幼い日、自分もテレビに出る人になりたいと母にねだってオーディションを受けたのが、“俳優”ヨ・ジング誕生のきっかけだった。願いを叶えた少年は2005年、映画『Sad Movie サッド・ムービー』で病に侵された母と悲しい別れをすることになる息子役に選ばれてデビューを飾る。クリクリした大きな目を持つ8歳の愛らしい少年の素直な演技は多くの観客の涙を誘った。それから約20 年、子役から大人の俳優へと順調に成長を遂げてきた彼が『同感〜時が交差する初恋〜』で5年ぶりに映画に主演。1999年の恋する大学生キム・ヨンを爽やかに演じた。意外なようだが、ラブロマンスへの出演は映画では初。ここで、どんな作品が今のヨ・ジングをつくったのかを見てみようと思う。

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■視聴者や共演した俳優たちも魅了した子役時代

多くの子役同様に、ヨ・ジングも最初は主人公の少年期を演じてキャリアを重ねた。2008年の『霜花店 運命、その愛』ではチョ・インソンの、同年の『アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜』ではチュ・ジフンの子役として出演し、ドラマでも数々のスターの少年時代を演じている。そのなかでも目立つのは時代劇だ。「イルジメ[一枝梅]」(08)ではイ・ジュンギ、「幻の王女チャミョンゴ」(09)ではチョン・ギョンホ、「ペク・ドンス」(11)ではチ・チャンウクと、次々に主演俳優の子役として起用されているのを見れば、彼がいかに信頼されていたかがわかる。

2011年の「根の深い木—世宗大王の誓い—」には、主演の1人であるカン・チェユン役のチャン・ヒョクたっての希望で出演。彼の言葉によれば「ヨ・ジング君は(2008年の「タチャ〜いかさま師」で)僕の子役を演じたことがあり、彼でなければ安心できないという気さえしていた」そうだが、その頃すでに変声期を迎えていたため、幼少期を演じるには無理があったという。そこで序盤は彼より幼い子役が務めたものの、その後成長したチェユンが山中で戦うシーンでほんのわずか顔を出し、驚くほど短い場面ながら強い印象を残した。

子役俳優は出番が短いなかで序盤のドラマを引っ張らなければならず、その責任はとても大きい。常に期待に応えてきたヨ・ジングの評価をいちだんと高めたのが、若き王役のキム・スヒョンの少年期にあたる世子(せじゃ)を演じた2012年の「太陽を抱く月」だった。「イルジメ[一枝梅]」以来4年ぶりにキム・ユジョンと共演し、初々しく切ない恋を演じて評判を呼んだ。妃候補となった娘と微笑ましい恋を育むものの、謀略によって引き離されてしまった世子が、大粒の涙をこぼしながらヒロインの名を叫ぶシーンは忘れられない名場面。「あのように感情を強く表現するシーンは本当に大変なんですが、ただ台本を読むだけで十分悲しい気持ちになって役に入り込めました」というヨ・ジングの言葉を聞いて、集中力の高い演技の秘訣を理解できた気がした。

子役2人の演技があまりに見事だったため「このままヨ・ジングとキム・ユジョンを見ていたい。大人の俳優に変わってほしくない」といった声が多く聞かれた。あとを受けて登場したキム・スヒョンは、エネルギッシュな世子にプレッシャーを感じた一方、そのぶん刺激を受けて助けられたこともあったそうだ。ヨ・ジングとは長編ドラマ「ジャイアント」(10)で共に子役として兄弟役を務めた仲。同じキャラクターを演じることになった彼らは、子供時代と成長後の違いを際立たせようと2人でいろいろと話し合ったという。

こうして、子役として頂点を極めたヨ・ジングは、次の「会いたい」(12)でパク・ユチョンの少年時代を演じたのを最後に大人の俳優へとシフト。続いて、映画『ファイ 悪魔に育てられた少年』(13)で大きな転機を迎えた。彼が演じたのは、父親代わりの5人の凶悪犯から、あらゆる犯罪の技術を教え込まれて育った17歳のファイ。自分が彼らに誘拐されたことも知らず、男たちの犯罪の手助けをする日々のなかで、知り合った女子高生に淡い恋心を抱く。学校に通っていないファイが制服を着て歩く姿がなんとも痛々しい。想像を絶する悲惨な境遇にありながら、彼の純真さは失われていない。ヨ・ジングのピュアな持ち味が生きて、最終的にファイが内なる悪魔を解き放つ瞬間が効果的に映し出されている。過激で特異なキャラクターを演じ切った彼は、第34回青龍映画賞新人男優賞をはじめとする各賞を総なめにした。

