両親はすでに他界し、また配偶者や子もいなかった姪が亡くなり「預金300万円を葬儀代と永代供養料に充ててほしい」と依頼されていた相談者が預金を下ろそうとしたところ、銀行に拒否されてしまい困っています。本稿では、弁護士・相川泰男氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋し、「相続人不存在の場合の相続財産からの葬儀費用の支出」について解説します。

相続人不存在の場合の相続財産からの葬儀費用の支出

私の姪が先日亡くなりました。姪には、配偶者と子はおらず、両親も先に亡くなっていて、兄弟もいません。姪からは、姪名義の預金が300万円残してあるので、これを葬儀代と永代供養料の費用に充ててほしいと言われていました。ところが、銀行で預金を下ろそうと思ったところ、拒否されました。

紛争の予防・回避と解決の道筋

◆法定相続人が不存在の場合、被相続人の財産を引き継ぐ者がいなくなるため、葬儀などの費用を被相続人の財産から支出することができなくなる ◆生前に遺言書の作成および死後事務委任契約を行うことで、法定相続人が不存在でも、特定の者が被相続人の財産から葬儀などの費用を支出することが可能となる ◆生前の準備を行うことができずに亡くなった場合は、相続財産清算人(令和5年4月1日施行の改正民法による。改正前は相続財産管理人。以下、本項において同じ)選任申立ておよび権限外行為許可の申立てを行ってはじめて、被相続人の財産から葬儀などの費用を支出することが可能となる

チェックポイント 1. 生前に葬儀などの手続を依頼したい人を定め、遺言書の作成や死後事務委任契約の締結を検討する 2. 生前の準備ができない場合は、申立人が利害関係人に該当するか確認した上で、相続財産清算人選任申立てを検討する 3. 相続財産清算人に対し、葬儀費用等を支出するための権限外行為許可の申立てを促すことを検討する

解説

1. 生前に葬儀などの手続を依頼したい人を定め、遺言書の作成や死後事務委任契約の締結を検討する

(1)遺言書の作成

法定相続人が不存在でも、遺言書を作成し遺贈することで、特定の者に財産を遺すことができますので、その遺産を葬儀代と永代供養料の費用に充ててもらうことが可能となります。

遺贈については、遺言執行者を定めておくことが重要です。預金を親族に遺贈し、その遺産を葬儀代と永代供養料の費用に充ててほしいという意思がある場合は、事前に本人に伝えて了解を得て、同人を祭祀主宰者に指定するとともに、葬儀や永代供養の場所・方法などに関する具体的希望を伝えておくと円滑な手続につながります。

葬儀や永代供養の場所・方法などの指定、遺産を葬儀等の費用に充ててほしいという希望は、法定の遺言事項ではなく法的拘束力はありませんが、付言事項として遺言書に記載することで意思を明示しておくことも有用です。

遺贈の条件として、葬儀等の実施を定めるのであれば、負担付遺贈という形で遺言書に定める方法もありますが、取消権者である相続人がいない場合は、実効性に欠ける面があります。

遺言の方式としては、自筆証書遺言(民968)または公正証書遺言(民969)が用いられることが多いと思われますが、法務局における遺言書の保管等に関する法律の施行(令和2年7月10日)により開始された自筆証書遺言書保管制度を利用すれば、自筆証書遺言においても検認(民1004①)をせずに金融機関での手続を行うことができます(遺言保管11)。

(2)死後事務委任契約の締結

委任契約は委任者の死亡によって終了するのが原則ですが(民653①)、当事者の合意によって、死亡後も委任契約は終了しないと定めることは可能です。死後事務委任契約は、当然委任者の死亡によっても同契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨であるとされた判例もあります(最判平4・9・22金法1358・55)。

葬儀や永代供養については法定の遺言事項ではありませんので、遺言で定めても法的拘束力をもたせることはできませんが、委任事項に以下のような内容を定めた死後事務委任契約を締結しておくことで、死後の葬儀等について具体的な希望に沿った手続を委任することが可能となります。

第〇条(委任事務の範囲)

甲は、乙に対し、甲の死亡後における次の事務を委任する。

(1)通夜、告別式、火葬、納骨、埋葬に関する事務

(2)永代供養に関する事務

(3)行政官庁等への諸届け事務

(4)関係各所への連絡

・・・

(〇)以上の各事務に関する費用の支払

第〇条(通夜・告別式)

前条の通夜及び告別式は、〇〇寺(住所:〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号)に依頼する。

第〇条(永代供養)

第〇条の納骨及び埋葬は、前条の〇〇寺にて行う。

(3)遺言書と死後事務委任契約書を同時に作成することのメリット

前述のように、遺言書によって財産を特定の者に遺すことはできますが、葬儀の実施等につき、法的拘束力を持たせることは難しい面があります。

一方、死後事務委任契約においては、死後事務委任にかかる費用は委任者の負担と定めることが多いものの、死後事務の受任者は、委任者の遺産から費用を支出する権限を当然に有するわけではありません。受任者は遺産が帰属する者に費用を請求する必要がありますが、相続人がいないケースなどでは委任事務の遂行に支障が生じます。

