―[ありのままの池袋]―


新宿・渋谷と並ぶ副都心の一つ、「池袋」。近年では再開発も進み、「住みたい街ランキング」の上位に位置するなど大きな変貌を遂げている。しかし池袋について書かれたものは意外と少ないはずだ。この連載では、そんな池袋を多角的な視点から紐解いていきたい。

◆池袋ではコスプレ文化が定着しているが…

前回は渋谷と池袋における「ハロウィン」の受け止め方の違いを見ながら、その違いがどこにあるのかを考えてみた。池袋ではコスプレイベントが「日常」的なものとして受け止められているのに対し、渋谷ではコスプレイベントが日常ではない「特別」なものとして受け止められている。

池袋ではハロウィン以外にも多くのコスプレイベントが行われているが、渋谷では街を挙げてのコスプレイベントハロウィンの一回限りである。

池袋におけるコスプレが閉鎖的な空間で行われてきたのではなく、東池袋中央公園のような開かれた場所で継続的に行われてきた、ということだ。私自身も池袋を歩いている時、不意にコスプレイヤーに出会ったことが何度もある。つまり、池袋においてはコスプレが日常空間に浸透しているのである。

◆渋谷のハロウィンに“特別性”が宿る理由

逆に渋谷はどうであろうか。すでに書いた通り、渋谷ではハロウィンをのぞいて、街全体でコスプレイベントが行われるということはない。行われているのは、例えばバーなどの限られた空間で行われるオフ会のようなものがほとんどである。つまり、渋谷のハロウィンは年に一度行われる、「特別」なものなのである。

ここで私が指摘したいのは、渋谷で行われるハロウィンに“特別性”が宿る理由は、その頻度だけではなく、渋谷という都市が持つ地形的な特殊性にも起因するのではないかということだ。どういうことか。

スクランブル交差点に若者たちが集うのは…

ご存知の通り、渋谷の中心にあるスクランブル交差点はその四方を道玄坂、宮益坂、公園通りの3つの「坂」にはさまれている。渋谷は街全体として「お椀型」になっていて、ちょうどそのお椀の底がスクランブル交差点になっているわけだ。お椀の底には人々が滞留し、集まりやすくなる。

単純なことかもしれないが、この「スクランブル交差点が底にある」という地形的な特徴こそが、渋谷が人々を集め、そこでのエネルギーを(いい方向にも悪い方向にも)発散させていく一つのきっかけになっているような気がする。そういえば、ハロウィンだけではなく、新年や、ワールドカップで日本チームが勝利をおさめたときも、なぜだかスクランブル交差点に若者たちは集う。それはそこが「お椀型の底」で集まりやすく、彼らにとってのドラマチックな空間を提供しているからではないか。

ちなみに、「坂」は民俗学的な知見からも特別な意味を持たされてきた。日本神話に登場する「黄泉平坂(よもつひらさか)」などに顕著なように、「坂」は古来から、日常世界と異世界をつなげる境界の役割を果たしてきたのだ。なるほど、そのように考えると坂の底にあるスクランブル交差点とは、若者たちにとって一種の「異世界」であり、ある種の「ハレ」の空間を作る地形なのであろう。

◆渋谷の地形が「暴動じみたこと」を起こしてしまう?

そうした地形が渋谷にとって都合が悪いのは、そこで若者がエネルギーを発散させる時が、刹那的にしか現れないということだ。すると、その少しだけ現れる瞬間に向かって、若者たちの熱気は最大になる。だからこそ、普段は起こらないような暴動じみたことも起こるのではないか。良くも悪くも、渋谷は「ドラマチック」な地形を持っていて、そこでたまに発生する「ハレ」の時間が、より渋谷での集まりに熱気を持たせてしまうのかもしれない。

このように考えると、渋谷でのハロウィンが半ば暴動混じりの事件を起こし、結果として行政から敵視されるようになってしまったのは、渋谷の地形的な特徴が導き出した必然だったといえるかもしれない。もちろん、それらを地形のせいにして、若者が悪くない、というつもりは毛頭ないのだが……。

ちなみに、池袋の地形はどうなっているか。国土地理院がネットで公開している「デジタル標高地形図」によると、池袋周辺には大きな平地が広がっている。つまり、「平坦」なのである。そこに大きな意味合いを見出しても仕方ないかもしれないけれど、ドラマチックな地形の「渋谷」に対して平地の「池袋」という対比が面白い。池袋でのコスプレイベントが「日常」的なものであることにも通じそうだ。

◆池袋はなぜ「コスプレ」を受け入れたのか?

地形の点から見ると、渋谷と池袋のハロウィンコスプレイベントもまた、違った姿で見えてくるのである。

しかし、池袋でのコスプレが「日常」的なものとして受容されたにせよ、なぜそこまで自然に「コスプレ」が池袋で受容されたのだろうか。それを考えるためには、2010年代以前の池袋という街に注目してみる必要がありそうだ。

<TEXT/谷頭和希>

【谷頭和希】
ライター・作家。チェーンストアやテーマパークをテーマにした原稿を数多く執筆。一見平板に見える現代の都市空間について、独自の切り口で語る。「東洋経済オンライン」などで執筆中、文芸誌などにも多く寄稿をおこなう。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社)『ブックオフから考える』(青弓社)

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