スランプや大学進学を経て、新境地を開拓

ただ、過度に絶賛されたことで、もっといい姿を見せようという欲が強くなりすぎて、その後の作品では演技に力が入ってしまい、後から思えばスランプだったと明かしている。それでも、精力的に出演を続けた。大学に進学した2016年には「テバク〜運命の瞬間(とき)」で朝鮮第21代王・英祖を世子時代から好演。このドラマでは当初役柄の把握に手こずっていたところ、先輩俳優からセリフの行間の意味を考えるよう教わり、キャラクターを作り上げることについて多くを学べたというだけあり、英祖の葛藤や複雑な心情表現には感服するしかない。

20代に入ると、より多彩なジャンルに挑戦し新たな魅力を発揮する。2017年、ドラマでは「サークル:繋がった二つの世界」、「ひと夏の奇跡〜Waiting for you」といったロマンス要素のある現代劇に出演。片や映画では朝鮮第15代王・光海君の若き日を演じた『代立軍 ウォリアーズ・オブ・ドーン』や、民主化闘争の犠牲になった大学生役で特別出演した『1987、ある闘いの真実』などの硬派な作品で印象を残した。これらの様々な作品を経験した結果、何も考えずに心の赴くままに演じようという考えに至って、自然にスランプから脱していたという。

2019年には、かつてイ・ビョンホンが主演した映画をドラマ化した「王になった男」で、狂気の王イ・ホンと、彼の影武者に仕立てられた人のいい道化ハソンの2役を演じ、唯一無二の存在感を発揮。正反対の2役の演じ分けは見事としか言いようがない。ここでは、それまで見せたことのないセクシーな男性美も披露し成長を感じさせた。この年は、幽霊専門ホテルの支配人となった青年チャンソンに扮したファンタジーロマンス「ホテルデルーナ〜月明かりの恋人」も大ヒット。永遠の時を生きる孤独なヒロイン・マンウォル(IU)に寄せる、チャンソンの深い想いに心揺さぶられる。

実力と人気に加え、興行的実績も上げて確固たる地位を築いたヨ・ジングが、次に選んだのは、ロマンスのかけらもない本格クライムサスペンス「怪物」(22)だった。彼が演じたのは、捜査のためにソウルから田舎町の交番にやって来くる、潔癖症で気難しいエリート警官のジュウォン。シン・ハギュン扮するエキセントリックな地元の警官と対立しながら、事件解決のために協力するうち次第に変わっていくものの、最初は周囲の人にとげとげしい態度で接する感じの悪い人物。自分とはほぼ共通点がないというキャラクターへの、鮮やかな変身ぶりがさすがだ。

■『同感』での自然な演技は物語にリアリティを与える

最新主演作の『同感〜時が交差する初恋〜』では、ロマンあふれる作品の等身大の主人公として、誠実で爽やかな魅力を十二分に発揮した。後輩のハンソル(キム・ヘユン)に一目惚れして恋心を募らせる大学生ヨンは、偶然無線機でつながった女子大生ムニ(チョ・イヒョン)から恋のアドバイスを受けるようになる。驚くことに、ヨンとムニは1999年と2022年、23年もの隔たりがある異なる時代を生きていた。ヨ・ジング本人にかなり近いのではと思わせる、好感度の高いヨンを見ているうちに、彼が本当にその時代を生きている若者に思えてきて、その心に寄り添う気持ちになっていることに気づく。ファンタジックな作品であっても、彼の自然な演技が映画にリアルさを与えている。

どんな作品でもことさらに演技力を見せつけることなく、誠実に役柄と向き合い、時代や設定を超越して、キャラクターに真実味を持たせるのがヨ・ジングの素晴らしい点。それだけでなく、年齢を重ねても損なわれることのない純粋さと、よく響く魅力的な低音ボイスという大きな武器まで持っている。そして、まだ26歳なのだから可能性は無限大。今後も多彩な作品で観る者の心を掴んでくれるに違いない。

文/小田 香

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