委任契約書に明記した上で、生前に預り金として受任者が費用を預かるという方法もありますが、受任者に保管の負担が生じ、受任者が先に死亡してしまった場合のリスクも考えなければなりません。

遺言書と死後事務委任契約を併せて作成することで、具体的な葬儀等の希望について法的拘束力をもたせることができ、かつ、死後事務を委任する者に遺産を帰属させたり、同人を遺言執行者に指定したりすることで、死後事務委任に伴う支出を円滑に行うことが可能となりますので、両者は併せて締結することが望ましいといえます。

(4)あてはめ

姪には法定相続人がいませんので、姪の希望があっても、何もしなければ親族の私が死後に預金を引き出すことはできなくなってしまいます。このような事態を避けるため、姪としては、生前に葬儀等を依頼したい親族の私に具体的な希望を伝えた上で、預金300万円を遺贈し、祭祀主宰者として指定する旨の遺言書を作成することを検討しておく必要があります。

親族との関係が良好で姪の希望を実現してもらうことに支障がない場合は、遺言書に付言事項として葬儀等に関する具体的な希望を記載しておけば十分だと思われますが、不安がある場合は死後事務委任契約を併せて締結することを検討するとよいでしょう。

2. 生前の準備ができない場合は、申立人が利害関係人に該当するか確認した上で、相続財産清算人選任申立てを検討する

(1)相続財産清算人とは

生前に前述のような準備ができずに亡くなってしまった場合、法定相続人ではない親族が死後に預金を引き出すことはできなくなってしまいます。

相続人不存在の場合、被相続人の財産を管理・承継する者がいなくなるため、家庭裁判所が利害関係人または検察官の請求によって相続財産清算人を選任し(民952)、同人に相続財産の管理・清算等を行わせた上で、最終的に残余財産があれば国庫に帰属させることになります(民959)。

(2)相続財産清算人の選任申立手続

相続財産清算人の選任申立権者である「利害関係人」とは、相続財産の帰属について法律上の利害関係を有する者であり、受遺者、相続債権者、相続債務者、相続財産上の担保権者、特別縁故者(民958の2)などが該当します。

相続財産清算人の選任申立ては、「相続が開始した地を管轄する家庭裁判所」(家事203一)、すなわち、被相続人の最後の住所地(民883)を管轄する家庭裁判所に、申立費用と必要書類を準備して行います。

申立てに際しては、原則として相続財産管理費用の予納が求められます。審理の結果、申立人の利害関係性、管理開始要件等が認められると、相続財産清算人が選任されることになります。

(3)あてはめ

本事例では、親族が姪の生前の医療費や住居費を立て替えていた場合や、姪と生計を同一にしていたり、療養看護をしていたりするなど特別縁故者に当たる場合には、利害関係人として相続財産清算人の選任申立手続を行うことができます。

また、親族が葬儀費用等を立て替えた場合には、厳密には相続債権者とはいえませんが、利害関係人として申立権が認められます(法曹会決議昭7・3・16参照)。

3. 相続財産清算人に対し、葬儀費用等を支出するための権限外行為許可の申立てを促すことを検討する

(1)相続財産清算人の権限

相続財産清算人の権限は、保存行為および利用・改良行為に限られるため、当該権限を超える行為を必要とする場合には、家庭裁判所の許可が必要となります(民953・28)。

葬儀費用等の支出は処分行為に当たるため、相続財産清算人が同費用を支出するに際しては、家庭裁判所に権限外行為の許可審判を申し立てる必要があります。

葬儀等の費用は、当然に相続財産から支払われるべき費用ではないものの、実務においては、被相続人と祭祀法事を執り行いまたは執り行おうとしている者との関係、被相続人の生前の意思、相続財産の額、祭祀法事の内容、そのために必要とされる費用の額、近隣地域の社会通念等を考慮して、社会的に相当とされる費用について相続財産から支出することを認めています。

祭祀法事を執り行った者によって費用が既に支出されている場合は、祭祀法事内容の特定、支出金額、その領収書、支出見込みである場合には、その見積書、墓地や墓石の写真等の資料を検討した上で、社会的に相当と認められる額が認定されています。

(2)あてはめ

親族の私としては、姪との関係や姪の生前の希望、葬儀や永代供養にかかる具体的費用について選任された相続財産清算人に説明し、権限外行為の許可申立てを促し、葬儀等に関する費用を姪の財産から支出してもらうことになります。

〈執筆〉 濵島幸子(弁護士) 平成23年 弁護士登録(東京弁護士会) 〈編集〉 相川泰男(弁護士) 大畑敦子(弁護士) 横山宗祐(弁護士) 角田智美(弁護士) 山崎岳人(弁護士)