未だ大企業が抜け出せない官僚主義。変化の激しい時代にあって、イノベーションの創発によって成長し続ける企業へと進化するには、どんな組織改革が必要なのか? 本連載では、世界で最も影響力のある経営思想家の1人、ロンドンビジネススクール客員教授ゲイリー・ハメル氏による『ヒューマノクラシー ――「人」が中心の組織をつくる』(ゲイリー・ハメル、ミケーレ・ザニーニ著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。 

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 第1回は、官僚主義の功罪を歴史的に掘り下げるとともに、「人間重視」のマネジメントモデル「ヒューマノクラシー」の特性を浮き彫りにする。 

<連載ラインアップ>
■第1回 「人間らしさ」が失われると、なぜ組織は病んでしまうのか?(本稿)
第2回 高収益体質で業界トップを独走、米国鉄鋼大手・ニューコアの企業文化とは?
第3回 業界平均より25%高い報酬を実現、米ニューコアの独自のボーナス制とは?
第4回 8万人の「起業家集団」! 中国家電大手・ハイアールの「人単合一」とは?
第5回 ハイアールの成長と変革の源泉、「リーディング・ターゲット」とは何か?
第6回 ライバルの足をすくったことは? 官僚主義的思考から脱却する12の問いかけ

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官僚主義の遺産

 もし、組織の「人間らしさの欠如」が、どこか奥深くにひそむ病気の症状だったとしたらどうだろう。

 特定のマネジャーや組織だけが持っているのではない、何かの症状だとしたら? その可能性は高そうだ。

 もし、地球上のほぼすべての組織が同じ苦しみを味わっているのだとしたら、つまり、惰性や、動きの鈍さ、無気力に苦しんでいるのであれば、おそらくは共通する病のメカニズムがあるはずだ。

 BRCA遺伝子の変異は、それが中国の女性に起ころうと、フランスの女性に起ころうと、乳がんのリスクを高める。糖質が多い食事を続ければ、メキシコ人であってもオーストラリア人であっても糖尿病のリスクが高まる。

 このロジックに従うなら、私たちが問うべきは、組織にどんな共通点があるかということだ。ソニー、テレフォニカ、ユニセフカトリック教会、オラクルフォルクスワーゲンHSBCイギリスの国民保健サービス、ペトロメックスカリフォルニア大学、リオ・ティント、カルフール、シーメンスファイザー、そのほか幾千万の、無名なものも含めた組織に共通する特徴は何だろうか。

 その答えは、組織はすべて官僚主義でできているということだ。どの組織も、次のような官僚主義の設計図に従っている。

公式な階層がある 肩書きによって権力が決まる 権力が上から下へと流れていく 上位のリーダーが下位のリーダーを任命する 戦略と予算は上層部が決める 本社のスタッフが方針を決め、それに従わせる 仕事上の役割がきっちりと決められている 監督や規則、処罰によってコントロールされる マネジャーが仕事を割り当て、業績を評価する 全員が昇進を競い合う 報酬は職位によって決まる

 こうした組織の特徴は、特に害があるとは思えないかもしれない。だが、これから見ていくように、このようなありふれた官僚主義の風景のなかに、組織の「インコンピタンス」の根っこがある。

 私たちの組織が十分に人間的でないのは、そのように設計されたからだ。ドイツの先駆的な社会学者マックス・ヴェーバーは、20世紀の初頭にこう記した。

「官僚主義が〈非人間的〉になっていくほど、つまり、純粋に個人的な要素や非合理的な要素、感情的な要素など、計算できない要素を削っていけばいくほど、官僚主義は完璧な形になっていく13 」

13:Max Weber, in Economy and Society, ed. G. Roth and C. Wittich (Berkeley: University of California Press, 1978), 975.

 すると現在に至っては、官僚主義の目標は、人間を半ばプログラム可能なロボットのようにすることだろう。

 官僚主義という言葉は、18世紀の初頭にフランス政府の大臣ジャック=クロード=マリー=ヴァンサン・ド・グルネーがつくった。もともと「事務室での支配」を意味するこの言葉は、ほめ言葉ではない。ヴァンサン・ド・グルネーは、フランスの巨大な行政組織が、企業家精神を脅かすと考えたのだ。それから1世紀後の1837年には、イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルが、官僚主義を「巨大な専制的ネットワーク」と表現した。

 この言葉は180年前のものだが、現代にも当てはまるように思える。では、なぜこれまで反逆が起こらなかったのか。なぜ、私たちは組織との屈辱的な関係に埋もれたままなのか。簡単に言えば、他によい方法がなかったからだ。あるいは、そう思い込んできたからだ。

 官僚主義以前の独裁的で無秩序な組織に比べると、官僚主義はありがたい組織だった。官僚主義以前の組織では、リーダーたちは気まぐれで、意思決定はほとんど直感で行われていた。

 計画はでたらめで、仕事の手法も奇妙なものだった。業務管理にはむらがあり、報酬は努力に比例するものではなかった。従業員の離職率はたいてい年間で300%以上だった。官僚主義はこれらすべてを変えたので、生産性は急激に上昇した。

 1890〜2016年の126年間で、1時間の労働で創造される価値が、アメリカでは13倍に、ドイツでは16倍に、イギリスでは8倍になった。官僚主義以外の要因、たとえば資本蓄積、普通教育、科学的な発明などもこれに貢献したが、最大の要因は官僚主義的マネジメントの発展だった。たとえば、ワークフローの最適化、生産計画、予算と実績の比較、成果主義、投資計画などだ。

 官僚主義は非人間的ではあったが、ヴェーバーが指摘したように「他のどんな(組織)形態よりも、正確さや安定性、規律の厳密さ、信頼性などの面で優れて」おり、したがって「最大の効率を達成することができる14 」。

14:Max Weber, Weber, Theory of Social and Economic Organization, The Theory of Social and Economic Organization, trans. A. M. Henderson and Talcott Parsons (New York: Free Press of Glencoe, 1947), 337.

