平安時代に実在した呪術師、安倍晴明の活躍を描いた夢枕獏の「陰陽師」を原作に、晴明が陰陽師になる前の知られざる学生時代を完全オリジナルストーリーとして実写化した『陰陽師0』(4月19日公開)。“呪術エンタテインメント”として、安倍晴明と源博雅が平安京を巻き込む事件に挑む姿を描いている。

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今回MOVIE WALKER PRESSでは、本作の監督、脚本を務めた佐藤嗣麻子に直撃!自身がアマチュア時代から交友があるという夢枕とのエピソードや、山崎賢人を晴明にキャスティングした理由、さらに本作に込められた“呪(しゅ)”についての考えまでを語ってもらった。

■「やっぱり陰陽師、そして“呪”の話はすごくおもしろい」

時は平安時代陰陽師は呪いや祟から都を守る役割を果たしていた。陰陽師の省庁であり学校でもある「陰陽寮」の学生(がくしょう)、安倍晴明(あべのせいめい)は、呪術の天才ながらも陰陽師に興味を示さず、周囲から距離を置かれる存在だった。ある日、貴族の源博雅(みなもとのひろまさ)から皇族の徽子女王(よしこじょうおう)を襲う怪奇現象の解決を依頼される。晴明と博雅は衝突しながらも真相を追うが、ある学生の変死をきっかけに凶悪な陰謀と“呪い”が動き出す。

『アンフェア the end』(15)以来、約9年ぶりの監督作となった佐藤監督。本作の脚本はその公開直後である2015年ごろに書き始めたとのことだが、「陰陽師」の実写映画化自体は約40年前から温めていたと笑顔で語る。「獏さんが『いつかオレの「陰陽師」を映画にしてよ』って言っていまして、『やるやるー』みたいなのがだいぶ昔からの口約束になっていたんですよ(笑)。もともとのスタートはそんなノリでした」。

佐藤監督のデビュー作『ヴァージニア』(92)では、夢枕がスペシャルサンクスとしてクレジットされているなど、その関係は深い。2人の出会いは佐藤監督が学生だったころまで遡る。「もともと獏さんのファンだったので、ファンレターを持って講演会に行ったんです。そのころ、SF大会の運営委員をやっていたので、そこから獏さんファンのサークルに入り浸りになって、獏さんともやり取りをするようになりました。『陰陽師』で『博雅は武士である』と獏さんが間違いを書いたこと発見して、博雅は貴族だよと資料をガンガン送ったこともありました(笑)。実際の博雅は醍醐天皇の孫なので、この映画では貴族として描いています」と、当時のエピソードを明かしてくれた。

そんな佐藤監督が「陰陽師」に惹かれ映画化したいと思った理由は、自身が呪術オタクであることだと話す。「やっぱり陰陽師、そして“呪”の話はすごくおもしろいんですよね。実は一番やりたいのは、『ロード・オブ・ザ・リング』とか『ゲド戦記』とかの世界で。約30年前に監督した『エコエコアザラク』は西洋魔術が表現できることがうれしかったです。本作でもそういう魔術的世界、日本だと呪術を表現することができたので、すごくうれしく思っています」。

■「羽生結弦さんのスケートからインスピレーションを得たアクションシーンがあります」

若き日の晴明と博雅を、山崎賢人染谷将太が演じた本作。このキャスティングについて「山崎さんは、オーラが不思議な人なんですよ」と、その魅力を明かす。「獏さんの『陰陽師』だと美形キャラの設定なので、そういうところでも合っているなと思っていましたが、あの人間離れしているような雰囲気が晴明に向いていると思いました。『陰陽師』のマンガ版を手掛けている岡野玲子さんが試写を観てくれたのですが、『私は若いころの晴明って山崎さんのようなお顔をしていると思ってました』と、お墨付きをもらうこともできました(笑)。あと山崎さんは淡々と撮影に挑むというか、何回もテイクを重ねても、まったく不平不満を言わない。珍しいぐらいストイックな人です」。

キングダム」シリーズや『ゴールデンカムイ』(公開中)では、高い身体能力を活かしたパワフルなアクションを披露している山崎。本作では打って変わって、晴明らしい、しなやかなアクションシーンが見どころとなっている。「以前監督した『アンフェア』や『K-20』では、ワイヤーアクション使っていてもちゃんと重力があるアクションにしていたのですが、本作では、山崎さんに少し浮いているような感じでアクションをしてもらったシーンがあります。アクション監督の園村健介さんは、羽生結弦さんのスケートからインスピレーションを得て作りましたと仰っていました。具体のシーンは言えないのですが楽しみにしていてほしいです」と説明し、そのアクションを見事こなした山崎を称えていた。

一方の博雅役については、晴明役が山崎に決まった後にキャスティングしたと話す。「もともと獏さんの『陰陽師』は平安時代版ホームズとワトソンという発想から生まれているので、本作の晴明と博雅も凸凹コンビにしたいと考えて、染谷さんが適役だと思いキャスティングしました。染谷さんもすごく漂々と淡々としている人だと思います。演技では“難しい注文”が好きだと言っていたので、『私は』というセリフをただ繰り返すところを『一本調子にならないように』と伝えたら、さっと演じ分けて応えてくれましたね」。

