昨年12月に『アニメ産業レポート2023』が刊行された。

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あらためて紹介するとこのレポートは「アニメ産業の調査及び統計・分析を行っており、調査結果を内外に広く発信することを目的」(日本動画協会公式サイトより)に、2009年から刊行されている、日本のアニメ産業に関する統計である。逆にいうと、2009年までは、アニメ業界内で調査を行う産業統計が存在しなかったのである。だから、このレポートは現在もアニメ業界の産業面を知るための、もっとも基本的なデータとして非常に重要な役割を担っている。  

もちろん私企業のさまざまな数字を取り扱うので、推計になっている部分もある(そのあたりの算出方法などは必要に応じて同書を参照していただきたい)。しかし、マスに向けメジャーなチャネル(テレビや映画館等)で流通するアニメは、ビジネス的な外枠がその内容に与える影響は大きい(例えば深夜アニメはまずその枠の成立が先にあり、その結果、“深夜アニメに向いている原作・企画”がセレクトされるようになった)。その点でも、産業の現状からは目を離すことができない。  

同レポートは、前年のデータを整理して当年秋から冬にかけて発刊するという形をとっている。だから今回の『アニメ産業レポート2023』には2022年のアニメ産業のデータがまとめられている。今回は、同レポートの中でも興味をひいた映画の興行収入の話題を中心に紹介しつつ、そこからなにが考えられるかを記してみたいと思う。以下、引用する数字は同レポートによるものだ。  



まず確認しておきたいのはアニメ産業レポートが発表する大きな数字は2つあるということ。  

ひとつは、アニメ産業市場(広義のアニメ市場)。これは、エンドユーザーが支払ったお金の総計。例えば「映画」であれば、劇場映画の興行収入(入場料の総合算)がそこに入るし、「遊興」であればアニメを扱ったパチンコ台などの出荷高(ホール側がパチンコメーカーに支払った額)がカウントされる。おおざっぱにいえば、映像そのものに支払われたお金だけでなく、関連アイテムにどれだけお金が支払われたかをまとめたものだ。  

2022年はこのアニメ産業市場(エンドユーザーの支払総額)は、2兆9277億円。アニメ(関連)産業がコロナ禍からの回復基調にあるとはいえ、2021年を上回り3兆円に迫る過去最高の数字となった。  

もうひとつは、アニメ業界市場(狭義のアニメ市場)で、これは製作(企画・出資まわりを担当する企業)と制作会社(映像を作る会社)の売上を集計したもの。  
2022年のアニメ業界市場(製作・制作会社の売上の総計)は3407億円で、こちらも過去最高となった。これは背景に制作費の増加や、制作印税の設定や増加など、制作ライン確保のため受託の条件が向上していることは反映された数字だと指摘されている。ただし予算等の条件が向上すると同時に、制作のためにかかる費用も上昇しているのも実情である。  

アニメ産業市場で、前年に対し一番大きな伸びとなったのはライブ(アニメ関連のライブ、イベント、2.5次元ステージ、展覧会、コラボカフェ等)で、972億円(前年比170.2%)と大幅な上昇を見せている。これは新型コロナウィルス感染症の流行により、大幅にシュリンクしていたこのジャンルが、対策の変化などにより、ようやく息を吹き返した、ということがいえる。さらにコロナ以前の2019年の844億円と比べても15.1%の増加であり、このような「作品本体ではなく、作品にまつわるものを楽しむ文化」は確実に拡大をしつつあることがうかがえる。  

次に伸びているのが映画で、アニメ映画興行収入は785億円。コロナ前は2019年に694億円を売り上げているが、それと比べても100億円近くの伸びがある。これは大型のヒット作が並んだ影響で、作品を列挙すると次のようになる。なお※は、2022年から2023年1月3日までの集計で、その後ろの数字が総計(レポートには「2022年以外の上映期間を含む興行収入」とあるが、本文記述から2023年8月末ごろの数字と思われる)だ。

ONE PIECE FILM RED』(189億円※ 197億円)
すずめの戸締まり』(113億円※ 131.1億円)
名探偵コナン ハロウィンの花嫁』(97.8億円
劇場版『呪術廻戦 0』(80億円※、138億円)
THE FIRST SLAM DUNK』(67億※ 148億円)  



この5つの大ヒット作で、アニメ映画の興行収入の7割を占めており、過去最高の興行収入をとなった最大の原因であろう。2020年の『劇場版「鬼滅の刃無限列車編』以降、アニメ映画のヒットがさらに大型化した印象があるが、その印象は2022年のこのヒット群(劇場版『呪術廻戦 0』の封切りは2021年12月24日だが)のによるものが大きい。5作のうち3作が「少年ジャンプ発」であるのも印象的だが、スタジオジブリ一強だった、2000年代までとはまったく異なる状況になっている。同レポートは「ヒットの多様化と巨大化が進んでいる」と記している。  



