ホタルの嫁入り
ホタルの嫁入り』(橘オレコ/小学館)

 年齢、文化、職業…あらゆる障害は恋愛を盛り上げるスパイスになる。リアルでもフィクションでも、2人の前に立ちはだかる壁が高ければ高いほど、当事者たちの想いは盛り上がるというもの。そのスパイスとなる障害の加え方が絶妙で、読者のフェチや萌えを刺激する作家の1人が橘オレコ先生だ。そんな橘先生の新作『ホタルの嫁入り』(小学館)の第1巻が2023年6月に発売された。

##「10歳差恋愛」の次は「究極の身分差恋愛」?

 2023年元旦にマンガ雑誌アプリ・マンガワンで連載がスタートすると、瞬く間に大反響を呼んだ『ホタルの嫁入り』。連載のコメント欄には「広告で見かけて飛んできた」「TikTokでおすすめされた」といった意見が書き込まれ、あらゆる方面で話題になっていることがうかがえる。

 橘先生といえば、男子高校生アラサー女子の「歳の差ラブ」を描いた『プロミス・シンデレラ』のヒットが記憶に新しい。かつてのインタビューで橘先生は「障害を乗り越えていく男女の関係を描きたい」と語っていた。その言葉通り「女性が10コ年上」という障害を前にした男女のもどかしい様子を巧みに描き、多くの読者の心にキュンの嵐を吹かせたのだ。

 そんな橘先生が新たに挑むのは「令嬢・紗都子」と「殺し屋・進平」が主人公の、究極の「身分差」ラブサスペンス。「令嬢」と「殺し屋」…生きてきた世界の大きな違いは、歳の差以上の障害となり読者の心を刺激しそうだ。

##ヤンデレの殺し屋…一途な使用人… 囚われの令嬢を救うのは誰だ

 良い家柄のもと、誰もが振り向く美貌を持って生まれた紗都子は、謎の男たちの手によって拉致監禁されてしまう。そんな彼女の「殺し役」として現れたのが進平だ。紗都子は生きて家に帰るため、高貴な身分である自分との結婚を進平に提案する。紗都子にとっての「結婚」は殺し屋の進平を雇うための手段でしかなかったが、進平はあくまでも「愛ある結婚」にこだわり続ける。紗都子に頼るあてがないことをいいことに、試すようなそぶりで揺さぶりをかけ、愛を誓わせようと画策するのだ。

 いわゆるヤンデレという言葉に代表されるような、重めでちょっとめんどくさい態度で迫る進平の様子は「沼」「好きすぎる」と女性読者のハートを鷲掴みにしている。しかもこの進平、周囲の女性たちが放っておかないほどの色男なものだからたちが悪い。そんな進平にはなびかず、「生きて家に帰る」という意志を曲げない紗都子。すでにちぐはぐな2人には『プロミス・シンデレラ』以上にじれったい展開が待っていそうだ。

 しかし物語の舞台は、家柄や職業による区別が今よりずっと色濃かった明治時代。恋仲になったとして、令嬢と殺し屋の2人に平穏な幸せがあるとは考えづらい。身分の差から漂う悲恋の香りに、序盤から情緒をすっかりヤラれてしまうから要注意なのである。

 さらに、ほのかに香る身分差恋愛がもうひとつ。紗都子と使用人・康太郎の関係だ。康太郎は紗都子の付き人兼護衛を任されているが、こともあろうか康太郎との外出中に紗都子はさらわれてしまう。紗都子の奪還に燃える康太郎の瞳からは、使用人としての責任感以上の温度が伝わってくる。主従関係の中に見え隠れする恋情は、なぜこんなにも尊いのか。軟派な進平と硬派な康太郎という、タイプの違う男性を見事に配置する橘先生の手腕が恐ろしい。

 雇い主として以上に大切な存在である紗都子へ、康太郎がどんなアクションを起こすのかにも注目だ。

 ちなみに紗都子&康太郎のサイドストーリーは橘先生のX(旧Twitter)に投稿されている(2023年6月時点)ので、康太郎の一途さ具合が気になる方はぜひそちらもチェックしてみてほしい。

##生きて帰る 望んだ未来を掴むため

 あらゆる障害は恋愛を盛り上げるスパイスになることを念頭に、物語における身分差というハードルに注目してきたが、最大の壁となるのは紗都子の持病だろう。

 紗都子は生まれつき体が弱く「大人になるまでは生きられない」と診断されている。作中で語られることは、女は良い結婚ができて一人前。もちろん紗都子も家の利益になるような結婚を果たすことが何よりの望みなのだ。

“家に帰って 結婚して 私は初めて 桐谷家の役に立つの” ホタルの嫁入り』電子版1巻 第4話p.156-157

 何者かに命を狙われ、持病という時限爆弾を抱えながらも、思い描く未来に向かって懸命に手を伸ばす紗都子の姿に心が揺さぶられるはずだ。

 恋物語に終始せず、窮地に陥った紗都子がどう生きるかを描いていく姿勢からも橘作品らしさが滲み出ている。艶やかで美しい情景の数々も見どころだ。「橘オレコの世界」を存分に堪能できる本作を、ぜひじっくり味わっていただきたい。

文=ネゴト / あまみん

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10歳差恋愛の『プロミス・シンデレラ』を生んだ、橘オレコの次の壁は“究極の身分差”!美人令嬢×ヤンデレ殺し屋のラブサスペンス『ホタルの嫁入り』