多くの人が頭を悩ませる「親の介護」問題。過去内閣府が行った調査(高齢社会白書:平成30年)では、73.5%が自宅での介護を望む一方、介護する側の負担も大きいことから、近年「老人ホーム」など介護施設を利用する人も増えています。しかし、介護施設も「入所さえできれば安心」とは限りません。株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが、事例をもとに高齢者施設を選ぶ際のポイントを解説します。

年収450万円・独身のAさん…母親が転倒し「要介護」に

Aさん(50歳)は中堅の卸業者に勤めており、年収は450万円です。

両親は小さいころに離婚し、母は女手一つでAさんを育ててくれました。そんな母親の背中を見ながら育ったAさんは仕事にも熱心で、気がつけば独身のまま50歳を迎えました。Aさんは現在、84歳の母と一緒に住んでいます。

そんなある日のことです。母親が自宅で転倒し、骨折してしまったのです。

しばらく入院が必要となり、「要介護3」の要介護認定を受けました。そこでAさんは、母の退院後、仕事と介護の両立を決意。

母親思いのAさんは、当初「お金もかかるし、世話にもなったから、お母さんのことは私ひとりでなんとかするしかない」と頑張っていましたが、日々の仕事に加え心身ともに負担のかかる介護が加わり、徐々に追い詰められていきました。

数ヵ月後、「もう、働きながら介護するのは限界だわ……」介護離職を決心したAさんは、職場の上司に退職したい旨を相談。すると上司から、「そうか、大変だったね。退職する前に、まず地域包括支援センターやケアマネージャーへ相談してみたら?」と勧められました。

これまで、母に関することは誰にも相談できず、1人で抱え込んでいたAさん。「そんな方法があるんだ」と思い早速相談に行ったところ、「お母さまが要介護3であれば、特別養護老人ホーム(以下、「特養」)に入居することができますよ」と教えてもらいました。

特養は、他の高齢者施設に比べて費用が抑えられるほか、24時間体制で生活全般の介護を受けられるなど多くのメリットがあります。そのため、競争率が高く、入居の申し込みをしてもすぐには入居できないケースが少なくありません。

一連の説明を受けたAさんは、「そんなにメリットがあるのなら、たとえ待ってでも特養に入りたいです」と話し、早速申し込みました。

そして、入居できるまでは上司の理解を得て、有給を使いながらなんとか介護生活を続けることに。すると申し込みから数ヵ月後、Aさんのスマホに連絡が。ついに待望の入居が決定したのです。

「これで介護生活から解放される……!」Aさんはほっと胸をなでおろしました。

しかし……。

Aさん思わず絶句…入居からわずか半年で「退去願い」

入居から約半年後、施設から「お伝えしたいことがあるのですが」と呼び出しを受けました。心当たりのないAさんが不安を抱えながら赴くと、施設長は次のように言います。

お母さまの介護度が下がったので、退去してほしいのですが」。

聞けば、要介護3だった母親は施設で生活をしているなかでADLが向上し、要介護2になったそうです。

※ ADL……“activities of daily living”の略称で、日常生活活動、日常生活動作のこと。日本リハビリテーション医学会の定義では、「一人の人間が独立して生活するために行う基本的な、しかも各人ともに共通に毎日繰り返される一連の身体動作群」とされる(日本大百科全書より)。

母の状態がよくなったのは喜ばしいことですが、「またあの辛い日々に逆戻りするのか」と思うと、不安と絶望感でいっぱいに。Aさんは思わず絶句してしまいました。

特養へ入居中に「要介護2」となった場合の対応は?

今回の事例では、84歳のお母さまが骨折してしまい、入院中に要介護認定を受けました。入院直後に要介護認定を受けると状態が悪く介護度が高くなりやすいため、退院後に再び要介護認定を受けると介護度が下がることがあります。

また、特養は要介護3以上でなければ入居できませんが、入居後に介護度が下がった場合には、今回のように退所を迫られることがあります。

急に退所を迫られても、すぐに次の入所先が見つかるわけではありませんし、生活場所やスタイルが変わればお母さまご本人にもAさんにも心身ともに大きな負担がかかります。

したがって、今回のように特養へ入居中に介護度が下がった場合、下記の5つの対策をとることが考えられます。それぞれ詳しくみていきましょう。

1.不服申し立て

2.区分変更申請

3.要介護1・2の特例入所の確認

4.在宅介護の検討

5.入所施設の検討

1.不服申し立て

「不服申し立て」とは介護保険審査会に対して行うもので、介護認定を取り消して再審査をしてもらう手続きのことをいいます。今回の事例では特養に入居後に介護度が下がってしまったお母さまですが、再審査によって介護度が3以上になる可能性はあります。

