2015年のクリスマスに、大手広告代理店の社員が過労によって自殺したニュースは、大きな注目を浴びました。日本の労働者のあいだでも、労働環境の改善が叫ばれています。過労死防止のための法整備は進んでいるものの、過労によって命を落とす人はあとを絶ちません。本記事では、中央大学法学部教授である遠藤研一郎氏の著書『はじめまして、法学 第2版 身近なのに知らなすぎる「これって法的にどうなの?」』(株式会社ウェッジ)より、日本の労働法について解説します。

度々ニュースで話題となる「過労死」

【事例】

Aさんは、インターネットサービスを運営する会社に勤務し、WEB開発業務を担当していました。新しいプロジェクトの開発リーダーを任されることになった12月頃から、労働時間が以前よりも急激に増加し、月100〜120時間の残業が続くこととなりました。

翌年の4月からは、徹夜や数時間の仮眠をとるのみで働き続け、時間外労働(残業)は月200時間に達していました。ある日Aさんは、仕事中に、くも膜下出血を発症して倒れ、なんとか一命はとりとめたものの、右半身まひの後遺症が残り、その後も復職できていません。

このような事件は、よく耳にすることです。世界から日本人は働きすぎだと言われ、ニュースなどでもことあるごとに、働き方の見直しを訴える特集が組まれています。大手広告代理店の新入社員が、2015年末に過労による自殺をしたニュースは、記憶に新しいかもしれません。それでも、状況が劇的に改善されたという話は聞きません。

下の図表を見てください。

業務における過重な負荷により脳血管疾患または虚血性心疾患等を発症したとする労災請求件数は、過去10年余りの間、毎年、700〜900件ほどあります。その中で、支給決定(認定)件数も、200〜300件程度となっています。

さらに、勤務問題が原因の1つと推定される自殺者数は減少傾向にありますが、とくに、「仕事の疲れ」による自殺が毎年、3割程度を占めています。

国のさまざまな政策も虚しく…なくならない「過労死

国のさまざまな政策にもかかわらず(たとえば、平成26(2014)年に「過労死等防止対策推進法」が施行されましたし、平成27(2015)年には、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が閣議決定されています)、日本の労働環境はあまり改善されていないように感じられます。

立場の弱い労働者を守る「労働法」

現在、日本では、働いている者のうち、雇われている人の割合が、およそ9割に上ります。そのような人たちを守るための法はないのでしょうか? 

労働法という分野がこれに当たります。……と言っても、労働法という名前の独立した法典があるわけではありません。労働者を対象にして、労働をめぐる関係について定める諸法をまとめて、労働法といいます。

労働法の分野は、大きく、

(1)年少者保護、労働災害に対する補償、解雇制限など、労働者の最低労働条件を定めるもの

(2)労働者に対して、労働組合の結成を認め、その組織に団体交渉権や争議権を与え、使用者との集団的交渉のルールを定めたもの

(3)労働者の勤労権を確保するための国家の関与を内容とするもの

の3本の柱があります。

このうち、(1)については、労働基準法、労働契約法、最低賃金法、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法)などの法律があります。

個人は国家の干渉を受けることなく自己の意思に基づいて自由に契約を締結することができます(契約自由の原則)が、社会的・経済的に強い立場にある使用者と、弱い立場にある労働者との間で本当に自由な契約をすることは困難です。

そこで、契約自由の原則を修正して、「この条件以上でしか労働者を雇ってはならない!」というルールを設けて、労働者を守っているのです。

労働契約においては、家族への愛情、健康、仕事のやり甲斐など、自由な市場原理では満たされない要素も多く、適切な規制原理こそ重要なのです。

[憲法28条]

勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

また、(2)については、とくに、労働組合法が中心となります。そもそも、日本国憲法28条が、労働者が団結する権利(団結権)、使用者と交渉する権利(団体交渉権)、要求実現のために団体で行動する権利(団体行動権)を保障しています。労働者が団結して労働組合を結成し、使用者と対等な立場で交渉し、よりよい条件を獲得するのです。

日本の場合、産業別、地域別、職業別ではなく、企業別に労働組合が組成されてきました。しかし、組織率の低下、連帯の困難性、活動の低迷など、以前に比べて企業別労働組合の存在感は薄まっており、多くの問題も抱えています。

遠藤 研一郎

中央大学法学部

教授