以下、私見を記すと、アニメ映画の興行は2012年に一度フェイズが変わっている。ここで始まった変化が、コロナ禍での消費者行動の変化の影響を受けつつ、現在に至ったのではないかと考えられる。以下は、藤津が考えているおおまかな仮説である。  

まず2012年にフェイズが変わった、というのは、同年はスタジオジブリ作品が不在であるにもかかわらず、初めて年間興行収入の総計が400億円を超えた年だからだ。ジブリ作品だけが飛び抜けていた1990年代(正確には1989年の『魔女の宅急便』から2001年の『千と千尋の神隠し』まで)の後、約10年の転換期を経て、ジブリ以外の大型ヒットが登場するようになったのである。ここからヒット作の多様化が始まった。  

この2012年を経て2016年に『君の名は。』が公開される。興行成績250億円という記録的ヒットとなった同作だが、初動の段階で中高生が敏感に反応していたこと、先行するジブリ作品、細田作品よりもぐっと“アニメっぽい”見た目の作品だったところに特徴がある。20億円を超える大型のヒットになるにはいわゆる“一般層”に届くことが重要になるが、『君の名は。』のメガヒットは、それまでのヒットと比べて“一般層”の動向が変化してきたことが感じられる。  

この“アニメっぽい作品”への親和性の高さは、2020年の『劇場版 鬼滅の刃』のヒットにも繋がる。少年マンガ原作のテレビアニメから派生した劇場版は基本的に「作品のファン」に向けて制作されている。『劇場版 鬼滅の刃』それまでであれば「一般層」には刺さりにくい外観の作品だが、アニメっぽさへの親和性が増していることと、コロナ禍で配信サービスが普及しそれによって「予習」をした層が増えたことで、“一般層”へと届く作品となったと思われる。  

こうした変化の積み重ねが、2022年の興行に繋がったと考えられる。またこの“一般層”の変化と並行して、「配信で見られないため若い世代の、ジブリに対する親和性が減ってきている」という現象が起きていることも無視できない。

こうやって諸状況を踏まえていくと、今年8月に控えている『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト』の動向が気になってくる。ジャンプの人気作品である同作は、劇場版もこれが第4作。2021年公開の第3作はそれまでの2作の倍にあたる興行収入34億円を記録している。これはおそらくコロナ下で配信でキャッチアップした層が加わったことも大きいのではないか。つまりポテンシャルは十分ある作品だ。次の『ヒロアカ』のヒットの規模がどれぐらいになるかで、2022年のヒットの背後で起きている変化が、どういうものかもうちょっと具体的に見えてくるのではないか。  


ちなみに2022年に公開されたアニメ映画は76本。大型のヒットが生まれる一方で、興行収入2億円を超えたのは22本にとどまっている。つまりアニメ映画の大半は、興行収入2億円以下なのである。もちろん興行収入が低いからといって即失敗とは限らない。映画館の公開が終わっても、パッケージ、配信、テレビへの売却などさまざまなビジネスのタイミングがあるのが映画作品だからだ。ただいずれにせよ「大ヒット」と「そうでない作品」の格差が拡大しているというのが、アニメ映画の現状であるということが、同レポートからは見えてくる。  



同レポートでは、もうひとつテレビ各局が放送外収入を求めてアニメに力を入れ始めている現状も報じられている。背景には、テレビビジネスの根幹にある視聴率がなかなか望めない状況になってきて、スポンサーから得られる「放送収入」ではなく、それ意外から得られる「放送外収入」を求めるようになった結果、アニメが注目を集めているのである。

そうなるとテレビアニメの言葉に冠された、“テレビ”という流通チャネルは、チャネルのワンオブゼムになっていき、映画館や配信といったさまざまなチャネルで「放送外収入」を稼ぐのがアニメの役割となっていく。放送局の中ではテレビ東京が積極的にこれに取り組んでいる。またテレビと映画を有機的に繋いで盛り上がりを演出している『名探偵コナン』(読売テレビ)も成功例のひとつである。こう考えると、テレビ局の動向は、“テレビアニメ”だけでなく、アニメ映画にも影響してくるのは間違いのないことであるように思う。    

最後に海外市場について触れておこう。アニメ産業市場における海外の売上は1兆4592億円で、昨年比111.1%だった。これは産業市場全体の売上のほぼ半分に相当する。  

海外のアニメ史上はまだ伸びるのだろうか。まずテレビアニメだけでなく日本のアニメ映画がひところよりもはるかにお客集めるようになっている。作品そのものがこれまで以上に売れるようになれば、それに付随する商品も売れるようになり、今の日本で展開できるようなさまざまな派生ビジネスが広がる可能性がある。同レポートは、国内における作品ビジネスと派生ビジネスの規模がおよそ1:3~1:4であることを踏まえ、海外ではこの派生ビジネスのゾーンが(開拓にはチャレンジが必要ではあるが)残されたフロンティアであることを指摘している。  

つまり今は、単に作品を海外で上映するだけにとどまらず、日本のアニメ産業の生態系をいかに海外でも構成するのか、を考える時期に来ているのである。


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