起業をするときに、トップダウン・リサーチとボトムアップ・リサーチのどちらを優先すればよいのだろうと思ったことはありますか? 実は、ボトムアップ・リサーチの方には優位性があります。名門ブラウン大学で最高評価の講義「アントレプレナリアル・プロセス」の神髄を1冊にまとめた著書『すべては「起業」である: 正しい判断を導くための最高の思考法』(早川書房)より、ダニー・ウォーシェイ氏が解説します。

トップダウン・リサーチだけに頼らないワケ

私が世界中で出会う起業家の大半は、まずトップダウン・リサーチを行なうと言う。自分の選んだ業界の規模や成長スピードについて、誰かがまとめてくれた2次調査をさがす。そして論理的に区分けする方法をさがす。たとえばドッグ・フード、キャット・フード、イグアナの餌、馬の餌、というように。彼らはすでに存在する競争に目を向けている。

この種の調査は必要だが、決して十分ではない。そして起業を志す人がそこでやめてしまうと有害でさえある。“専門家”が行なってまとめてくれた2次調査があれば他に何もいらないと考える。成功する起業家はクリエイティブな推論を行なえるものだが、他人の調査で満足する人にはそれができない。この間違いは高くつく。

トップダウン・リサーチは、私たちの思考を制限する。それは既存の市場における活動を測定するもので、いまあるものを教えてくれるだけだ。あってもおかしくないもの、あるべきものはわからない。公的なソースから発信され、誰もが入手できるため、競争上の優位性をもたらしてはくれない。

もしキャスパー社のルークとニールが、マットレス業界に関するトップダウン・リサーチの統計的な情報だけに頼っていたら、何がわかっただろうか。その世界市場が300億ドル規模であること。毎年2%の成長を続けていること。昔ながらの販売・流通方法を完成させた、リソースの豊富な少数の大手企業が圧倒的に優位であること。これらはすべて、既存のマットレス会社や、マットレスの起業を志す人たちでさえ入手できる情報だ。しかしこれだけでは、睡眠関連やマットレス購入時の満たされていないニーズについて、新たな創造につながる見識を得ることはできなかっただろう。まだ誰も気づいていないアイデアを見つけるには、他のものが必要だったのだ。

サー・ケンジントンズ調味料会社を共同創設し、1億4,000万ドルでユニリーバに売却した、スコット・ノートンを思い出してみよう。もしスコットが、世界のケチャップ市場は41億5,000万ドルで、年間3.8%の成長率を示し、マットレス業界よりもさらに強固な、少数の大企業とハインツというトップ企業に支配されている業界という、トップダウンの統計データのみに頼っていたら、どんな結論を出しただろうか。繰り返すが、ウェブ上で数秒のうちに見つかる、こうした調査だけでは、消費者が直面する問題について、スコットが画期的なアイデアを思いつくことはなかったはずだ。

ボトムアップ・リサーチを行う必要性

ハインツ、コナグラ、デルモンテなど、ケチャップ業界の大手企業はすべて、これと同じデータどころか、はるかに多くのデータを持っている。だからスコットが自分だけのアイデアを得るには、やはり他のものが必要だった。トップダウン・リサーチでは「発見・解決・拡大」起業プロセスの最初の段階で競争的優位性を得られないならば、それを与えてくれるものは何なのだろうか。

私が人々に何が欲しいか尋ねていたら、きっともっと速い馬が欲しいと言っただろう。──ヘンリーフォード

ボトムアップ・リサーチとは、直接的な情報収集を優先して2次的な分析を避け、消費者やサプライチェーン全体を観察し、消費者の声に耳を傾ける手法である。消費者が直面している問題を知るには、消費者が必要だと言う以上のものがいる。それによって消費者が実際に求めているものが明らかになる。

ヘンリーフォードが述べているように、消費者が欲しがっているものが、本当に求めているものとは違うことはよくある。そのときの経験が消費者の視野を狭めるためだ。ボトムアップ・リサーチの手法は、私たち自身がこのプロセスに持ち込んでしまうバイアスを抑えられるようにもなる。

(※写真はイメージです/PIXTA)