パリで生まれた印象派は、海を越えて世界へと伝わった。1898年の開館当初から印象派の作品を収集してきたアメリカ・ウスター美術館のコレクションを中心に、アメリカや世界各国での印象派の展開を紹介する展覧会「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」がスタートした。

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文=川岸 徹 

当初は売れなかった印象派

 印象派と聞いて真っ先に浮かぶ都市は、やはりパリだろう。19世紀半ばのフランス美術界。若い画家たちは、従来の伝統や格式にとらわれない新しい絵画表現を模索。当時の絵画の主役であった歴史画(物語画)ではなく、近代化により変わりゆく都市風景やその時代を生きる人々を、明るい色彩を用いて描き出した。

 だが、そうした革新性豊かな新しい絵画は、当時の美術界を牛耳っていたサロン(官展)から拒絶されてしまう。サロンに出品しても、作品はことごとく落選。そこでモネ、ルノワール、ドガ、ピサロらは一致団結し、自分たちの手で展覧会を開くことを決意する。1874年4月15日、パリにある写真家ナダールのアトリエにて「画家、彫刻家、版画家などによる共同出資会社の第1回展」、現在では「第1回印象派展」として知られる記念すべき展覧会が開幕した。

 こうしてパリで産声をあげた印象派。では、人気に火が付いたのもパリなのだろうか。実は、本国フランスでは印象派の作品の売上はぱっとしなかったらしい。1874年の第一回印象派展から10年以上経っても人気に火が付かず、彼らの作品を扱っていた画商デュラン=リュエルはほとほと困り果てていたという。

 

新しい市場・アメリカに注目

 そこでデュラン=リュエルは新しい市場を求めてアメリカに進出。1886年にニューヨークで展覧会を開催したところ、これが大当たり。アメリカはフランスに比べて歴史が浅いぶん、新しいものを受け入れる柔軟性がある。さらに当時アメリカでは、自然豊かな風景や農民の姿を描いたバルビゾン派の絵画が流行っていた。屋外でのスケッチを重視する印象派の絵画を受け入れる土壌が整っていたのだ。

 印象派に魅せられたアメリカの画家たちはフランスへ渡り、理論や技法を学び、母国へと持ち帰った。帰国した彼らはアメリカらしい風景を求め、コネティカット州コス・コブやオールド・ライムなど自然豊かな地に芸術家コロニーを形成していく。1898年にはアメリカの印象派グループといわれる10人の画家たちが「テン・アメリカン・ペインターズ」、通称“ザ・テン”とよばれる展覧会を開催。ザ・テンは20年にわたって毎年開催され、アメリカ印象派の存在は広く知られるようになっていった。

グローバルな視点で印象派を楽しむ

 東京都美術館で開幕した展覧会「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」。アメリカ・ボストン近郊に位置するウスター美術館のコレクションが中心で、同館が1898年の開館当初から力を注いで収蔵してきた印象派の作品を鑑賞することができる。

 アメリカの美術館による印象派コレクションだけに、そのレンジは幅広い。モネ、ルノワールといったフランスの印象派、ドイツや北欧の作家、国際的に活躍したジョン・シンガー・サージェント、そしてアメリカ印象派の作品群。印象派がフランスに留まらず、世界各地へと広がっていく過程を追体験できる“ドキュメント”ともいえる展覧会だ。

 さて、印象に残った作品をいくつか。まず、クロード・モネ《睡蓮》。モネが手がけた一連の《睡蓮》は印象派を代表する作品としてあまりにも有名で、何度も見たことがあるという人も多いだろう。本展ではウスター美術館が《睡蓮》購入に際してデュラン=リュエル画廊とやりとりした手紙や電報(複製)が公開されていて、それが興味深い。「美術館の理事会は作品1点の購入を承諾したが、2点とも購入できるよう説得する」「決断の期限と支払いの延期について了承した」。そんな生々しいやりとりから、《睡蓮》をコレクションに加えたいという美術館の強い思いが感じられる。

 北欧の画家では、スウェーデン出身のアンデシュ・レオナード・ソーン。彼は肖像画家として知られるが、パリに滞在し印象派の技法を習得した。本展の出品作《オパール》では絵具を混ぜずにカンヴァス上に並べていく「筆触分割」という印象派特有の技法を用いて、湖に反射する光や木漏れ日を柔らかく表している。

アメリカ印象派の画家ハッサムを知る

 アメリカ印象派では、チャイルド・ハッサムがいい。本人は印象派という呼び方を嫌っていたというが、アメリカ印象派を代表する画家として高い評価を獲得し、「アメリカのモネ」と紹介されることも多い。本展覧会では4作品を公開。《花摘みフランス式庭園にて》はパリの友人宅を描いた作品で、非対称の構図、力強い筆づかい、明るく華やかな色調など、印象派の要素がふんだんに盛り込まれている。

 ハッサムの他の3点も見ごたえがある。ボストンの都市風景を描いた《コロンバス大通り、雨の日》、モネの影響を感じさせる・・・というかモネの作品と言われても納得しそうなほどモネ的な《シルフズ・ロック、アップルドア島》、落ち着いた趣をもつ室内画《朝食室、冬の朝、ニューヨーク》。ハッサムの多彩な世界観に触れることができる。

 実際のところ、フランス以外の印象派はあまり知られていないのが現状。モネやルノワールのような超ビッグネームが不在で、展覧会の開催数も多くはない。ただ、気になる画家はいるし、フランスの印象派にはない新しいチャレンジを感じさせる作品もある。本家パリの「先」を見ることで、印象派がより奥深く楽しいものになってくる。

This exhibition was organized by the Worcester Art Museum

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チャイルド・ハッサム《コロンバス大通り、雨の日》1885年 油彩、カンヴァス ウスター美術館 Bequest of Mrs. Charlotte E.W. Buffington, 1935.36/Image courtesy of the Worcester Art Museum