先日、調達購買業務DXのセミナーで講演をしました。そこで、いくつか質問されたのが、ROIについてです。具体的には、調達購買業務DXでどうやってROIを出していくのか、という質問でした。

最近はあまり、そういうことを聞かれることも少なくなったように(少なくともコンサルティングプロジェクトでは)感じていましたが、やはりまだ根強いROI志向があるようです。

私は長い間調達購買の専業のコンサルタントなので、他の分野についてはあまりよく知りませんが、IT企業さんなどと話をして良く聞くのは、特に、調達購買部門はROI志向が強そうに感じます。

何故でしょうか。

いくつか理由は上げられるでしょう。
従来、調達購買部門はコストセンターと位置付けられていました。ですので、最低限のコストや投資を抑えるべき、という考え方が強い。予算面では、昔の調達購買部門には、コスト削減の予算はあったものの、投資の予算はなかった、という歴史的な背景もあるでしょう。
営業部門などは、費用や投資を抑えられることで、売上げが減ったらどうするんだ、という論理が通りやすく、一方で調達購買部門は費用や投資をしたら、いくらコストが削減できるんだ、と目に見える効果が求められやすい、ということも、その理由と言えます。
また、社内での部署としての重要性の低さも上げられます。
あとは、費用や投資を抑えることは、比較的統制が簡単であるということも上げられるでしょう。

以前聞いてビックリしましたが、ある創業者会長がいて急成長した会社が、1万円以上の支出については、全件会長まで必ず決裁を取る必要があるということです。統制面では、先進的事例とも言えますが、意思決定やビジネスのスピードという観点では大きな阻害要因となっているとも言えます。

このように、調達購買部門の費用や投資に対するROI志向の強さには、様々な理由が上げられるでしょう。

このように、コンサルティングやDXなど特に日本企業において投資対効果をみて判断をする、近視眼的な意思決定が本当によいことなのか、疑問に感じることも多いです。

DXやコンサルティングは主に仕組みを作るものです。仕組みづくりはいわゆる必要不可欠インフラです。以前、私がある外資系企業に勤めていた時に、CIOが私に、情報システムは人間の身体に例えると血液だ、と言っていたのを思い出します。血液が悪い(ドロドロとかサラサラすぎるとか)と人間の身体は蝕まれます。しかし、始末に負えないのは、一気に蝕まれるのではなく、じょじょに蝕まれるのです。また自覚症状もあまりないことが多く、知らない間に重症化し、気が付いた時には、手遅れとなることがあります。

企業のインフラも全く同じであり、インフラへの投資を抑えてしまうと、次第に仕組みが陳腐化し、知らない間に事業や会社の競争力が蝕まれてしまうのです。

もちろん無駄な投資は排除すべきです。しかし、無駄かどうかの捉え方もRの捉え方次第となってしまいます。短期的、近視眼的にRを捉えてしまうと、Iを抑制する方が簡単ですし、個別案件毎のROIを見て意思決定する方が、やりやすくなります。

早稲田大学ビジネススクール教授の根来龍之氏が、あるインターネット記事でこう言っていました。

ROIは分母の「インベストメント」(投資)を減らせば当然上がるわけで、分子(成果)を増やすのではなく、投資を減らす方向にいくことがあるので、注意が必要です。加えて、ROIをプロジェクトごとに評価していることも問題です。

本来、ROIは個別プロジェクト単位ではなく、事業単位で考えるべきです。優れた企業は、個々のプロジェクトの採算管理はしっかり行いながら、事業全体の長期的なROIを優先的に考えていると思います。

何が事業全体の長期的なROIを高めるかといえば、結局のところ競争力です。競争力があるからROIが上がると考えるべきであって、ROIを上げること自体を目的化すると、かえって競争力が劣化する可能性があります。投資を減らせば短期的なROIは上がるからです。

仮に短期的なROIは低くても、事業全体の競争力向上のために必要ならば、投資判断を下すべきです。」
(出展:DHBR 2022.07.01「AI活用の成果に内外格差。そのギャップをどう埋めるか」)

このように、個別のROIはあくまでも手段であり、目的ではなく、最終的なゴール(目的)は企業の競争力を引き上げること、ということはとても納得感があります。

仕組みづくりは企業のインフラという話をしましたが、例えば、経理システム導入の場合にROIを求めることは、しないでしょう。経理システムの導入の目的は、早期決算や、企業の信頼性を高めるためのものであり、効果を定量的に計算することは難しいです。

企業の競争力の要因としては、意思決定や変革のスピードが上げられますが、スピードが上がったことを定量的な効果として示すことは難しい。最近はこれに加えて、コンプライアンス
などの統制、CSR、サステナビリティやGXへの対応などの非財務価値がESG投資などにもつながり、企業の競争力の源泉になりつつあります。本来であればこれらの非財務価値も定量化し、効果を定量的に算出すべきですが、これには限界があるでしょう。

最近は教育や人材採用を投資として捉え、人的資本ROIという考え方も出てきています。人的資本投資の見える化をすることは、重要です。しかし、これを投資ではなく、コストとして捉えることは危険なことでしょう。何故なら、人的資本にはスキルや経験と言った費用だけでは評価できない要因が入ってくるからです。

言うまでもなく、経営とは、資本を投入して最大限の効果を得ることが目的となります。言い換えますと、自社の競争力強化につながる投資を見極め、推進することで、Rを最大化することが経営です。

日本企業の場合、サラリーマン社長が多いため、どちらかというと短期の収益に焦点をあてる経営者が多く、投資を見極めることよりも、投資を抑制することにフォーカスしがちになります。

そういう意味では、全社的DXがブームになっている今は、DXや企業改革をコストではなく、投資と捉え、中長期の競争力強化のきっかけとする良いチャンスと言えるでしょう。企業内の改革推進者はこのチャンスを活かすために、覚悟を決めて、頑張って改革やDX化を進めてもらいたいと考えます。

野町 直弘