冷戦期、70年代のソ連領エストニア。兵役を終えようとしている二等兵セルゲイは、パイロット将校のロマンと出会い恋に落ちる。だが、当時は同性愛が法的に禁じられており、彼らの関係は彼らだけの秘密。そんな中、上官のズベレフ大佐はふたりの関係を怪しみ……。

無名の俳優セルゲイ・フェティソフによる回想録を基に紡ぎ上げた感動作『Firebird ファイアバード』。2021年にエストニアで公開された本作は大ヒットを記録し、2023年の同性婚法案議決にも影響を与え、エストニアバルト三国旧ソ連領としては初めての同性婚承認国となった。回想録に突き動かされ、映画化にこぎつけることに成功したペーテル・レバネ監督、彼に呼応し共同脚本と主演を買って出たトム・プライヤー、そしてロマン役を演じたオレグ・ザゴロドニーが本作の日本公開の直前に来日、「ぴあ」では映画連載でもおなじみのLiLiCoさんとの対談が実現した。

2月9日(金) 公開 映画 『Firebirdファイアバード』本予告

「ストーリーの方から僕のところにやってきた感じ」

LiLiCo セルゲイ・フェティソフさんの回想録と出会ってから映画にするまでのプロセスを教えてください。

ペーテル・レバネ監督 僕が探したわけではなく、ストーリーの方が僕のところにやってきた感じですね。まず2011年のベルリン映画祭に参加していたとき、エストニアの映画祭のディレクターから紹介された人に、この『ロマンについての回想録』を渡されました。一気にこれを読み終えて、映画にしようと思ったんです。

当時の私はミュージックビデオを数々手掛けていましたが、長編映画はまだやったことがありませんでした。このストーリーを読んで、初長編監督をするならばこれしかない、と思ったんです。それと同時に、LAに住んでいるプロデューサーが、トム(・プライヤー)を引き合わせてくれました。それで、彼にこの話を読んでもらい意気投合。映画化に向けて一気に動き始めたんです。

トム・プライヤー ペーテルと意気投合してから、いくつかのシーンを仮に撮ってみました。セルゲイとロマンが写真を現像するシーン、ロマンの結婚式のシーン、それとセルゲイが母親を訪ねていくシーンです。

セルゲイを演じたトム・プライヤーは1990年英国生まれの俳優・脚本家・プロデューサー

レバネ監督 トムと出会ったのは2014年でしたが、それから2年間はそのようにして脚本を練ったり、セルゲイに会ってインタビューを重ねたり、パイロット版の撮影をしたりで、2年があっという間に過ぎたんです。セルゲイがお母さんのところに行くシーンはもったいなかったんですが、本編には入れてません。

LiLiCo オレグさんはこのふたりが築き上げたものと出会ってどう感じました?

オレグ・ザゴロドニー 本当に好きな物語でしたし、出会えて嬉しかったですね。私がロマンを演じることになったのはオーディションがきっかけでした。そのときは、実は細切れの情報しかなかったんですよ。ソ連のパイロット将校が二等兵と出会い、ロマンスがある、という程度。ラブストーリーだということくらいしか知りませんでしたし、オーディションでも2シーンだけ脚本をいただいて演じたんです。でも、合格してから脚本を全部読み、驚きました。こんなにも大きな役だと思っていませんでしたし、役者として大きなチャレンジになると確信しました。

ロマンを演じたオレグ・ザゴロドニーは、1987年ウクライナキーウ生まれ

レバネ監督 実はキャスティングは本当に難しかったんですよ。トムとふたりで共同執筆を重ねて、僕たちのイメージしているロマンがあったんですが、オーディションでは全く現れなかったんです。それこそ世界中からデモリールが送られてきて、それを何カ月も吟味していたんですけどね……。

LiLiCo えー! ではどうやってオレグさんを……。

プライヤー キャスティングディレクターを務めたベアトリスクルーガーさんのおかげです。彼女はローマを拠点にしているドイツ人なんですが、彼女がドイツロンドンモスクワでのオーディションを行ってくれたんです。それで、モスクワで行った2日間のオーディションでオレグを見つけることができました。

