをしがちです。あるいは、きょうだいと自分を比較して、「自分は認められていない」とストレスを感じている人も少なくないようです。

遺言書ではないのですが、生命保険の外務員の方から似たような話を聞きました。生命保険外務員も私たち税理士と同じく、相続の場面で出番があるので、故人の言葉を子どもたちに伝えることがあるそうです。故人は話し好きだったようで、子どものことをよく話していたそうです。

そんな会話の内容について子どもにメモを見せながら、「お父さまは、あなたが本当に優しい息子だと自慢していらっしゃいましたよ」と話すと、子どもは大粒の涙をボロボロとこぼして、「この保険金をもらえるだけで私は十分だ」と家族に向かっていったのだそうです。

こんな話はいくらでもあります。付言事項は、親から子へのラブレターといってよいかもしれません。相続で一番大切なのは思いを伝えることで、財産を承継させることは二の次だということを感じます。

もう1つ、医者という家業を継がなかった長男に対する遺言書の付言事項を紹介しましょう。次男が家業を継いだのですが、長男にとっては自分が継がなかったことにコンプレックスを感じていたようです。そんな長男の心を推し量って、父親はこんな付言事項を残しました。

「私が脳の手術を受けたとき、一番先に飛んできてくれて家族を仕切ってくれた。そんな息子を持てたことを誇りに思う」

これで、長男の気持ちが晴れやかになったことは疑いありません。医者に限らず、子どもが家業を継いでくれると、親はうれしくて舞い上がって、知らず知らずのうちに、その子をちやほやしがちです。でも、継いでいない子への配慮を忘れてはいけません。付言事項は人生最後の配慮の手段といってよいでしょう。

天野 隆/税理士 税理士法人レガシィ  

(※写真はイメージです/PIXTA)