申請に必要な書類は、審査請求書、添付書類、委任状などです。

ただし、要介護認定を正確にしてもらうためには、調査員との面談時に「介護の状況や困っていることについて具体的に伝える」「面会時には見られていない症状も伝える」ことが大切です。

毎日の介護は介護者からすると『日常』となっているため、調査員に対して情報提供が不足することがあり、日々行っている介護の内容が過少に伝わることで介護度が低くなることがあります。「普段、どのような介護をしているのか」をなるべく客観的に具体的に伝えるようにしましょう。

2.区分変更申請

「区分変更申請」とは、現在の要介護認定が現状に見合っていないと感じたときに、要介護認定の再調査をしてもらう手続きのことをいいます。申請に必要な書類は、役所の窓口やインターネットで取得することが可能です。

不服申し立てでは手続きに時間がかかるため、代わりにこちらの区分変更申請を行うこともあります。

不服申し立てと同様、認定調査の面談時には、調査員に介護の現状や大変さしっかりと伝えることが重要です。

要件に当てはまれば「要介護1~2」でも特養に入居可能

3.要介護1・2の特例入所の確認

不服申し立てや区分変更申請をしても要介護3以上にならず、要介護2と確定した際には、「特例入所」の要件を確認しましょう。下記の要件に当てはまる場合、要介護1や2であっても特養に入所することが可能です。

認知症で日常生活に支障をきたすような症状が頻繁にみられる。

②知的障害・精神障害などがあり、日常生活に支障をきたすような症状が頻繁にみられる。

③家族などから深刻な虐待が疑われ、心身の安全の確保が困難な状態である。

④単身世帯であり、同居家族が高齢または病弱であるなど家族からの支援が期待できず、かつ地域での介護サービスや生活支援の供給が不十分である。

今回の事例の場合、Aさんのお母様は、認知症や知的障害などは発症しておらず、Aさんは虐待どころかいつも献身的に母親の介護をしていたため、特例入所の条件を満たすことはできません。

そのため、先述の不服申し立てや区分変更申請をしても要介護3以上の判定を受けられなければ、自宅で介護をするか、もしくは他の高齢者施設の利用を検討しなければなりません。

4.在宅介護の検討

特養を退去せざるを得ない状況となった場合には、Aさんの負担を減らすため、訪問介護や訪問入浴、デイサービスなどの在宅で利用できる介護サービスを検討するといいでしょう。

上記のような介護サービスに加え、宅食サービスを利用するなど、Aさんが仕事をしているあいだに母親の様子を見てもらえるように工夫すれば、Aさんがすべてを担っていたときに比べればいくらか負担を軽減することが可能です。

介護サービスの利用にあたっては、ケアマネージャーと打ち合わせを行い、母親の現状に合わせてAさんご自身の悩みも素直に伝えましょう。介護離職はリスクが大きいため、介護サービスの力を借りて介護離職を避けることが理想です。

5.入所施設の検討

自宅での介護が難しい場合や、資金に余裕がある場合、民間の入所施設を利用するという選択肢もあります。

施設に入所すれば、これまでどおりAさんは仕事に専念することができます。ただ、安易に利用してしまうと介護の長期化で資金が底を尽きてしまうことがあるため、毎月かかる費用と手持ちの資産と収入を確認したうえで、資金計画をしっかりと練る必要があります。

施設選びの際に大事にしたい「5つ」のポイント

高齢者施設を選ぶ際は、下記のポイントに着目するといいでしょう。

1.日々を快適に過ごせるのか?

2.終の棲家になるのか?

3.退去しなければならない条件は?

4.医療機関との提携はあるのか?

5.家族との面会は可能か?

施設によっては入居時に多額の一時金が必要なことがあります。そのため入居してから「こんなはずではなかった」と別の施設へ転居しようとすると、思わぬ費用が発生します。

入居前には施設の見学や体験入居を行い、自分に合っているか、病気や障害があっても最後まで過ごせるのか確認をしておきましょう。またこの際、「医療機関との提携の有無」の確認はとても重要です。

またAさんとお母さまのように親子関係が良好な場合は、「夜間や土日の面会が自由にできること」や「Aさん(子ども)の自宅から近場にあること」などもポイントになります。

介護の問題はいずれ多くの方が経験することですが、いつやってくるかわかりません。したがって、いざというときに慌てないよう、介護サービスや施設などの情報を事前に収集しておきましょう。

また自分ひとりで調べるのには限界がありますから、早めに専門家であるケアマネージャーや地域包括支援センターに相談することをおすすめします。

武田 拓也

株式会社FAMORE

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)