オレグだけではなく、ルイーザ役のダイアナ・ポザルスカヤさん、セルゲイとロマンを調査するズベレフ少佐役のマルゴス・プランゲルさんもそこで見つけることができました。

レバネ監督 マルゴスさんはエストニアコメディ中心に活躍する俳優さんなんですが、実はソ連時代にはパイロットを務めていたそうで。実際にあの時代に兵役を務めている人から話をうかがえたのもラッキーでした。

LiLiCo むちゃくちゃイヤなキャラでしたけど、そうかコメディアンだったんだ……。びっくり。

「衣装の軍服は忠実に再現されているんですが、着心地は……」

LiLiCo オレグさんにうかがいたいんですが、役者としてチャレンジだった思い出は?

ザゴロドニー 一番強く記憶に残っているのは、やっぱり戦闘シーンです。グリーンバックの撮影だったので、実際にどんなふうになっているのか分からなかったんですが、完成版を観てバルト海をバックにしていたんですね。それが非常に印象的でした。また、セルゲイと一緒に暗室で現像した写真を見ているシーンも美しいですよね。

LiLiCo そのシーンは本当に素晴らしいですよね。

ザゴロドニー 実はあのシーンはセリフを書き換えてもらったんですよ。セルゲイとふたりでなにげなく冗談を言い合いながらも、彼らの気持ちがどんどん近づいていくドキドキ感を出すために、私たちがしゃべりやすいように変更をしてもらいました。

LiLiCo あそこは自分の心音が聞こえるくらいにドキドキしました。だって、その後KGBが乗り込んでくるんだもん(笑)。暗室もそうですし、冒頭の湖のシーンなどもそうですが、物語ゆえに暗めのライティングや印象的な色合いが多いですよね。

レバネ監督 それについては、ちょっとだけ話を戻す必要があります。セルゲイ本人……彼は2017年に亡くなってしまったんですが、彼と一緒に過ごした3日間が本当に貴重で素晴らしい機会だったんです。実話のモデルとなる本人からのインプットがあることがこんなにも貴重なことだとは、と感謝しています。

モスクワ郊外で会ったそのときは、ジョージア料理のレストランに行ったりロマンと一緒に映った写真を見せてもらって泣いてしまったことを覚えています。そのときに得られた情報が、色にも反映しているんですよ。

というのも、当時同性愛は社会的に禁じられて許されないことであり、それを映像で表現するためには色調のコントラストが必要だったんです。そのアイデアは撮影監督のマイト・マエキヴィさんから。彼はアンドレス・タルコフスキーの撮影監督をしていたヴァディム・ジュソフに師事した人で、タルコフスキーの色調の影響を大きく受けているんですね。たとえば、セルゲイとロマンのプライベートな空間では柔らかな黄色味、彼らが公の場にいるときは青、といった工夫をしています。

LiLiCo なるほど、美しいだけでなく意味も持たせたんですね。トムさんとオレグさんは役作りのためにされたことは?

プライヤー 髪の毛の長さや洋服の着こなしなどのルックも大事ではあったんですが、時の経過をどう見せるかが勝負でした。セルゲイは軍を除隊したあと、鮮やかな色調の洋服を着ています。が、前半の軍人時代は軍服ですし、とてつもない閉塞感がある。このコントラストをつけるために、ビジュアル的な見せ方とともに内面から湧き上がってくる感情面で非常に苦心した覚えがあります。

それとともに、監督がおっしゃったとおり、現場のライティングやセットの色味はとても役に立ちました。私たちが書き上げた脚本のイメージどおりにしてくれた監督とマイトさんには大感謝ですね。

LiLiCo 影響を受けた作品などはあったんですか?