■「 “エレメント”の状態にある龍をを出したかった」

佐藤監督作品といえば、『K-20 怪人二十面相・伝』(08)でのスチームパンクな世界観や、山崎貴監督がSFXスーパーバイザーを担当した『エコエコアザラク WIZARD OF DARKNESS』(95)での魔術対決シーンなど、ビジュアル面も大きな魅力となっている。全国各地で大規模ロケを敢行した本作は、ビデオコンテを制作して入念に準備されているが、その美へのこだわりは「無意識から湧いてくるんですよ」と微笑みながら説明する。「考えなきゃならないネタを頭に入れて、あとは放置しておくんです。すると急にアイデアが出てくる感じです。考えて組み立てをするんじゃなくて、ボカッと出てくるイメージですかね。実は映像だけじゃなくて、キャラクターとか脚本も同じなんですよ。だから自分で考えているんじゃなくて、頭の中でキャラクターが会話し始めて、映像が浮かんできて、私はただそれを写しているだけなんです」。

湧き出てくるアイデアをもとに映像化をしていくと話す佐藤監督。本作では特に龍が登場するシーンに注目してほしいとのこと。「そもそも龍というのは、 “エレメント”の状態にあると考えているんですけど、外国映画を観るとドラゴンはいつもモリっとした物体として出てくるんですよね。本作では絶対に“エレメント”としての龍を出したくて、私が知らないだけで、ほかの映画でもやっているかもしれませんが、私としては今回初めてやったと勝手に思ってます。“エレメント”としての金だったり、火だったり、水だったりというのが、龍のエネルギーとして現れます」と語り、東洋ならではの龍の魅力を熱弁した。

■「舞台となる平安時代は、資料がなかったり建物があまり残っていない」

また平安時代を舞台としていることもあり、衣装や建物などの美術についてもこだわりを持って制作したという。「本作は学術的な歴史ものではないので、もちろん時代背景を無視した部分もあるんですが、自分なりに調べ尽くしたうえで制作しました。ここは史実通りでここは想像でやっていますということを、わかったうえでやりたかったんです。舞台となる平安時代は、資料がなかったり建物があまり残っていなかったりするので、一から世界を作りあげるような感じで大変でした。陰陽寮なんて誰も見たことないですしね。現代ものであれば、いいロケーションがあれば、『そのまま撮ればいいんじゃない』みたいな感じで終わることもあるんですが、平安時代が舞台ではそうもいかないですからね」。

史実と想像を重ね合わせて作り上げた映像を観ると、日本を舞台とした作品であるのにどこか西洋の雰囲気が感じられる。この点について問うと、「東大寺正倉院の宝物を見ると、意外と洋風なんですよ」と時代背景を説明する。「平安中期のビジュアル資料としては、源氏物語絵巻という平安時代末期の作品があるんですけど、これは源氏物語が書かれてから約150年後に作られているんですよね。いまで考えると、150年前の日本はもう服装も全然違うじゃないですか。写真とかもない時代ですし、絵巻を描いた人たちは、おそらく自分の時代の服を描いたのでは?と、思うんです。布きれが残っていたり、ちょっと記録が残っていたりしていますが、そのどれが正しいとは言えない時代だと思ったのです。だから、外国のものがどのくらい入ってきていたかなどは、よくわからないんですよね。もちろん映画ですからなんでもありなんで、そういう意味ではペルシャや唐を経由して外国のいろんなものが入っていたであろうと想像して、外国語の文章も存在している世界を構築しました」。

■「『陰陽師1』とは言わず『陰陽師10』くらいまで続くシリーズにしたい」

本作の制作にあたり、「制作意図に関するメモ」を2020年に作成した佐藤監督。メモには古代日本で疫病が流行ると、陰陽師たちによる「疫病調伏」が行われてきたこと、そして本作が現代社会を反映する内容であることが記されている。「脚本を執筆していた2016年ごろに、インターネット上で流れたトランプ前大統領フェイクニュースをみんなすごく信じたんですよね。フェイクニュースは意図的に発せられた“呪”であり、それを信じることは、”呪”にかかってしまったという状態。このことがすごく興味深かったですね。これはまさに陰陽師の時代ではないかと思ったのが、いまこのタイミングで本作を作ろうとしたきっかけです」。

“呪”というのは認知の話であり、心の話だと語る佐藤監督は、「SNSは“呪”の塊」であると説明する。「SNSは各自が自分の思い込みをずっと語っているすごい世界だと思います。そのなかにも陰陽師的な人たちがいますが、その人たちも、“呪”にかかっていて。これがいまっぽいなと思ったことが、本作のテーマ作りの要素となっています」。

タイトルの通り、晴明が陰陽師になる前の学生時代を描いた『陰陽師0』。最後に本作の続編や、「陰陽師1」の構想があるか尋ねると、佐藤監督の壮大な計画を教えてくれた。「もちろん続編や『陰陽師1』の構想があります。それこそ獏さんの『陰陽師』は続いていますし、私も晴明と博雅の物語をまだ描きたいので、『陰陽師1』とは言わず『陰陽師10』くらいまで続くシリーズにしたいですね(笑)」。

取材・文/編集部

山崎賢人の「崎」は「たつさき」が正式表記

『陰陽師0』美術資料より「陰陽寮」/[c]2024映画「陰陽師0」製作委員会