 いま、地球上で10億人が自動車を所有し、40億人が携帯電話を持ち、旅行したいなら毎日10万便以上のフライトから選ぶことができるのは、官僚主義のおかげなのだ。また、売買をするとき、1分間に100万回以上の取引を処理するグローバルな金融システムが使えるのも、官僚主義のおかげだ。どんな欠点があろうとも、官僚主義は人間の発明の殿堂においてもトップに立つような発明なのである。

 ただ、他の進化の手段、たとえば武器や化石燃料、内燃エンジン、大規模農業、抗生物質、プラスチック、ソーシャルメディアなどと同じく、官僚主義にもコストが伴った。官僚主義は私たちの購買力を何倍にもふくらませたが、私たちの心をしぼませもしたのだ。

 これは特定のマネジャーのせいではない。多くの人を犠牲にして少数に力を与えるマネジメント形態のためだ。また、クリエイティビティよりも従順さを重んじ、人々を小さな役割に押し込め、人々から力を奪い、人を単なる経営資源として扱うマネジメント体制が原因でもある。

 他のあらゆる技術と同様に、官僚主義は時代の産物だ。19世紀に発明されて以来、官僚主義以外では多くのことが変化した。

 従業員はかつては字が読めなかったが、今日では優れた能力を持つ。競争優位性は、単に規模から生じるのではなくなり、イノベーションから生じている。コミュニケーションは手間がかかるものではなくなり、瞬時に行える。変化のスピードはゆったりとしたものではなくなり、超音速だ。

 そんな状況なのに、マネジメントの基盤は官僚主義のままだ。これは変えなければならない。

 ここ数十年、オペレーションのモデルやビジネスモデルで、思考がひっくり返るほどのイノベーションが起こっている。イギリスのネットスーパー大手のオカドでは、倉庫で何十台ものロボットが、碁盤の目状に置かれた蓋のない箱の間を走り回って商品を取り出し、それを人間の従業員に届ける。すると、その従業員が商品をビニール袋に入れる。まさに革命的だ。

 ユーチューブネットフリックスアマゾンプライムビデオでは、ほぼ無制限で見たい動画が見られる。チャンネルが5つか6つしかない地上波のテレビに親しんできた人には、これも革命的だ。

 私たちの組織を不自由にしている障害を取り除くには、官僚的マネジメントモデルを根底から問い直す必要がある。かぎりなく柔軟で、はてしなくクリエイティブで、情熱にあふれた組織を築くには、人々の努力を引き出し、それをまとめていくためのまったく新しいアプローチが必要だ。

 私たちは、官僚主義的なテンプレートとは革命的に異なる、新しいマネジメントモデルを考え出さなければならない。固定電話とフェイスタイム[アップル製品用の無料通話アプリ]ほどちがうモデル、紙幣の束と支付宝(アリペイ)ほどちがうモデルが必要なのだ。

 私たちは組織の中心に、構造やプロセスや手法ではなく、人間を置く必要がある。組織効率を求めてコントロールを最大化しようとするマネジメントモデルではなく、従業員の貢献を最大化しインパクトを生み出すマネジメントモデルが必要だ。

 私たちは、官僚主義(ビューロクラシー)をヒューマノクラシーに置き換える必要がある。本書ではこの2つのモデルのちがいを深く掘り下げていくが、基本的なちがいはこうだ。

 官僚主義では「人間=道具」であり、製品やサービスを生産するために雇用される。ヒューマノクラシーでは「組織=道具」となる。人間が自分の人生や、顧客となる人たちの人生をよりよくするために使う道具となるのだ[図表1-3]。

 官僚主義で中核となる問いは「人間を組織により奉仕させるには、どうすればよいか」だが、ヒューマノクラシーでは、「どんな組織なら、人々から最高の力を引き出し、その力に値するような組織になれるのか」となる。この見方のちがいには深い意味があり、この先で説明していく。

<連載ラインアップ>
■第1回 「人間らしさ」が失われると、なぜ組織は病んでしまうのか?(本稿)
第2回 高収益体質で業界トップを独走、米国鉄鋼大手・ニューコアの企業文化とは?
第3回 業界平均より25%高い報酬を実現、米ニューコアの独自のボーナス制とは?
第4回 8万人の「起業家集団」! 中国家電大手・ハイアールの「人単合一」とは?
第5回 ハイアールの成長と変革の源泉、「リーディング・ターゲット」とは何か?
第6回 ライバルの足をすくったことは? 官僚主義的思考から脱却する12の問いかけ

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Andrey_Popov/Shutterstock.com 著者写真提供:英治出版