プライヤー トム・フォードの『シングルマン』の色の使い方や、ウォン・カーウァイの『花様年華』ですね。どちらも大好きな作品なので、インスピレーションを得て脚本にしています。

ザゴロドニー 僕はほぼ軍服でしたからね。すごくバチッとしていて、見た目はいいんですが……実は着心地はあまりで(笑)。衣装の方が用意してくれたあの軍服は、当時の素材で作られたかなり忠実に再現したものなんですよ。そのせいか、見た目はいいんですが、とても堅苦しい。それもまた、生きにくい時代を反映していたんですね。

セルゲイとのロマンスや社会情勢だけでなく、将校だと軍の規律以外にもたくさんのルールに縛られていますし、現在とは比べ物にならないような環境です。役作りのために、NATOの基地にうかがい、兵士の人たちから軍における規律などを学んだことは、内面も外見も軍人になるために役立ちました。

プライヤー 私も物語の前半で着ていますが、あの軍服にはいくつかのバージョンがあるんですよ。軍人ルックでバシッときめるときはとてつもなく着心地の悪いカチッとしたバージョン、その一方で匍匐前進の訓練をしているときに着ているのは、ドロドロになってもいいような作業服的な感じ、と。個人的にはミリタリールックは好きなスタイリングなんですが、役作りとなると全然違いますね。

あと、ブーツに特徴があるんですよ。見た目はとてもかっこいいし、立ち居振る舞いを左右する小道具の側面もあるので、かなりこだわって作り込まれています。……が、これもまた履き心地は悪い(笑)。とにかく衣装部の人たちが細部にまでこだわって作り込んでくれたことには感謝しています。

「実は姉が日本の小学校で英語を教えていたんです」

LiLiCo ちなみに皆さん、日本は初めてでした?

ザゴロドニー 初めてです。日本の印象といえば、ソニーPanasonicのテレビ、インターネットで見るポップカルチャーのイメージくらいしか持っていなかったんですが、実際に訪れてみるとまるで別世界にいるようですね。すっかりお寿司にハマりましたよ。特にイワシ(笑)。

レバネ監督 私は2回目です。7~8年前に初めて来たときは、富士山に登り、京都と東京に滞在し、温泉にも行きました。本作のセカンドユニットの撮影監督がロンドンに住んでいる友人なんですが、日本人なんですよ(※浅沼ダンクロウ)。彼にそのときの旅程を助けてもらいました。

そのときから感じているのは、物理的ななにかではなく、日本における精神性みたいなところに自分が呼応していることです。本作の日本版ポスターひとつとっても、オリジナル版とは全然違うけど、作品を正しく伝えるために特別に作ってくれてますし。なにごとにもプレゼンテーションを丁寧にこだわるところは、とても共感しています。

プライヤー 私は3回目の来日になります。前回はほとんど時間がとれなくてすぐに帰国しなければならなかったので、今回の来日は楽しみでした。とにかく食べることが好きなので、食事に出かけることが最高の楽しみ。

監督と同じことになってしまいますが、どこもかしこも細かいところにまで気を配られていることには驚かされますね。たとえばスターバックスでも、めちゃくちゃ丁寧にサーブしてくれますし、包装パッケージも美しいですし丈夫。

ザゴロドニー そうそう。どこも清潔で作りがすごい。びっくりしました。なんせ、日本のイメージが、父が初めて買ってきたソニーのテレビくらいだったから。そのとき父は給料の3~4カ月分をつぎこんだんですが、「きっとこのテレビは自分より長生きする」って言ってましたよ(笑)。

プライヤー 実は10歳年上の姉が日本の小学校で英語を教えていたんです。彼女はそのときの生徒さんと文通をしていたんですよ、エアメールで。そのとき、きっとテレビ電話は日本が最初に作るんだろうな、なんて、未来的なイメージも持っていましたね。

レバネ監督 私はやはり映画から日本の印象をもらってます。黒澤明監督の作品や宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』など、自然とスピリチュアルなもの、それにテクノロジーがある国、と。自然とITが特徴のエストニア人としては近しいものを感じています。

取材・文:よしひろまさみち
撮影:源賀津己

Firebird ファイアバード

公開中

(C)FIREBIRD PRODUCTION LIMITED MMXXI. ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

左から、ペーテル・レバネ監督、LiLiCo、トム・プライヤー、オレグ・ザゴロドニー